第二幕 五主島の黄鶴楼

柴崎高尚の証言(一)

 海風が気持ち良かった。

 映画の主人公になったつもりか、近藤は船の舳先に立ち、目を細めながら前方を凝視していた。阿佐部は近藤の斜め後ろに黙って立っていた。風が強く、目を開けていられなかった。

 阿佐部たち二人は船の上にいた。

 愛媛県宇和島市の宇和島港から西方、約二十八キロの海上に日振島がある。

 豊後水道に浮かぶ日振島は有人島だ。四平方キロほどの小さな島で、海岸線は歩いて一周しても二時間ちょっとしかかからない。磯釣り、一本釣りなど、魚釣りのメッカとして知られる。屈曲の多い入江が描き出す景色は絶景で、海蝕洞や岩礁群など、変化に富んだ四季折々の景観を楽しむことができる。

 観光以外にも、承平天慶の乱で有名な藤原純友縁の島として有名である。

 平安中期、関東で平将門が、瀬戸内海で藤原純友が、ほぼ同時期に造反の烽火を上げ、時の朝廷を大いに慌てさせた。

 平清盛が武家政権を樹立するのは、まだ百年以上も後のことで、純友が旗揚げした頃は藤原氏の全盛期と言えた。藤原氏と姻戚関係を持たない上皇による院政が始まる直前の出来事だった。

 将門の反乱は新皇僭称後、わずか二ヶ月で鎮圧されてしまったが、純友は瀬戸内海の小島、伊予国日振島に盤踞し、二年に亘り、海賊として猛威を振るい続けた。

 天慶二年(九三九年)、藤原純友は中央から派遣されてきた受領の苛斂誅求に耐え兼ね、備前・播磨国の介を襲撃した。翌、天慶三年には、淡路国、讃岐国の国府を襲撃し、ここに敢然と朝廷へ叛旗を翻した。そして、太宰府を襲撃するに及び、ついに朝廷より追討を受けることになる。

 僥倖の矢により将門の乱を平定できた朝廷は小野好古を追捕使長官とする追討軍を派遣した。兵力を純友の反乱の平定に集中することができたのだ。

 天慶四年(九四一年)の博多湾の戦いで、純友は朝廷の追捕使の船団と一戦し、一敗地に塗れ、伊予国、日振島に逃れた。

 その後、純友は追捕使に討たれたとも、捕まって獄中死したとも、南海に逃げ去ったともいわれている。

 日振島には当時の砦跡や、純友が使用したと伝えられる井戸などの遺跡が残っている。

 島は大分県と四国の間に位置しており、九州との縁が深い。戦国時代、日振島は再び脚光を浴びる。

 天正十四年(一五八六年)、天下統一を目論む豊臣秀吉は軍を九州に進めた。九州平定である。豊臣家への臣従を拒む島津氏を討伐するためだ。島津勢と豊臣勢は豊後の国、戸次川の河原にて激突した。戸次川の戦いだ。

 まとまりを欠いた豊臣勢は島津勢に散々に打ち負かされた。豊臣方だった土佐の長宗我部元親は島津軍の包囲を受けた。かろうじて包囲を突破することができたが、この戦で嫡男の信親を失っている。戦に敗れた元親が落ち延びた先が日振島だった。

 日振島の周辺には、大小、様々な小島が点在している。

 日振島の南五キロの海上に、海食による断崖で囲まれた五主島という島がある。古老の口碑によれば神功皇后が三韓征伐の帰途、悪天候のため九州と四国の間に流された征討軍が暗夜に五個の灯明を見たという。船を進めるとそこに小島があった。この故事により島は五主島と名付けられた。

 藤原純友の時代には海賊が住んでいたという逸話があり、海賊島とも呼ばれている。

 戦後、島の開墾が行われる。引揚者が島に入植した。更に、農林省の指導により五主島移住計画が立案され、国費による開発が進められた。公衆電話、火力発電所などが、次々と建設され、電気が供給され、学校が建てられた。

