柴崎高尚の証言(三)

 食糧庫から水谷が青いビニール・シート持って来た。ビニール・シートで死体を覆うと、水谷は塔の展望スペースに設置されている無線装置を見に行った。

「柴崎様は食堂に戻っていて下さい」と言うので食堂に戻った。

 そんな顔するなよ。俺が死体の傍にいたからって、亜由美が生き返る訳じゃないだろう。

 玄関先で分かれて水谷は塔へ向かった。無線装置は塔の展望室に置かれてあって、ロビーを横切ると塔に出るからな。

 食堂に戻ると、村田の野郎が飯を食っていた。人一人、死んでいるのに、平然と飯を食ってやがる。そう思うとムカついた。だって、そうだろう。普通、聞くじゃないか。どうでした? とか。大丈夫ですか? ってね。ところが、あいつ、チラリと俺の顔を見ただけで無視しやがった。

 水谷が戻って来て言った。「無線装置が壊れているようです。内村様が塔から転落して、お亡くなりなったので食堂の固定電話から、警察に連絡します。これから、警察が来て、少々、お騒がせすることになるかもしれませんが、ご了承ください」

 すると、村田の野郎、顔色を変えて「ま、待て! 待て、待て。ちょっと待て」と言って立ち上がった。そして、水谷と固定電話の間に割って入った。

「どいて下さい。事故だと思いますが、警察に通報しなければなりません!」って水谷と村田が押し問答を始めた。

「まあ、待て。あの女が塔から落ちたからと言って、そんなこと、俺の知ったことか」

「そうおっしゃられても、人が死んでいるのです。警察を呼ばない訳には行かないでしょう」

「ダメだ。止めろ!」

「どいて下さい」ってな感じでもめた。

 あいつ、警察を呼ばれては困るようなことをしたんだろう。正直、どちらにも加勢をする気は無かった。高みの見物だ。警察を呼ばれて困る訳ではないが、警察沙汰に巻き込まれるのは御免だった。水谷が俺の方を見たけど無視してやった。

 暫くもめていたけど、埒があかないと思ったのか「まあ、待て。俺はごたごたが嫌いなだけだ。警察を呼ぶのなら、今、直ぐ島を出たい。ここから出るにはどうすれば良いんだ? どこかに脱出用のボートがあるんだろう?」と村田が言い出した。

 ああ、良いねって思った。俺もごたごたは嫌いだ。だから、島を出るなら一緒に連れて行ってくれと頼んだ。

 水谷は「あんたたちは・・・」とあきれ顔だった。仕方ないだろう。死体と一緒に過ごすなんてゴメンだったから。

「この島に脱出用のボートなんてありません。宇和島港からこの島まで、どれだけ離れているか、あなたたちも船に乗って来たのだから分かっているでしょう。例えボートがあったとしても、手漕ぎだと港に着くまで何日かかるか。それに、漂流でもしたら海の上で餓死することになります。自殺行為です」って水谷が言うと、「じゃあ、あの船を呼んでくれ。俺たちをここに運んで来たクルーズ船だ。来る時の約束だと島から出たくなったら船長と連絡を取れば、迎えに来てくれることになっていたはずだ。厄介ごとは御免なんだ。警察が来る前に、船を、クルーズ船を呼んでくれ!」と村田が怒鳴った。

 結局、水谷が折れた。「分かりました。船長と連絡を取りますので、電話をかけさせて下さい」と村田を押しのけると受話器に手を伸ばした。そして、ガシャガシャと電話機のフックを乱暴に押した後、受話器を電話機に戻して言った。「ダメです。繋がりません。信号が来ていません。固定電話も使えないようです」

 固定電話も無線装置で本土に繋がっていたようだ。考えてみれば無人島だ。海底ケーブルで本土と繋がっているはずがない。通信網は全て無線で繋がっていて、無線装置が故障してしまうと本土との連絡手段が断たれてしまうのだ。

