第4話

私がその感情を認識したのは入社してから7年後、秘書になって5年目のこと。

社長が、雨宮さんが、海外へ拠点を移すと聞いた時でした。


それまで、雨宮辰哉という大きな存在、大きな背中は、

永遠に存在するものだと、思い込んでしまっていました。


取引先との会食後、終電間際の帰り道。

珍しく並んで歩いて、たわいもない話をしていました。

急に真剣な顔で、こちらを振り返った時ドキッとしました。

見たこともない顔だったから。


そのまま私に夢を教えてくれました。


“拠点変更”


その言葉は私の思考をすべて止め、貴方との記憶が巡りだしました。

あなたと一緒に見た景色、一緒に契約を決めた帰り道。


初めて行ったご飯屋さん、徹夜してプレゼン資料を作った日。

いつも行くバッティングセンターに、車の匂い。

いつも怒られて、喜んだりした社長室、契約を取った日にだけ食べる焼肉。


思い出されるすべてが大切な思い出、私のお守りとなる。


私はこの会社をもっともっとあなたと大きくしていきたい、という

新たな未来が見え始めていました。

でも、雨宮さんは新たな別の道を選んだ。


「好き」なんて言える距離間でもないくせに、貴方がもっともっと

今よりずっと遠くに行ってしまうような感覚に陥って、涙がこぼれた。

でも、大きな野望を抱えた貴方らしい理由。

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