第5話
そう思って、目を瞑ったけど、一向に、苦しい感覚は訪れなかった。
恐る恐る目を開けると、メガネを外して、マスクも外し、素顔をさらした殺人犯がそこにはいた。整った顔立ちで、俳優にいても違和感のない顔だった。
ただ狂気に満ちた笑顔と、真っ暗な闇のように黒い人いがこの人の不気味さを表していた。
「綺麗な顔してるね、君。分かったよ、君の条件、飲もう。」
犯人は、お母さんの首からナイフを外して、お母さんの体を軽く蹴った。
そしてナイフを腰にしまいこみ、私の方に向き直した。
「でも、君のことは殺さないよ。君には、俺と一緒に来てもらう。」
「私が、あなたと、?そんなのいや。それなら、今ここで殺して!」
「反抗するなら、いまここで、君の目の前で、君の家族を皆殺しにする。ただそれだけだよ。」
犯人は目を細めて、またもや口角を上げてそう言った。手を腰にかけたナイフの上においた。この人なら、やりかねない。
直感が私の脳に警鐘を鳴らす。お母さんやお姉ちゃんが殺されるところなんて、見てられない。
せっかく殺されなくて済みそうなんだ。
「…ついていく、だけ?本当にそれだけなのね。」
やめて、百合を連れていかないで、とお母さんの懇願する声が聞こえた。
だけど家族を殺されるくらいなら、この男に着いていこうともう私は決めていた。
私の返事を聞いて、犯人はゆっくり私に近づき両手で私の頬を包むと、顔を近づけた。
ぎゅっと反射的に目をつむると、犯人は私の耳元で囁いた。
「いい子だね。今日から君は、俺のものだよ。」
「嫌…うちの子を連れていかないで、」
お母さんの泣いている声背中越しに聞こえる。
私の腕は後ろで回されて犯人に押さえつけられているし、私の真後ろを彼が歩いているから、後ろを振り向くことは出来なかった。
泣き出してしまいたい、逃げ出したい気持ちをぎゅっと唇を噛んでこらえる。
「どうして、こんなこと…」
お母さんが拘束をほどいたんだろう。お姉ちゃんの泣き崩れる声までして、私は耐えきれなくなって後ろを振り向こうとした。がっと肩を掴まれ、私のその動きは叶わなかった。
「駄目だよ。後ろ、向いたら決意が揺れるでしょ。」
肩を優しく抱き直した犯人に、優しく、でも強くそう言われ私は前を向いてまた歩き出した。
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