 島のインフラは急ピッチで整備が進んだ。

 だが、度重なる台風の襲来と野ネズミの被害に見舞われ、学校の建設から程なくして島を捨てる島民が相継ぐようになってしまった。そして、六十年代の中頃には、島民の全てが離島してしまい、無人島となった。

 島の開発は徒労に終わってしまった。

 阿佐部たちはその五主島を目指していた。柴崎高尚の証言の内容を確認する為だった。県警を放り出された柴崎は取材に訪れていた愛媛放送局の人間に拾われた。玄関まで送って行った阿佐部はその様子を目撃していた。

「頼む。俺を保護してくれ! 殺される。大事件なんだ。俺の話を聞いてくれ」柴崎は愛媛放送局の人間に、そう売り込んでいた。

 愛媛放送局に確認すると、柴崎はカメラの前で事件について一部始終を語っており、その証言内容が残されていると言う。

「その映像、見せてもらえませんか」と頼み込み、愛媛放送局で阿佐部と近藤は柴崎の残したインタビュー映像を確認した。

 阿佐部たちが聴取した内容と同じだった。

 そして、もう一度、その証言内容を確認する為に五主島に向かっているのだ。

 こんな漁船ではなく、立派なクルーズ船だったらしいが、あの日、柴崎高尚もこうして五主島を目指していた。この海を見ていたはずだ。


 分かった。なるべく詳しく話せば良いんだな。

 名前? 俺のか? 柴崎だよ、柴崎高尚。高尚な名前だろう。はは。

 時系列? ああ、最初から順を追って話せってことか。

 俺? 住所? 都内だよ。大田区。知り合いに誘われて宇和島へやって来た。そいつが大金持ちから別荘の招待を受けたんだ。だからこんなところまでやって来た。

 宇和島港からクルーズ船に乗った。

 クルーズ船なんて初めてだから、亜由美のやつ「こんな豪華な船で船旅が出来るなんて最高!」と大喜びしていた。ああ、知り合いの名前が亜由美だ。内村亜由美うちむらあゆみ。「豪華ねえ~」なんて喜んでいたが、港を出港して暫くすると「もうダメ。島はまだ?」と船酔いで根を上げてた。

 船の名前? なんだったかなあ・・・ニューなんたらという名前だったと思う。調べてくれよ。立派な船だったから直ぐに分かるはずだ。

 まあ、良い。亜由美が「気分が悪い」というので、「だから言っただろう。船旅は大変だって。俺、子供の頃に船に乗って、ひどく酔った記憶があるんだ」なんていう話をしながら甲板に出た。海風に当たると酔いが覚めると思った。

 暫くすると海面に僅かだか島影が見えて来た。「ほら、見ろよ。島が見える。それに、ほら、あそこ、変な塔みたいなものが見える。だろう?」

 俺の声が聞こえたのか、船室から村田のやつが姿を現した。村田? 港で一緒に船に乗り込んだやつだ。何を考えているのか分からない不気味な男さ。

 船室で会った時、こんにちは~って亜由美が挨拶したんだ。そしたら、あいつ、パーカーのフードを頭から被って返事もしなかった。他人と係り合いになりたくない様子だった。

 どんなやつだったかって?

 三十代かな。鼻筋の通ったイケメンだったが、ボクシングでもやっていたのか顔に幾つも傷跡があった。ちょっと、やばいやつに見えたね。あった時から嫌な予感がしていたんだ。こいつとは、いずれやり合うんじゃないかって。それがまさか、あんな形でやり合うことになるなんてね・・・

 ん? クルーザーの乗客?

