【第八話 嘘と愛】
レンリングサン王国外れ ナービギーダンジョン
私は戦闘用に作った茶色いコートをバサッとたなびかせ、
「さぁ! ダンジョンで素材集めだ!」
と、いうのも四番目の対決ボードゲームで使う魔道具の足りない素材集めだ。えっ? ボードゲームでなんで魔道具の素材を集める必要があるかって? それは、私もさっきまで知らなかった。
× × ×
まぁ、いつも通り私の部屋でユアと作戦会議していたんだが、四番目の決闘がボードゲームと言って、ユアに四番目の決闘の内容の書かれた紙を見せた時ユアの表情が一瞬で固まった。私はその紙に全く目を通しておらず、よくよく見てみると、『10キロメーテル×10キロメテルのフィールドで行われるチーム戦のフラック奪取対決……? えっ? なっ、なんだこれ⁉』となった。
あぁ、メーテルっていうのはこの世界の長さの単位でまぁ日本の長さの単位メートルとほぼ同じ意味だ。
だが、こんな広いフィールドをどこで用意できるのか、と言う疑問をユアに聞いたら、『それがボードゲームと言われる所以なんだよ』と言われた。私は少し理解に苦しんでいると、ユアが『何でかと言うとね、五十センチメーテル×五十センチメーテルの鏡のような四角いボード魔道具があってね、そこにゲームに参加する人が手をかざすとさっき言った広さのゲームエリアに転送されて、ゲームが開始されるからだよ』と補足してくれた。私はそのような地球ではまずありえなかったことを聞いて、ここが異世界であることを再確認した。そこから、ユアは詳しいゲーム内容を教えてくれた。
まぁ、その話をまとめるとこんな感じだ。
今回の決闘に使われるゲームはチーム戦。
決闘を行っている私とユウキが別々にリーダーとなり、自身のチームに人を集めての参加となり、チームに参加する人数は無制限で、リーダーが人員を確保する。チームに参加するものはリーダーが持っている契約書に自身の名前を書きこみ、中立の立場である決闘主審のアルブック先生に提出。当日の事前申告のないものは不可。
剣も魔法も魔道具も、そしてチーム同士の戦闘もありで、何でもありだ。もちろん参加者の殺害もありだ。なぜかというと、ゲームエリアで死亡すると、このボードの魔道具の付近に完璧に治癒された状態で強制送還されるからだ。そして、強制送還された参加者はもう今回のゲームにもう一度参加することが不可能になる。だが一つ注意点があり、ゲームエリア内で攻撃を食らったとしても、現実世界で攻撃を受けるのと同じぐらいの痛みが来る。
そして、ゲームの進行は各チーム、ゲームエリアの一番端から始まる。ゲームエリアはマグマで、立っているだけで焦げ死ぬ、灼熱エリア。氷山や吹雪が吹いており、息をするのがつらい極寒エリア。樹木が生い茂り、霧が立ち込め、魔素が多く、魔素当たりになって倒れてしまう樹海エリア。砂と乾燥、そして魔素が少なく魔法が発動しづらい砂漠エリア。そして、何もなく安全なノーマルエリア。の五つあるが、どこもモンスターが生息しているため、気を抜くことが難しい。どこからスタートするかはチームで自由に決めることができる。
と、まぁこんな感じだ。
× × ×
「なにやってんの兄さん……、こっちは結構押されてんですけど……!」
ユアが剣でこの階層のボスモンスターの二メートルサイズのゴブリンと鍔迫り合いをしている。少しユアは圧されており、顔を引きつらせていた。
「あぁ、ごめん。《ファイヤーボール》」
私はゴブリンの頭めがけて、魔法を繰り出した。魔法がゴブリンに当たると同時にゴブリンの頭は胴体から千切れ、十メートルぐらい後方に飛んで行った。残された胴体もバランスを崩し地面に倒れた。
「おお……!」
ユアが驚いて、固まっている。
今、私たちは国の外れに存在しているダンジョンを攻略中だ。幸い、今日が日曜日のため人も少なく、スムーズに攻略でき、今五階層まで来ている。
「なに?」
