第4話 不思議な女性は美沙という名前
セドナが働くバーに通い続けるあの不思議な女性が、美沙という名前だとわかったのは、偶然の出来事からだった。ある日の午後、セドナはちょっとした気分転換にと、本屋「谷島屋」を訪れていた。カフェスペースが併設されているその場所は、彼にとって心地よい休息の場であり、時折立ち寄っては本を手に取るのが日課だった。
その日もいつものように本棚を眺めていると、店内を歩き回る女性の姿が目に入った。セドナは思わず目を留めた。あのバーに通っている、カウンターの隅でノートに何かを書き続けている女性、美沙だった。
「ここで働いていたんだ…」と心の中で呟きながら、彼は彼女がレジで対応しているのを遠目に見つめていた。彼女は制服に身を包み、丁寧にお客様に対応している。その表情は、いつもバーで見かけるときとは違い、プロフェッショナルな印象があった。
彼女が仕事をしている姿を見るのは、何とも不思議な感覚だった。普段はノートに向き合いながら、無表情で何かを書き綴っている姿が印象的だったが、店員として働く彼女は笑顔で接客し、活き活きとした雰囲気を纏っていた。
セドナはしばらくその様子を見ていたが、ふと彼女がレジから目を上げ、セドナと視線が合った。驚いたような表情を一瞬浮かべた彼女は、すぐに微笑んで会釈した。セドナも軽く頷き返し、「美沙さんって言うんだ」と、名札に書かれた名前に目を留めた。
その後、本屋のカフェスペースでコーヒーを飲んでいると、休憩時間になったのか、美沙が彼の前を通り過ぎた。彼女は少し躊躇しながらも、セドナに声をかけた。
「いつもお店でお世話になっています。谷島屋で働いているんです。」彼女は控えめに微笑み、隣の席に座った。
「こちらこそ、いつも来てくれてありがとうございます。ここで働いているとは知らなかったよ。」セドナも笑顔で返した。「最近、よくお店に来てくれるけど、美沙さん、何か気になることでもあるのかな?」
美沙は少しだけ驚いたような顔を見せたが、すぐに苦笑いを浮かべた。「そうですね…特に占ってもらうつもりはなかったんですけど、つい、雰囲気が好きで行ってしまいます。でも、占いの話を聞いていると、何だか自分のことを考えたくなるんです。」
「なるほど、そうだったんだ。」セドナは軽く頷き、「もし話したくなったら、いつでも声をかけてね。占いは、自分を見つめ直すきっかけになることもあるから」と優しく言った。
「そうかもしれませんね…」美沙は何か考えるように視線を落とし、再びノートを取り出して何かを書き始めた。「でも、今はまだ…もう少し考えてみます。」
「わかった。気が向いたら、ぜひ。」セドナは彼女のペースを尊重し、これ以上は追及しなかった。ただ、その慎重な様子には、何か深い理由があるのではないかという予感がした。
「谷島屋にはよく来るんですか?」美沙が話題を変えた。
「そうだね、たまに。本が好きだから、ここに来るとつい長居してしまうんだ。」セドナは微笑みながら答えた。
「確かに、ここは居心地がいいですよね。私も、働いていると安心する場所なんです。」美沙は少しだけ柔らかい表情を見せた。「また、ぜひ立ち寄ってください。」
「もちろん。」セドナは再び軽く頷いた。「その時はまた、話ができるといいね。」
美沙は「はい」と答え、再び立ち上がってレジへと戻っていった。その背中を見送りながら、セドナは彼女が抱える何かが少しずつ見えてくるかもしれない、と感じていた。彼女の謎めいた行動、そして何かに耳を傾けている様子には、やはり理由がありそうだった。
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