 俺と亜由美、それに村田の三人だ。ああ、それに船長がいた。

 海風を浴びて、少しは元気が出たようだった。亜由美に聞かれた。「ねえ、どこ? 島なんて見えないわよ。それに塔なんて、何処にあるのよ」ってね。

「あそこだ。ほら、島が見えるだろう。島の真ん中からやや右側の辺りに何か建っているのが見えるだろう?」と指さすと、村田のやつもつられて俺の指さす方向に目を凝らしていた。亜由美同様、村田のやつも目が悪いみたいだった。目を細めて見ていた。

 その内、島影が目の前の海面からそそり立つかのように大きくなって行った。襖のように立ち塞がった。亜由美と村田の目にも島が見えたようだった。

「ああ、見えた! 島ね。確かに塔みたいなのが建っている。ねえ、なんだか、先っぽが、ぎざぎざしてない?」そう亜由美が言ったよ。

 確かに、屋根の先がぎざぎざしている塔が建っていた。

「蟹みたいだな。茹でると旨そうだ。はは。あんなデカイ蟹、食いきれないけどな」

「あはは。どうやって茹でるのよ?」

「まあな。ドデカイ鍋が要るな」

 二人でそんな話をした。

 直ぐに港が見えて来た。波を切って進んでいたクルーザーのエンジン音が途絶え、惰性で暫く進んだ。

 操舵室から髭面の船長が出て来た。

 うん? 船長かい? そうだな~背丈は俺より、頭ひとつ低いが、海の男らしく筋肉質の体をしていたな。真っ黒に日焼けしていて、白い歯が目立っていた。そうそう。宇和島港で声をかけられた時、「俺のことを黒髭と呼んでくれ」と言っていた。髭に白いものが混じっていたが、肌が黒いので黒髭なのだそうだ。

 その黒髭が言った。「悪いが、ここからボートに乗り換えてもらうよ」と。

 わざわざボートに乗り換えなくても港は目の前だ。「このまま船で行けば良いじゃないか。黒髭のおっさん。ケチケチするなよ」って言うと「ケチケチしている訳じゃない。この前の地震で埠頭の一部が崩壊しているのだ。海底に埠頭の残骸が転がっている。このクルーザーでは危なくて港に近づけない。迂闊に近づくと座礁してしまう。悪いが、ここからはボートに乗り換えてもらう」と有無を言わせない口調で言われた。

 そう言われると仕方ない。

「嫌だ。ヒールで大丈夫かしら。海に落ちたりなんかしないよね」って、亜由美のやつは最後まで、そんなこと心配していた。

 黒髭は「海に落ちたら拾ってやるよ」と錨を降ろすとボートを海面に降ろした。

 先に荷物を積み込んだ。亜由美が持って来た大型のスーツケースを降ろすのに手間取ったよ。荷物を積み終わると「さあ、乗った、乗った」と、先ずは黒髭がボートに乗り移り、最初は亜由美、俺、村田の順でボートに移った。ボートはクルーズ船に固定してあったが、足をかけると、ゆらゆら揺れた。

 黒髭がオールを漕いだ。

 港は島で最も低地となっている部分にあった。港を挟んで両側は切り立った崖だ。島全体が切り立った崖になっている。ボートで港に向かうと、巨大な鳥の翼に包み込まれるような錯覚に陥った。

「なんだか島に襲われるみたい」と亜由美が怯えた顔で言った。

 そう言えば黒髭が言っていた。昔、この島で、海賊とその家族が皆殺しになったと。海賊の横行に手を焼いた時の政権が兵を派遣し、島民を皆殺しにしたという言い伝えがあるそうだ。

 ――島にいるものどもは一人たりとも生かすな!