「いや、兄さんの魔法始めて見たけど、けた違いすぎ……。」
「そう? 流石にもう弱ってたからいけただけだよ」
「それもそうだけど! 兄さんの魔法は強すぎ! 私はハーフエルフでエルフとドワーフの特性を継いでるから、無詠唱で魔法を使えるけど、兄さんは長い耳じゃないのに無詠唱で、しかも、初級魔法の《ファイヤーボール》と言っておきながら、上級魔法の規模の《ファイヤーボール》でしょ⁉ なんで魔法のサイズを操れるの⁉」
「それはね……。(あっ、言えないわ。多分、異世界転生特典でついてきたとかなんて)なんでこんなに魔力があるかは分からないけど、魔法のサイズを操れるのには理由があるよ」
「なになに、教えて!」
食い気味にユアは聞いてくる。
「分かった。まずね、この世界に存在する魔法式を頭に一言一句狂わず覚えて、そして、全て魔法式の共通している部分を探して、魔法式の一貫性を発見するの、そして、ここからが実践なんだけどまずは試しに初級魔法の魔法式を思い出して、その魔法式に沿って魔法を構築するんだけど、ここが重要な部分でその魔法に水の魔素とか、無の魔素を足すの、でもびびって魔素を一個しか入れないと魔法式とその解がイコールで結ばれないと、普通に魔法が発動しないから、魔素の量をイコールになるように頑張って調節するの、ここめっちゃ集中力が必要で——」
「ごめん、もういいから、聞いた私が馬鹿だったから」
「あっ、そう? まぁでも、俺の魔眼と緻密な魔力操作が必要なんだけどね」
「じゃあ、無理じゃん……。その、兄さんの魔法って今回の決闘で使えるの? 一応魔道具の中だから、その腕輪の効果も無効になるかなって……」
「う~ん、どうなんだろう。まぁ、でも準備はしといたほうがいいよね~、とは思ってる。あっ、そうだ。その長耳で思ったんだけど、ユアって、いつもピアスの魔道具の効果発動しっぱなしだよね? 別にうちの学校っていろいろな種族が来てもいい学校だから、長耳にしといたほうがいいんじゃないの? そしたら、クラスの人たちから平民としての扱いじゃなくてエルフとしての高貴な扱いされると思うしいいと思うけど? 学校では俺たち兄弟って言ってないし」
実際、エルフなどの魔法が長け、魔力量の多い種族はこの学校でも、世間一般でも上位として扱われている。
「う~ん、でも今の頑張って入試第四席で入った、人の女子の方が今のところ受けいいし、エルフってばれると、入試第一席のエルフ族の長の娘の純エルフの子に目を付けられちゃうし、いいや、それに……」
(それに兄さんと同じところが一つでも多いほうがいいんだもん)
とは、言えないユアを差し置いて、エオンはボスの後ろに見つけた宝箱の中身が気になって、ヒューと行ってしまった。そんな兄を見て、ユアは溜息を吐いた。
私は宝箱を開けると、そこには白い光沢を放つ無数の粒が……、まさか!
「ねぇ、見てユア! 米だよ、お米! むっちゃ沢山ある~。ぐふっ、転生ぶりに見た。まさか、こんなところで出会えるとは……!」
私はボロボロと涙を流しながら、宝箱のコメをすくい上げ、赤ちゃんをめでるように頬ずりをした。
「あ~、このダンジョンで有名な外れ宝箱じゃん」
「これが外れ?」
「うん、食料かと思った人が食べてみたけど、何の効果もなくて、しかも硬いっていう何の味もないものでしょ? そんなものいいから、次の階層行こうよ~、ボスから落ちる高純度魔石もこれで五個手に入ったし、ボス倒して下の階層につながる道が開けたんだから~。早くしないと新しいボス現れちゃうしさ~、早くしないと日が暮れちゃうよ~」
「ちょっと待ってくれ、今俺のサイドバックにありったけに詰めてるから」
「分かった、ちょっとだけだよ」
五分経った。
「ね~、まだ~?」
ユアが聞いてくる。
「ごめん、あとちょっと」
十分経った。
「ね~、まだ~?」
ユアがしびれを切らして聞いてくる。
