第3話 不思議な客が現れるようになった
最近、セドナが働くバーには不思議な客が現れるようになった。その客は、20代くらいの女性で、いつも決まってカウンターの隅の席に座る。彼女は黒いコートを羽織り、長い黒髪をゆるく結んでいる。帽子や目立つアクセサリーはなく、非常にシンプルな格好だが、その姿にはどこかミステリアスな雰囲気が漂っていた。
女性は毎晩のように現れ、カウンターに座ると、鞄から小さなノートを取り出し、何かを書き始める。その内容が何なのか、セドナは遠目に見てもわからなかった。彼女は一度も占いを依頼することはなく、ただ、ペンを走らせながら周囲を観察している。
占いが始まると、彼女は一瞬手を止め、じっとセドナとクライアントのやり取りに耳を傾けているようだった。彼女がその瞬間だけ興味を示しているのは明らかだったが、他の時間は再びノートに目を落とし、何かを黙々と書き続けていた。
セドナは最初、ただの常連客だと思っていたが、彼女の行動があまりにも一貫しているため、次第に気になり始めた。特に、彼女が他の客の占いに集中している様子は、まるで彼女自身が何かを探しているようにも見えた。
ある夜、セドナは意を決して声をかけてみることにした。その日は店が少し空いており、彼は彼女の方に歩み寄りながら、軽い調子で話しかけた。
「いらっしゃいませ。いつも何かを書いていますね。何をしているんですか?」
女性は顔を上げ、少し驚いたように目を瞬かせた。「あ…ごめんなさい、他の人の占いを邪魔してるわけじゃないんです。ただ…観察しているだけなんです。」
セドナは微笑み、「いえ、気にしないでください。気になっただけです。もし、占いに興味があるなら、いつでも声をかけてくださいね」と言った。
彼女は少し困ったような表情を浮かべ、「ありがとうございます。でも、私は…ただ、自分の考えを整理するために書いているだけなんです」と、ノートに視線を戻した。
「自分の考えを整理するために?」セドナはさらに興味を引かれた。「それなら、占いが役に立つこともあるかもしれませんよ。」
彼女は少し考え込むようにして、「そうかもしれませんね。でも…まだいいんです」と、曖昧な微笑みを見せた。
それからも、彼女は毎晩のようにカウンターの同じ場所に座り、ノートに何かを書き込む。占いが始まると手を止め、耳を傾けているが、それ以外の時は黙々と書き続けるその姿には、どこか意図的なものを感じさせた。
ある日、セドナが別の客の占いをしていると、彼女がノートに書きながら小さく頷いているのが見えた。彼はその仕草に気づき、一瞬目が合った。
「気になるなら、今日の一枚引き、どうですか?」セドナは彼女に向けて微笑んだ。
彼女はしばらく考え込んだ後、首を振った。「今日は、まだ…。でも、あなたの占いは、本当に面白いですね。シンプルなのに、深くて。」
「ありがとうございます。」セドナはその答えに少し驚きながらも礼を言った。「でも、占いは体験してみないと本当の意味でわからないものですよ。」
「そうですね…いつか、その時が来たらお願いするかもしれません。」彼女はまた曖昧に微笑んで、再びノートに視線を戻した。
セドナは彼女の言葉にどこか謎めいたものを感じながらも、それ以上は問い詰めなかった。しかし、彼の心には彼女の存在が少しずつ大きくなっていた。彼女の目的は何なのか、本当に占いに興味があるのか、それとも何か他の理由でここに来ているのか――その答えはまだ見えないままだった。
夜が更けると、女性は静かにノートを閉じ、セドナに軽く会釈してから店を出ていった。その背中を見送りながら、セドナはその日もまた、彼女が何者なのかを考え続けた。
「いつか、彼女の占いをする日が来るのだろうか…」セドナは自問しながら、カウンターを片付け、静かに夜を終える準備を始めた。
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