 島に住んでいた海賊は勿論のこと、海賊にかどわかされて島に連れて来られた女たちや、その女たちが生んだ子供たちまで、全てが殺された。島にある僅かな平地は血に染まり、今でも大地を掘り起こすと血に染まった赤茶けた土が現れるんだって。

「殺された海賊たちが化け出るかもしれないぞ~」と亜由美を脅すと、あいつ、俺のこと睨みつけていた。本気で怒ったようだった。はは。

 港に近づくと、地震の被害の大きさが分かった。

 埠頭の真ん中あたりに亀裂が走っていて、あちこち崩壊していた。黒髭の言う通り、うかつにクルーザーを乗り入れると座礁してしまうかもしれなかった。

 三か月前に九州を襲った巨大地震がこんな場所にも影響していた。黒髭が言っていた。地震が起きる・・・ああ、断層って言うのか。それが熊本から大分を通り、四国まで続いているんだって。知っているか? 断層に沿って地震が起きるらしい。知っている。そうか。とにかく、島は断層上にあるそうだ。埠頭は、それこそ壊滅的な被害を受けていた。

 黒髭は巧みにボートを操って埠頭に漕ぎ寄せた。ボートをほら、港に立っている、あの、釣り針をデカくしたみたいなやつ、なんて言うんだ? ボラード? それにロープを固定すると、「よっ!」と埠頭に駆け上がった。

 黒髭が手を貸してくれて、三人、島に降り立った。

 陸に上がっても、なんだか、まだ地面が揺れているみたいだった。「地に足がついているのって、いいわね」なんて、亜由美が嬉しそうに言った。

 ボートから手荷物を降ろすと、黒髭は「ほれ、あそこ。見えるだろう。デッカイ塔が。あの立派な建物が黄鶴楼だ。ここからだと、一本道で迷うことはないからな。じゃあな――」と俺らの返事を聞かずに、ボートに戻りやがった。

 黒髭が指さす先に船から見たぎざぎざの塔が見えていた。黄色い鶴の楼で黄鶴楼って言うらしい。てっきり建物まで案内して貰えるものと思っていたんで「黒髭のおっさん。ここまで来て帰るのか? 黄鶴楼まで荷物を運んでくれるんじゃないのか⁉」って聞いたんだ。そしたら、黒髭は「俺は御免だ。こんな薄気味悪い島」と答えて、ボラードだったっけ? それに繋いであったロープを解くと、オールを漕いで行っちまいやがった。黒髭の漕ぐボートが、あっという間に小さくなって行った。

 俺たち、無人島に置き去りにされた訳だ。

 港からは雑草で覆われた道路が続いていた。道端に廃屋が残っていたが、どれも朽ち果てていた。無人島になって五十年は経っているそうなので仕方ないだろう。

 港近くの廃村を抜けると、もう雑草だらけだ。だらだらと坂道が続いていた。雑草の生い茂る平地が段々になっていた。かつては斜面を利用して段々畑が広がっていたのだろうな。

 例の塔が見えていたが、なかなか辿り着かなかった。亜由美のスーツケースが重くてね。何故、女って、ああ荷物が多いんだろうな。

 坂道を登り切るとコンクリート塀が見えて来た。

 刑務所のような高いコンクリート塀だった。塀の中に巨大な塔が建っていた。近寄ると、まるで頭上に覆いかぶさって来そうな感じだった。威圧感があった。塔は円形をしていて屋根の軒先がぴんと天を向いている。三層になった最上階の屋根には、もうひとつ屋根が乗っていて、こちらも軒先が天を向いていた。

 変な塔だった。

 門を潜ると別世界だった。外からは塔しか見えなかったが中に屋敷があった。玄関まで舗装された小道が続き、塔をバックに異国情緒溢れる二階建ての建物が建てられていた。周囲は芝で囲まれていた。庭には小さな築山に池まであった。あれは山を切り崩して平地を造成し、そこに建物を建てたんだな。平地の少ない島で庭付きの屋敷は最高の贅沢と言えるだろう。