「ごめん、あともうちょっと待って、後ろのポーチにもうちょっと入るから」
「早くしてよ~、もうあと五分でボス新しいの現れちゃうよ~」
十五分経った。
「流石にボス現れるから行くよ」
「ちょ、ま」
私はユアに次の階層につながる道まで服の襟をつかまれながら引きずられている。
すると、「うおおぉぉぉぉぉーーーー!!!」という、モンスターの鳴き声が聞こえた。
「やばいよ兄さん! ボス出てきちゃったよ!」
ユアは速度を上げて、私を引きずる。
私は地面の舗装が悪いため、小さい段差があるたびに「ぐへ、ぐへ」とあほのような声を出した。しかも、それと同時にポーチに入れたお米が少しずつこぼれてしまっていることに気付いた。
「ちょっと待ってユア! 米が! 大事なお米がーーー!!!」
私は落ちた米に手を伸ばすが、ユアの引っ張っていく速度の方が強くて、一粒も落ちた米を回収できなかった。
「また、くればいいでしょ! 私はもうボスを倒す力なんて残ってないし早く行くよ!」
「あー――」
そうして、私は引きずられながら、第六層まで運ばれた。
× × ×
ナービギーダンジョン第七階層
ボスが待機しているであろう部屋の前に到着した。
「じゃあ、ここのボスが落とすドロップ品で最後なんだよね? ユア?」
「自分で確認してよ……」
ユアはそう言いながらも、自身の胸ポケットにしまってある、私が《必要な素材》と書いた紙と、フロアマップを出して見比べた。
「うん、ここのボスのラッキーハッピーモンキーが持つ、魔法攻撃を防ぐことができる毛皮と投げてくるラッキーバナナの皮の回収とハッピーパウダーという粉の回収で最後だよ」
「ん? ハッピーパウダー?」
「うん、ハッピーパウダー」
「それって、合法なの?」
「ゴウホウ? ゴウホウってのは分かんないけど、ラッキーハッピーモンキーが持ってるざるに入っている粉だよ。あと、この粉を浴びると勝手に笑っちゃうらしいよ、それで笑いすぎると急に眠くなって倒れちゃうんだって」
「それ駄目な粉じゃん!」
「このフロアのボスの手配書見る?」
「うっ、うん。なんじゃこりゃ、花咲かじいさんのコスプレしたような猿じゃん」
「ハナサカジイサン? 何それ?」
「いや、なんでもない」
「なんか兄さんって、たまに変なこと言うようね。まだ、頭打ったの治ってないの?」
「治っとるわ。で、魔法攻撃を防ぐ毛皮ってどれ?」
「この猿が羽織ってる赤い毛皮」
「甚平みたい。まじで花咲かじいさんじゃん……」
なんだこの世界……。
「でも兄さん気を付けないとだよ。このボスモンスター三体同時に相手しないといけないし、このダンジョン難易度が十階層で分かれていて、一から三が初級でCランク冒険者向け、四から六が中級でBランク冒険者向け、七から十が上級でAランク冒険者向けだし、強いよ」
「分かってる」
「お! 分かっておりましたか」
「えっ? 今俺馬鹿にされてる?」
「いいや、いつもそういう注意事項とか重要なところ読んでないから意外だなと思って」
こいつめ……。ユアは驚いた顔で私を見る。一切悪気はないようだが、それが逆に腹立つのだが……?
「あと、ここで負けてダンジョンを出たら、冒険者登録料、初回ダンジョン通行料、回復、体力ポーション料、武具や防具料、食事料、諸々含めて赤字だから。頑張ろうね、兄さん?」
「はっ、はい……」
× × ×
「はあ…、はあ…、はあ…」
ユアが膝に手を置きながら、息を整えている。
「お疲れ、やったな」
「ほんとだよ、ギリギリだったけど勝てたね」
「じゃあ、俺はボスが落としたドロップ品を回収するから、少し休んでて」
疲れているユアにそう言って、私はハッピーラッキーモンキーのドロップ品を回収しに行く。
流石に十三歳と十歳だけでダンジョン攻略は難しかっただろうか、とそんなことを思う。確かに、私もユアも剣も魔法も並大抵の人たちよりは扱えるが、実践となると話は別だった。こんなに疲労がたまるなんて……。まだ、修行が足りないのかな……、まだ、あの黒い大剣も扱えてないし……。