 無駄な言い争いだった訳だ。

 村田は「はは。警察を呼びたくても呼べない訳だ」と嬉しそうだった。

 俺? 嫌だったね。警察沙汰に巻き込まれたくなかったが、この島に閉じ込められるのはもっと嫌だった。

 他に、船長と連絡を取る手段はないのか水谷に聞くと、週に一度、毎週、水曜日に、食糧や日用品の補給の為に、クルーズ船が島にやって来ると言う。島に着いたのが日曜日だったから、後三日、待たなければならなかった。

 がっかりしたね。

 村田は笑っていたけどな。あいつの笑顔を見ていると無性に腹が立ってきた。「何が可笑しいんだ! お前の仕業じゃないのか⁉ お前が亜由美を塔から突き落とした。亜由美は高所恐怖症だったんだ。一人で塔に登って展望台から転落したなんて変だ。それに、あの前掛け。あんなダサい前掛け、あいつがつける訳がない」って言うと、「俺があの女を殺したと言うのか⁉」と、あいつ、顔色を変えた。

「ふざけるな! 言いがかりもいい加減にしろよ」と村田が怒鳴るので、「だったらどうする? 俺も殺すのか?」と言い返してやった。

「殺して欲しければ、そうしてやるよ」あいつ、そううそぶきやがった。

 一触即発の事態になった。「まあまあ」と水谷が間に入ってとりなしてくれた。そして、「そう言えば、島に妙な噂があります」って言うんだ。

 島に殺人鬼がいるという噂だ。

 この島には海賊の怨霊以外に、殺人鬼までいるらしい。

 水谷によれば、今から四十年も前の話だそうだ。島に渡って来る前に、宇和島で一泊した時、飲み屋で知り合った地元の漁師から聞いた噂だそうだ。五十年前、台風と鼠の被害に悩んだ島の住人は島を捨てた。島は無人島になり、住人の多くは宇和島市に移り住んだ。

 宇和島に移住した家のひとつに・・・矢田、いや、矢野だ。矢野という一家がいた。漁師を生業とし、妻と幼い娘がいた。ある日、突如、矢野が失踪した。不審に思った漁師仲間が家を訪ねると、家には妻と幼い子供の遺体が残されていたそうだ。妻は鈍器で殴られ、子供は首を絞めて殺されていたそうだ。行方不明の矢野が妻と娘を殺して逃亡したのさ。

 何故、妻子を殺したのかって? よく分からなかったらしい。漁師仲間によれば、失踪前の矢野は普段通りで、変わった様子は見られなかったそうだ。野郎、突然、気が狂ったんだな。村田みたいに、おかしなやつは何処にでもいる。

 漁師仲間の間では、矢野は五主島に逃げ込んだという噂だった。まあ、そんな話だった。

 無人島で四十年もの間、一人で生きて来たとは考えられなかったけど可能性としてはある訳だ。森に入れば動物がいて、キノコなんかも生えているだろうし、島の周りは漁場だ。海の幸に恵まれている。畑を作って耕して、魚を採って食べれば生きて行けるかもしれない。

 昔、海賊が住んでいて、妻子共々、皆殺しにあった上に殺人鬼が逃げ込んでいるような島だ。何で、こんな島に別荘なんて建てたのかと不思議に思ったね。俺たちを招待した藤原純一って、一体、誰なのか水谷に聞いてみた。

 直接、会ったことは無いし、藤原純一という名前しか知らないってことだった。あいつら、人材派遣会社から仕事のオファーを受けて島に来ていた。来る前に藤原純一の代理だという福永という男の面接を受けたと言っていた。福永は背が高く、髪の毛が真っ白な中年男だったと言っていた。

 逆に、招待状をもらったからには藤原純一と知り合いだったのではないか、彼は一体、どんな人間なのだって水谷から聞かれたよ。

 亜由美の知り合いの、そのまた知り合いというのが藤原純一らしい人物だった。だから、俺の知らないやつだ。亜由美の彼氏っていうのが金持ちのボンボンでね。今、流行のIT社長だ。合コンで知り合ったらしい。そのIT社長から「知り合いの別荘に一緒に行こう」と誘われた。「そんなに急に休みなんか取れないと亜由美が答えると「そんな会社辞めちゃえ。俺の会社で雇ってやる。社長秘書として働けば良い」って言われたそうで、亜由美のやつ、もう有頂天になっていた。喜んで会社を辞めたみたいだ。