 玄関前の丸池には噴水まで設置されていた。俺らを歓迎して噴水が水しぶきを上げて出迎えてくれていた。

「船旅、お疲れ様でした」と男が出迎えてくれた。

 四十前後かな。パリッと三つ揃えのスーツを着こなし、髪を七三に固めていた。時代錯誤な出で立ちだったが、良く似合っていた。運動でもしているのか肩幅が広くて体格が良かった。薄い唇が酷薄な印象を与えたが、鼻筋の通ったなかなかのイケメンだったよ。

 名前? 男はこの施設の管理を任されている総支配人の水谷信二みずたにしんじだと名乗った。

黄鶴楼こうかくろうへようこそお出で下さいました」

 亜由美が引きずって来たスーツケースに手を伸ばすと「あら、すいません」なんて亜由美が媚を売っていた。イケメンに弱いやつだからな。

 水谷は塔を見上げながら建物の由来を説明してくれた。

 黄鶴楼は中国の武漢市にある楼閣の名前だそうだ。三国志で有名な呉の時代に、物見櫓として建てられたものだ。黄鶴楼には伝承があってね。

 昔、小さな居酒屋があり、毎晩、貧相な身なりをした仙人がやって来た。そして、「酒を飲ませろ」とせがんだ。居酒屋の主は嫌な顔一つせず仙人に酒を飲ませていた。ある日、仙人は「酒代の代わりだ」と言って、みかんの皮で店の壁に鶴を描いた。黄色い鶴だった。壁の鶴は客が手拍子を打つと、それに合わせて踊りだした。

 鶴のお陰で店は大繁盛し、店主は巨万の富を築いた。

 やがて、再び仙人が店に現れると、笛を吹いた。すると鶴は壁から抜け出した。仙人は鶴の背に跨がると飛び去って行った。

 店主は仙人と鶴を記念して楼閣を築き、黄鶴楼と名付けた――という伝説だ。

「私どもの黄鶴楼は古の黄鶴楼を忠実に再現したものです」と水谷が自慢した。

 現在、中国にある黄鶴楼は消失と再建を繰り返し、もとの黄鶴楼より随分と大きく、高いものになっているらしい。島の塔は古の黄鶴楼をもとにサイズを縮小して作られたものだ。まあ、予算の関係だろうな。

 それでも二階建ての母屋の倍以上の高さがあったな。

「蟹ではなくて鶴だったのね」と亜由美が笑っていた。

 棘のように着き出した軒先は、鶴の飛翔を現したものだそうだ。正面から見上げると、鶴が羽を広げているかのように見えると言われた。そう言われると、そんな気がするものだ。

 異国情緒溢れる建物と思っていたが、中華風の建物だった訳だ。出来たばかりのぴっかぴか、豪華な建物だったね。

「鶴じゃあ、茹でて食べる訳には行かないなあ~」なんて冗談を言ったっけ。一体、誰がそんな塔をつくったのかって? 俺もそう思った。だから、水谷に「一体、誰がこんな立派な別荘を作ったのです?」と聞いてみた。

「さる大金持ちが島に建設したものだと聞いています。実は私もよく知らないのです。私どもは人材派遣会社経由でここに派遣されて来ているだけですので、屋敷の所有者については何も存じ上げません」と水谷は答えた。

 それから、入り口でスタッフを紹介された。

 長谷川真理子はせがわまりこという家政婦、じゃなかった、ハウス・・・えっ? ああ、そう、ハウスキーパーだ。宿泊中の面倒を見てくれるという。おかっぱの髪型に小顔で黒縁の度の強い眼鏡をかけ、白いマスクをした地味な中年女性だった。痩せているようだったが、エプロンで体型が分からなかった。

 他に日野修ひのおさむと言うコックがいて、厨房で、昼食の支度をしていた。受付の背後の壁に;


 マネージャー・水谷信二

 コック・日野修

 ハウスキーパー・長谷川真理子


 と名札がかけられてあった。

「我々、スタッフ三人、誠心誠意、皆様のお世話をさせて頂きます。滞在中、何かございましたなら、遠慮なくお申しつけ下さい。先ずは招待状を確認させて頂きます」と水谷に言われた。