「よし、ドロップ品の回収も終わったし、帰るか」
私は休んでいるユアに促した。
「とっくに日が暮れてると思うし、今日は家でご飯でも食べてく――ってユア⁉」
私はユアを視界に入ると、ユアは呼吸が荒くなって、岩にもたれかかっていた。
「ユア!」
私はユアのもとに走って駆け寄った。
「ユア! 大丈夫か⁉」
「うっ……うん、ちょっと疲れちゃって……。……少し横にならせて、そしたら、もう帰れるから……」
ユアはか細く、消え入りそうなユアの声を聴いて、事の深刻さを実感した。
「ユア、大丈夫か? どこかモンスターに攻撃されたのか? それとも、モンスターか植物の状態異常の攻撃を食らったか?」
「ごっ、ごめん。それは分からないけど、第七階層でボスモンスターと戦う前、背中にチクッとした感覚がって、あまり気にせず戦ってたんだけど、ボスを倒し終わった後ぐらいから、急に体が重くなって……」
「ちょっと背中を見せて」
私はユアの上半身を抱き寄せ、背中を確認する。——すると、背中の肩甲骨あたりに三センチぐらいの金属製の針がユアの背中に刺さっているのを発見した。
これは……? 私はユアの背中からその針を慎重に取り、確認した。
「毒針……か? なら、癒し魔法で……」
私はユアに癒し魔法のなかで最も強い《ブレッシング・ヒール》で回復を促す――。
こんな小さい針を発射するモンスターか植物はこのダンジョンにいたかと思い返す。
そんなモンスターや植物はいなかったはずだ。それに、ここに来るまでにすれ違った冒険者も見た感じ、剣や弓、魔法使いの人が多く、こういう針とか小さい道具を使う、とか動きが不審な冒険者はいなかったはず……。だとしたら誰が……。
私は自身の『式と記号の魔眼』で針に塗られているであろう毒を分析した。
毒魔法という魔法は存在しているが毒魔法は魔法の数が少なく、せいぜい痺れさせたり、頭痛を起こしたり、気持ち悪くさせる、少し相手の動きを鈍らせるといったものしか存在せず、ここまで強く作用するものはないはずだ。
私はユアの表情を見る。ユアの表情に変化はなく、苦しそうだった。その苦しそうな表情が私を焦らせる。
癒し魔法が通用しないし、この魔素が入っていない毒の式……。ということはやはり、毒魔法ではなく。毒が塗られている針ということだ。癒し魔法は毒魔法、傷に特攻で、病気や動物や植物から生成された毒物にはまったく効かない。加えて、回復ポーションもこの戦いのなかですべて使ってしまった……。くそっ! どうすれば……?
すると、突如として、私の前に光の粒子が集合する。それらは形を成して、私の知っているひまわり色の髪を持ち、綺麗な白いワンピースとステンドグラスのような美しい羽を持った、可愛らしい妖精になった。
「きみ、自分の魔術を忘れてしまったのかい?」
この太陽のような温かな声を私は二年以上聞いていなかった。私は懐かしさと再会を喜ぶ嬉しさと同時に最後に彼女に言ってしまった言葉についてもう一度謝罪がしたいという気持ちが込み上げた。
「ごめんっ、アイラ……、私、もう一度しっかりアイラにちゃんと謝りたくって」
私は知らず知らずに涙がこぼれる。
「そんな二年以上前のことはいいって。それに大きくなったね、彼方君。でも、泣いているようじゃまだ子供かな?」
アイラはいたずらっぽく笑った。
「いいんだよ、私はもともと女の子なんだしね~」
私もアイラにいたずらっぽい笑みで返した。
「それより、妹が大変なんだ。何かアイラは毒を消せる方法知ってない?」
「さっき言ったよ、君の魔術は何のためにあるのかな?」
「俺の《融合魔術》?」
「そうだよ、君の《融合魔術》は素材さえあれば、この世界で一番効果が強い薬品を生み出すことができるものなんだから!」
と、私の魔術のはずなのに、あたかもアイラ自身の魔術のように自慢げに言う。