 それが、出発の直前になって海外出張が入ったと彼氏から連絡があった。当然、別荘行きは中止だと思った。ところが、苦労して頼み込んで、やっとOKをもらったんだ。別荘はホテル並みに豪華だし、一流のスタッフがサービスをしてくれる。日頃の疲れが癒えるまで、好きなだけ居て構わないそうだ。先に別荘に行って待っていてくれ。コーディネーターから連絡があるから、要望があれば何でも言って構わない。戻ったら直ぐに連絡すると言われたと自慢していた。

 それで、島でIT社長を待つことにした。そして、IT社長の代わりに俺が誘われて島にやって来たって訳よ。

 IT社長は亜由美が、男友達を連れて別荘に行くとは思っていなかっただろうな。

 ああ、そうだ。そのコーディネーターってやつが福永っていう男だったかもしれない。そいつから連絡があって、俺を同行して良いか尋ねたら、勿論、結構です。お待ちしていますって言われたらしい。

 えっ⁉ IT社長というのは誰かって? さあ、よく知らないね~亜由美の彼氏で、金持ちのボンボンだってことしかね。亜由美が死んじまった以上、もう誰にも分からないね。

 そうそう。村田にも尋ねたよ。藤原っていうやつと知り合いじゃないのか? ってね。あいつ、そんなやつ、知らない! って答えた。じゃあ、どうやって、この島に来たんだ? どうやって招待状を手に入れたんだ? って尋ねると、お前と一緒だ。知り合いの知り合いの、またその知り合いが藤原っていうやつだ! って言うんで、その知り合いって誰なんだ? と聞くと、お前に教える必要なんて無い! 俺は骨休めに、ここに来たんだ。金魚の糞みたいに女について来た訳じゃない! って感じで、また喧嘩を売って来やがった。

 生意気なやつだ。

 俺が女連れなのを嫉妬して、亜由美を塔に連れて行って襲ったんだ。それで、抵抗されて、塔から突き落とした。そうに違いない。そう言ってやったよ。

 村田のやつが立ち上がった。

 俺も負けずに詰め寄ると、水谷が、まあ、まあと又、間に入った。「ここで厄介ごとは困ります」って、俺たちの顔をじろりと睨みつけた。物腰は丁寧だが、ガタイは良いし、凄むと迫力があった。

 村田はふんと鼻を鳴らして腰を降ろすと「あの女が、誰かに突き落とされたのだとしたら、犯人は俺じゃない。俺が犯人じゃないってことは、俺が一番、よく知っている。俺が犯人じゃない以上、犯人はお前たちの中の誰かだ。だから、俺は部屋に鍵を掛けて閉じこもる。お前たちが部屋に入って来ない限り、俺は安全だからな」と言った。

 そして、「水谷さん、あんたマスターキイを持っていたよな。部屋に鍵をかけていてもマスターキイがあれば中に入られてしまう。マスターキイを俺にくれ」なんて馬鹿なことを言い出しやがった。

 冗談じゃない。あいつにマスターキイを渡すと、こっちが安心して眠ることができない。俺は反対だった。水谷もそう思ったようだ。

「ご心配なら、誰もマスターキイに触ることができないようにしましょう。ああ、そうだ。マスターキイなら、部屋の掃除があるので長谷川さんも持っています」

 水谷の言葉に長谷川が迷惑そうに小さく頷いた。

「マスターキイを金庫に仕舞っておくことでいかがでしょうか?」

 階段下に、小さな事務室があって、そこに貴重品を保管することができる金庫が設置されている。そこでマスターキイを保管してはどうかと水谷が提案した。

 すると今度は、「ダメだ。ダメだ。あんたなら金庫を開けることができるはずだ。違うか? あんたがマスターキイを持っているのと同じことだ」と村田が水谷の提案を退けた。

 まあ村田の言う通りだ。

「では、こうすればどうでしょう?」と水谷が新しい提案をした。

 事務室にも鍵がある。金庫にマスターキイを保管してから、事務室に鍵を掛けて、その鍵を村田が保管してはどうかと言うのだ。水谷は暗証番号を知っているので金庫を開けることができるが、鍵がないので事務室には入ることができない。村田は事務室に入ることができるが、暗証番号を知らないので金庫を開けることはできない。