 そう。この無人島の蟹屋敷に来るには招待状が必要だった。クルーザーに乗る時も黒髭の船長から提示を求められた。招待状を持つ者だけが、この島を訪れることができるって訳だ。

 招待状には宛名と共に、


 海賊島の別荘へ謹んで招待致します。好きなだけ滞在してもらって構いません。費用は一切かかりません。心行くまで、バカンスを満喫して下さい。

 五月十四日、午前十時に愛媛県宇和島港にてお待ち致します。クルーザーが停泊していますので、招待状をご持参頂けば、島へご案内致します


 って書かれてあった。招待状の送り主は藤原純一ふじわらじゅんいち、そう署名があった。そうそう。藤原純一ってのが蟹屋敷をつくった大金持ちじゃないかな。

 藤原純友? 誰だ? 平安時代の海賊? へえ~そうなのか。この辺は藤原純友と縁が深いのか? じゃあ、藤原純一という名前は偽名だな。

「柴崎高尚様と内村亜由美様ですね。結構です。ありがとうございました」水谷が招待状を確認して返してくれた。

 村田の招待状も確認していた。ああ、そうだ。水谷が「村田宗次郎むらたそうじろう様ですね。ありがとうございました」と言って招待状を返したので、あいつが村田宗次郎っていう名前だってことが分かった。あいつ、名乗らねえから。

「どのくらい、ご滞在の予定でしょうか?」と聞かれたから「さあ・・・?」って答えておいた。横から亜由美が「一週間くらいかな?」と余計なことを言いやがった。そしたら、村田が「俺はもう少し長く・・・」と返事をしていた。

 それを聞いて、水谷が満面の笑顔で言った。「できる限りのサービスをさせて頂きます。この島を気に入って頂いて一日でも長くご滞在下さるよう、お願い致します」

 水谷たちスタッフ三人は、破格の日当で雇われているみたいだった。俺たちの滞在が長引けば長引くほど、実入りが多くなる契約になっていたんだ。だから、一日でも長く滞在してもらいたかったのさ。

 それから? 部屋に案内されたよ。

 外観は中華風だが、中は洋風だった。一階部分は広いロビーと喫茶スペース、食堂、大浴場があったかな。一流のホテル並みの豪勢な内装を施された部屋が並んでいたよ。

 宿泊は二階だ。

 ロビーにある階段を登ると、二階の廊下に出る。廊下を挟んで四部屋ずつ、計八部屋が向かい合って並んでいた。山側、塔に面した見晴の悪い四部屋は、水谷、長谷川、日野の三人のスタッフが使用していた。こちらは部屋番号が奇数になっていた。二○一号室が日野、二○三号室が長谷川、ひとつ空き部屋を挟んで二○七号室が水谷だったと思う。

 海に面した見晴しの良い部屋が俺たち三人のために用意された部屋だ。こちらの部屋番号は偶数だ。

「俺はここにしてくれ」と村田が角部屋、二○二号室を指定すると、亜由美が「じゃあ、私は反対側、あっちの角部屋!」と二〇八号室を指定した。

「ご一緒に宿泊されますか?」って水谷に聞かれたが、亜由美のやつが「あら、私たち、そんな関係じゃありません! 部屋は別にしてください」って答えやがった。

 ふん。あんな尻軽女。俺は亜由美の隣の二○六号室を指定した。

 鍵をもらって部屋に入った。部屋は洋風で、ベッドとソファー、テレビは勿論、バス・トイレまで完備してあった。豪華な内装で、一流のホテル並みだった。ここに好きなだけいて滞在できる。三食昼寝付きだ。その時は悪くないなって思ったよ。

「十二時に、一階の食堂で昼食をご用意してお待ちしています。時間になりましたら、皆さま、食堂にお集まり下さい」と水谷が廊下で怒鳴っていた。

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