「じゃあ、はいこれ。ドクケシイタケとバンノウソウと回復のポーション」
「あっ、うん。でもこれ、どっから出したの」
「まあ、そういうのはいいじゃん。早くユアちゃん助けようよ」
「分かったでもどうやって魔術発動すんだっけ?」
「全く使ってこなかったから忘れちゃったんだよね~………」
「まあ、この素材に手をかざして~」
「うん」
私はアイラがどこからか出した素材の前に手をかざす。
「そして、「フュージョン!」っておっきな声でーーー!」
「フュージョン!」
すると、その三つの素材は光だし、一つの物体に形を成っていき、そしてその物体は粉上になり、アイラの用意した紙の上に置かれた。
「じゃあはい、この粉をユアちゃんに飲ませて」
「分かった」
私はユアのもとに駆け寄り、ユアを抱き寄せた。
「ユア、薬だよ。これを飲んで」
「おくすり、苦いからイヤ~……」
「結構熱で思考回路がやられてるな……」
私は多少強引だがユアに薬を飲ませようとし、薬を少し飲ませるが、
「やっぱり苦い~……」
「ユア……、世界の言葉には『良薬口に苦し』という言葉があるんだ。この苦い薬を飲めば、すぐその毒も治るぞ」
「でも~」
「じゃあ、兄さんがユアの言うこと一個だけ叶えてあげるからさ、ね?」
「う~ん……。わかった~」
私はユアの了承も得たことで、ユアに薬を飲まし、ポーチから水筒を出して水を飲ませた。
数秒経つとユアの呼吸は安定し、額に触れても熱はないようだ。私は自分のポーチを枕替わりにしてユアを寝かせ、私の茶色のロングコートをかけたあげた。
「ふ~……」
私は気が抜けて大きく息を吐いた。
「お疲れ彼方君……」
「うん、アイラありがとう。アイラがいたからユアが助かっ――」
アイラの声のする方に視線を向けたが、もうそこにはアイラの姿はなった。
アイラ、ありがとう。妹を助けてくれて……。
私は胸に手を当てて、心の中でお礼を言った。
× × ×
月明かりに照らされながら、エオンは妹のユアを背負って、大通りを歩いていた。
「んっ………。ん?」
小刻みに振動する体がユアの目を覚まさせた。
「おっ、起きた? ユア」
ユアは寝ぼけた瞼を擦って、今置かれている現状を確認する。
いつもより高い目線。
太ももが洋服越しに少し締め付けられる感覚。
両腕に当たる人の体温。
そして、頬に触れるサラサラの髪。…………髪?
「ん? ………まさか⁉」
「あぁ、うん。今もうダンジョンから出て、地上に出て帰っている途中。——あと、ユアはおんぶされてる途中……」
「やっぱり、私、兄さんにおんぶされてる??」
「そうだよ~」
そう、エオンが言うなりにユアはエオンの背中で暴れ始める。
「なになに??」
「兄さん、おろして……」
ユアは恥ずかしさで、顔を真っ赤にして、下ろしてほしいとエオンにお願いする。
流石にユアも十歳ともなると、おんぶは恥ずかしいようだ。
「えっ、駄目だよ。病み上がりの人を歩かせて帰らせるわけにはいかなっ、おっととと、ユア暴れないでくれ~、兄さんも意外と疲れてるんだから~」
エオンはそう軽く言うがユアにはお見通しだった。
少し乱れた呼吸。
額に浮かぶ汗。
多少揺れる足取り。
………例え剣や魔法が優秀な兄だったとしても、実戦での経験は少ないため、流石に気を張っていて疲れているみたいだ。
(ほんと、この兄は……、いつも大丈夫そうに振舞っているけど………)
「………。……分かった。ありがとう、お兄ちゃん」
「っ、………うん……」
エオンは優しく微笑んだ。
「あのお姉ちゃん、お兄ちゃんにおんぶされてる~。いいな~、お母さんかお父さん、どっちかおんぶして~」
大通りの車線を挟んだ反対側にいる娘がユアたちを指さして、自身の母親と父親に言う。
「いやだよ~、私もお父さんも夕飯の買い出しの荷物沢山持ってでしょ~。しかも、さっきまで抱っこしてあげたよ~?」
「え~」