 これでどうだと言われても冗談じゃない。村田は満足したようだが、あんなやつに事務室の鍵を預けるなんて危なくて仕方がない。

「俺は反対だ! お前らが共謀すればマスターキイを取り出すことが出来るじゃないか。俺はどうなる? 殺してくれと言っているようなものだ!」

 じゃあ、どうするんだ! と村田が切れた。これじゃあ切りが無い。

「困りましたね・・・ちょっと待ってください」と水谷がひねり出した新しい提案に従うことにした。

 黄鶴楼にはホテル並みに、各部屋にセイフティボックスが備え付けられていた。各自、暗証番号を設定し、貴重品を保管出来た。二階の二〇四号室と二〇五号室の二部屋が空き部屋になっている。二〇四号室は村田と俺の部屋の間だ。二〇四号室のセイフティボックスにマスターキイを保管して、村田がセイフティボックスの暗証番号を設定する。そして、俺が二〇四号室の部屋の鍵を保管する。これで、村田と俺が揃わないとマスターキイを手に入れることができない。

 俺が村田と共謀することなど、ありえない。良いアイデアに思えた。村田もそう思ったようだ。じゃあ、二〇四号室の鍵を取って来ますと水谷が事務室に空き部屋の鍵を取りに行った。

 長谷川を加えて、俺たち四人は一緒に二階に上がって行った。日野は食堂の騒動が耳に入らないのか、係わり合いになりたくないのか、厨房から出てこなかった。

 階段を上がって直ぐ、庭に面した二○四号室が空き部屋だ。

 水谷はポケットから鍵を取り出して、二○四号室のドアを開けると俺に鍵を渡した。

 俺たちは無言でクローゼットへと歩み寄った。クローゼットの中にセイフティボックスがあった。水谷と長谷川の二人がマスターキイをセイフティボックスの中に仕舞う。大丈夫。明日の朝になったら返してもらいますと水谷が長谷川に言った。

 そして、「我々は見ないので、村田さん、暗証番号を設定してください。やり方は知っていますね?」と村田に言った。

 セイフティボックスの扉の裏に赤いボタンがあって、ボタンを押して扉の前面にあるパネルに六桁の番号を入力し、セットキイを押せば暗証番号を設定できる。

 村田はマスターキイがセイフティボックスの中にあるのを確認してから、俺たちから見えないように暗証番号を入力した。そしてセットキイを押してセイフティボックスを施錠した。

 こうして俺たちは部屋を出た。

 仕上げは俺だ。皆の見ている前で、ドアに鍵をかけた。

 俺がドア鍵をかけるのを見届けてから村田の野郎が言った。「しっかり鍵を保管しておけよ。これで、やっと安心して眠ることができる。俺は部屋に戻る。後はお前らで好きにやってくれ。いいか、夜中に俺の部屋を訪ねて来るな。俺は絶対にドアを開けないからな。そうそう、ドアにU字式のドアロックがある。命が惜しいなら、ドアロックを掛けておいた方が良いぜ」

 そう捨て台詞を残すと、自分の部屋へ消えて行った。

 全くなんてやつだと思ったね。だけど、あいつの言っていることは正しい。命が惜しければドアロックを掛けておいた方が良い。

 村田の姿が部屋に消えると急に背筋が寒くなった。長谷川が部屋に戻ると言い出した。水谷が「長谷川さん、気をつけ下さい」と言うと、長谷川は「はい」と蚊の泣くような返事をした。

 ああ、長谷川の声を聞いたのは、その時、一回限りだったな。

 俺も部屋に戻った。

「ドアロックをお忘れなく」と水谷が言っていた。

 水谷は「まだ仕事がありますので、これで失礼します。明日の朝、お会いしましょう」と丁寧だが探るような眼で言った。

 俺のことを疑っている目だった。

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