第16話

「百合は家にいる?」

「いるよ。大丈夫。」

車を走らせながら、朔からの確認に、応答する。

朔は百合の前で着ていた真っ白なパーカーとジーンズから既に、いつものような真っ黒の服着替えていた。怖がる百合の前で黒い服に着替えなかったのは朔なりの優しさなんだろう。いつもより少しだけ機嫌のいい朔は、後部座席で優雅にターゲットの特徴を読んでいた。


いつもは、よっぽどのことがない限り無差別殺人にこだわるのに、今回のターゲットは、ものすごい勢いで調べ上げていた。めった刺しにして殺すことが多いのに、殺し方までその場で決めることはせずに、全て決めてからの犯行のようだった。

百合には言えなかったけれど、ターゲットは、百合の学校の生徒だ。

「ねえ朔、今回は無差別じゃないの?」

「こいつは殺しておかないと駄目な人だ。百合に異様に執着していた男子生徒だ。3度くらい百合に告白しているけれど、全部断られてる。百合がいないって知ったら、何をするか分からないだろ。」

だから、殺す。と、理由になっていない返事で言いくるめられた。俺にはひ弱そうなその男子生徒がなにかしてくるとも思えなかったが、朔は百合を取られたくないんだろう。

あの屋敷から百合の学校付近までは、かなり距離がある。

片道で3時間はかかるから、7時に出たはずが、現場に到着したのは、朝の10時になる頃だった。

俺らは夜の犯行が多めだけど、たまに朝方に犯行をすることもある。

朝の方が、人間は、警戒心が少ないからだ。

百合の学校は、一家が襲われたという事実を受けて、今日は休校にしているらしかった。朝方の犯行にはもってこいの閑静な住宅街が出来上がっていた。

ターゲットの家のそばで見張っていると、朔の予想通り彼が家を出てきた。

「学校休みってのに、どこ行くんだよ、あいつ。」

「そりゃ、百合の家に決まってるだろ。」

これまた朔の予想通り、彼は百合の家に向かい、母親や姉に挨拶を済ませると、帰宅していた。彼女のいない家にまで行って挨拶をするなんて、とんでもない執着心だった。

朔が殺そうとした理由がようやく分かった。


「じゃ、行ってくる。」

朔はそう言って茂みから飛び出し、後ろから勢いよく、彼の喉元目掛けてナイフを掻っ切った。

そして心臓を一突き。彼は目を開けたままその場に倒れ、大量の血液が、彼の周りを水溜まりのように埋めつくしていく。

「ちょろすぎ。こんなんでよく百合に告白なんてしてたな。」

飛び散った血を舌なめずりして朔は俺の方を向いて、頼むわ、と淡々と言った。

いつものように早急に証拠を消して、俺たちは何も無かったかのように、百合の待つ屋敷へ帰った。

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