娘は少し不服な顔を頬を膨らまして表現する。
「……仕方ない! お父さんがおんぶしてあげる! ほら!」
「わーい、お父さん好き~」
「そうだろ、そうだろ~」
「も~、お父さんは甘いんだから~」
そのやり取りをエオンは足を止めて、見続けた。
「あぁ、ごめんユア。行こっか……」
少し寂しいような、少し羨ましいような、そんな表情のエオンを見たユアはその表情をさせてしまうこの状況に悲しくなってしまう。
(こんな時、どんなことを兄さんにかけたらいいんだろう。う~ん……)
「兄さん……、私がいるよ………?」
ユアはエオンの背中を強く抱きしめ、耳元で囁いた。
「………。うん、そうだな」
数秒、エオンは黙っていたが静かにユアに返した。
そして、ユアはエオンの両親に似た背中を感じながら、再び帰路に着いた。
× × ×
ダンジョン一階層 入り口付近にて
「くそしくじった! エオンというガキ、普通じゃねぇ」
黒いフードで頭を覆い、腰部に短剣をマウントした怪しげな男が、エオン兄妹の後ろをこそこそと付けて岩陰に隠れていた。
フードの男は剣技対決でユウキが負けて以降、エオンの動向を探らせるため雇われた暗殺者だ。フードの男は逐一ユウキにエオンの動向を報告しており、今日、エオンたちがダンジョンに入るという情報もつかんだ。そして、雇い主であるユウキがダンジョンで死んでも事故として処理されるケースが多いことから、今日、暗殺を決行しろと言われ、ダンジョンに入ったエオンたちを尾行してきた。だが、フードの男は両方ともまだガキだと舐めており、ユウキに念を押されてもあまり気にしなかった。だが、結果がこれだ。誰も殺せないまま、ダンジョンを出られてしまう。フードの男は初めて任務を失敗するという危機感に身が震える。
「こいつら、強すぎる! ダンジョンの第六階層のボスまで難なく制覇したことだけじゃねぇ、あの男のほうのガキ、常時魔力探知の魔法を使用してやがった。そのせいで全く近づけなかった………! それに、第七階層のボスでようやく苦戦していると思い、俺のポリシーに反した極小の針の吹き矢も華麗に交わされた……」
「——その毒針をかな…エオン君がよけられたのは偶然だと思うな~」
「誰だっ⁉」
フードの男は突如として、自身の後方に高い声が聞こえ、ギョッとして振り返る。
「は~い、あの子の契約妖精のアイラで~す」
アイラはフードの男の殺伐とした雰囲気を壊すかの如く、ニコニコしながらフードの男に手を振る。
フードの男はこの妖精が突如現れたことに少し反応が遅れたが、俊敏に距離を取り、腰にマウントした短剣を引き抜き、アイラに向ける。
フードの男は気づいていた。この妖精がエオンの数倍のプレッシャーを放っていることに。
「いや~、怖いな~、別に君のことを殺しに来たわけじゃないよ~」
「なにっ⁉」
「ちょっと、質問しに来ただけ~」
アイラは攻撃する気はなく、何も持ってないと証明するように両手の平をフードの男に見せながらニコニコする。
「ねぇ、第七階層でエオン君を狙った針って君?」
「……………」
「言わないんだ……。ふ~ん、沈黙は肯定でとらえるよ……」
アイラは急に冷ややかな表情に変わり、背筋の凍る声音で発する。
「まあ、そんぐらい。きみの武装を見れば一目瞭然なんだけどね~……。でも意外と手こずったよ。君、魔力を完全に消せるフードを持っているんだから……。そんな古代魔道具がこんなところで見つかるなんて、ある意味縁だね~……。それで、君。そのナイフで何人の人の命を奪ったの?」
アイラのギラリとした眼光がフードの男の首筋を虎視眈々と狙う。
フードの男は経験したことのないプレッシャーで足が震え、刃先も揺れる。
「おっ、俺は殺される瞬間の断末魔と血が噴き出る瞬間が好きなんだ。俺の快楽と娯楽に付き合うのは弱肉強食なこの世界での摂理なんだよ‼‼‼」
「ふ~ん」
アイラは心底興味ないというかのように、自身の詰めをイジイジする。
「まあ、でも僕は殺さないって言っちゃったしね~。………。あっ! いいこと思いついた。——テレポート」
フードの男とアイラはアイラの掛け声により、この場から一瞬で姿を消した。
「——うっ、どこだここ……?」
フードの男は一瞬で景色が変わり、困惑した。
「ん? ここはね~、このダンジョンの第二十階層」
「に……、二十? そっ、そんなはずはねぇ。このダンジョンは十階構造だ!」
「現代はそうだね。でもねぇ~、一昔前まではあったんだよね~、これが。まあ、今の人たちが弱いから勝手に十一階層以降のモンスターにおびえて十階層と十一階層の通路に蓋しちゃったから現代の人は知らないだけ。もとは二十回構造だよ。ここ」
「で、なんでここに連れてきたんだよ………。って、まさか……!」
「そのまさかで~す。君にはここのボスモンスターと戦ってもらいま~す」
アイラは「わ~」と言いながら、手を叩き、はやし立てる。
「冗談じゃねぇ、俺を元居た場所に戻せ! それにお前は俺を殺さないって言ったよな??」
「言ったよ。でもね、ほら! 私が殺すわけじゃないし、約束は破ってないよ? ——ほら、そろそろボスモンスターのデス・ヒドラが現れるよ。じゃあ頑張って――、あっ、これは貴重だからもらっておくね」
アイラはフードの男から古代魔道具のフードを一瞬で自分の手元に送り、そして、自分の手元からもパッと消した。
「おいっ! 俺のフードっ!」
「いやさ~、この古代魔道具があるとボスモンスターが挑戦者が来てないと勘違いして帰っちゃうんからさ~、回収させてもらったよ。それに……(この魔道具は未来で彼方君が使うみたいだし……)」
この時、アイラの瞳は黄色く光っていた。
すると、突如として男の後ろにある岩石でできた扉からゴゴゴゴゴと重い音が鳴り、石がカラコロと落ちる。
「おっ、そろそろ来るみたいだよ」
アイラはそう言いながら、上空に上がる。
その瞬間、岩石でできた扉は開き、人のサイズの十倍はあるボスモンスター、デス・ヒドラが現れた。このヒドラは漆黒に染められた鋼以上の硬さを持った鱗、七つの首から七種の異なった属性の魔法を放つ、初級、中級、上級と言った現代の強さで測れない、木星級の強さを持ったモンスターだ。
「くそっ……。こんな……」
男はデス・ヒドラに向けて、自身の短剣を向けるが恐怖と焦りで剣先が定まらない。
そして、デス・ヒドラは男を発見したのかものすごいスピードで、男に向かって、体当たりしてくる。
男は間一髪で上空に上がり、攻撃を躱したが、一瞬にデス・ヒドラの七つの頭に付いた深紅の瞳がギラリと男を睨み、狙いを定める。デス・ヒドラは鋭利な刃物がついているような禍々しい顎を最大限に開き、七つの頭から別々の属性の魔法を男向けて放つ。
その攻撃は男にすべて命中し、
「ぎゃややややややあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
と、人が出せる声の限界を超えた悲鳴と苦痛の声を出しながら、地面に落下し、血が全身から噴き出て、骨や内臓は原形が分からないほどぐちゃぐちゃになった。だが、男は最後の力で、
「この……、う、そ……つ………き………」
と、醜悪なものを見るような目つきでアイラに向けて呪いのような言葉を最後に残し、絶命した。
「君がやってきたことは誰も許しはしない。せいぜい、地獄で無限回の苦しみを味わうといいさ。——……それにしても、『嘘つき』か……。まあ、そうだよね。私はアイラ。ライアーなんだから………」
そして、アイラも光の粒子になって消えた。流石に『タイムリミット』だった。
× × ×
レンリングサン王国 グラス家の本邸
「雇った暗殺者の連絡がこない……」
ユウキは自分の部屋で本を読みながら、雇った暗殺者からの定期の報告を待っていた。
(まさか、返り討ちにあったのか?)
そんな可能性が頭をよぎる。なにせ、あのエオンだ。あの子供なら、暗殺者の手練れの一人や二人ぐらい相手にできる、そう考えたからだ。
(だが、まあいい。暗殺計画なんて、もとより保険だ。逆に、次のゲーム対決で私が勝てばあのガキより強いことを証明でき、父上からの信頼も取り戻せる………。待っていろよ、エオン)
ユウキは自身の部屋の本棚の奥にある隠しレバーを下げる。すると、本棚は横にゆっくり動き通路が現れる。薄暗い通路を見渡すと、そこには、何十、いや何百人もいるウィズダム魔導学校の生徒が静止して、一切列を乱さず、通路のサイドの両側に一列で並んでいる。
ユウキはその一切動かず主のために立ち続けるといったその忠誠心のようなものが、王様に仕える騎士たちのようだと思い浮かべ、あたかも自分が一国の王になり、国の民たちは自分の奴隷のようだと感じ、欲望が満たされ、気持ちよくなった。
そして、ユウキはその通路に並んだ列を越えると、また一つ扉がある。そこを開けると、牢屋が複数あった。そこは、ユウキのお気に入りの小さい女生徒たち数人を檻に監禁して、自身の玩具として愛でている。自身の子供が好きという場所を体現しており、他の人から見れば最悪で下劣で醜悪極まりない場所なのだ。
もともと、ユウキは子供が、特に小さい女の子が大好きだったのだ。だから、父に頼みこんで家の家業ではなく学校で教鞭を取らしてもらっているのだ。
だが、息子の趣味(せいへき)のことはユウキの両親は知らない。ユウキが頼み込んだ時の理由は「学校で教師になって将来、この国で活躍する人材を育てたい」というまっとうな理由で通したからだ。だから、この家にこの隠し通路の存在もユウキ以外知るわけがない。
ユウキは少し足を止める。檻に閉じ込めた女生徒の反応がなかったからだ。
ユウキはみんな愛ですぎてしまったのか、元気がないなと思っていた。
だが、それもそのはず、檻に収監されている女生徒たちはユウキに弄ばれすぎた結果、心身喪失になってしまったのだ。そして、そこを闊歩しながら歩き、誰も入っていない檻の前で止まった。
そこには、紙が張られており、世界共通語で『ユア』と書いてあった。
そして、ユウキはその檻の鉄格子を舌で嘗め回した。
ユウキは最近ユアに心酔していた。
(あの純白の長い髪。エメラルドグリーンの宝石のような瞳。将来が楽しみなあの美貌。加えて、あの引っ込み思案なせいかく~、かわいすぎる……。それに、剣と魔法のあの才能……。惚れてしまう……。すべてが好きだ……。愛してる………)
「待っていてね、ユアちゃん♡ あんなエオンとかいうガキより、僕がもっといいこと教えてあ・げ・る♡」
【現在のこの世界の情報】
《毒魔法》
毒魔法は今現在では痺れを起こさせたり、頭痛を起こさせたり、気持ち悪くさせたり、少しの間相手の動きを鈍らせるといったものしか世間では知られていない。魔法という文化が生まれた時はもう少し数が存在し、強力なものも存在した。
毒魔法のデメリットとして初級癒し魔法の《ヒール》のみでその毒魔法の効果は消えてしまうこと。
エオがエリナリアと共闘し、フード・ディートと戦った時は相手の動きを少しの間鈍くさせる毒魔法を使った。連続して使っていたため、効果は長続きした。
《魔法の基本四属性》
魔法の基本四属性は火、水、風、土であり、そう言われる由縁として、一般的に魔法に適性がある人全員がこの四属性を扱え、魔法の種類も豊富で初級から上級(水星級から地球級)まで様々なものが存在し、汎用性が高いからである。
《魔法級 part2》
ここ百年では火星級を超える魔法士が少ないため、星聖歴1197年レンリングサン王国では魔法級のそれぞれの階級の名称を水星級は初級、金星級は中級、地球級以降は上級に変更した。
《ほぼロストテクノロジーになってしまった魔法》
『毒魔法』 ほぼ初級魔法ぐらいの威力しかないため、使用者は少ない。。
『癒し魔法』 初級の《ヒール》と上級の《ブレッシング・ヒール》ぐらいしか世間一般では使われていない。だが、《ブレッシング・ヒール》の使い手は少なく、レンリングサン王国では《ブレッシング・ヒール》を使えると回復士の素養があるとし、国で重宝される。
『祈り魔法』 何の効果もないと言われている魔法。そのため、人間社会のレンリングサン王国を始めとした国々では完全にロストテクノロジーと化している。エルフやドワーフを始めとした亜人族社会では存在するものだと信じられている。
『呪い魔法』 ウィズダム魔導学校の図書室には呪い魔法に関する文献は見られなかった。
《ハーフエルフ》
エルフと他種族の間に生まれる子供のことを指す。まず、他種族との間に子供授かることが難しく、ハーフエルフは珍しい。加えて、生まれてくる子は不安定な子が多く、魔法が使えない、歩けないといった弊害が存在する。そのため、ユアは非常に珍しい子供である。
【ハルカ彼方遠イ未来のサキで】~親も殺され、幼馴染も重症になって、異世界ライフハードゲームです!でも、もう何も奪われたくないので強くなろうと思います!!!~ 望月 雲の介 @kumono_suke
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