第2話 そこには様々なドラマや感情が詰まっている

今日は忙しかった。閉店時間が近づくにつれ客足も少しずつ途絶え、店内は静けさを取り戻していった。セドナはカウンターに並ぶグラスを片付けながら、今夜の出来事を振り返っていた。シンプルなタロットカードの一枚引きでも、そこに込められる思いや、それによって起こる会話には深い意味がある。客たちの心に小さな光を灯せるのが、自分のこの仕事の魅力だと感じている。


ふと、店のドアが再び開いた。閉店間際に訪れる客は珍しい。セドナは顔を上げ、いつもの軽い笑顔で「いらっしゃいませ」と迎えた。そこに立っていたのは、見るからに疲れた表情の中年の男性だった。


「閉店間際にすみません。今日はどうしても誰かに話を聞いてもらいたくて…」男性は肩を落としながら、カウンターの一番端に腰を下ろした。


セドナはその様子に少しだけ驚いたが、すぐに笑顔を取り戻し、「大丈夫ですよ、まだ時間はあります。何かお作りしましょうか?」と尋ねた。


「ウイスキーをお願いします。ストレートで」と、男性は少し力のない声で答えた。


セドナは静かにウイスキーを注ぎ、グラスを彼の前に差し出した。「どうぞ、ゆっくりとお楽しみください。それと、占いにも興味があれば、ぜひどうぞ」と、いつものようにタロットカードを軽く掲げた。


男性はしばらく考え込んだ後、小さく頷き「お願いします」と言った。セドナはカードをシャッフルし、男性の前に広げた。


「心の中で何か思い浮かべて、好きなタイミングで一枚選んでください。」


男性は無言でカードに手を伸ばし、一枚を引いた。それは「吊るされた男(The Hanged Man)」のカードだった。セドナはカードを見つめ、しばし考え込む。吊るされた男は、自己犠牲や一時的な停滞、深い内省を象徴するカードだ。


「これは『吊るされた男』です。あなたが今、何かに耐え忍びながらも、内心では大きな決断を迫られていることを示しています。何かしらの犠牲を払わなければならない時期かもしれませんが、その先には新しい視点や道が開かれる可能性があります。」


男性はカードを見つめながら深いため息をついた。「そうですか…やっぱりそうなんですね。実は、家族のことで…ずっと悩んでいて。」


セドナは静かに耳を傾けた。彼の役割は、単にカードを引くだけではなく、相手の心に寄り添い、彼らが自分自身の中で答えを見つけられるように導くことだ。「よろしければ、もう少しお話を伺ってもいいですか?。」


男性は少しの沈黙の後、語り始めた。「実は…息子が反抗期で、家の中がうまくいっていなくて…。私自身、仕事が忙しくて、家族に向き合えていないのが原因だってわかっているんです。でも、どうすればいいかわからなくて。」


セドナは彼の言葉を真剣に聞きながら、「確かに、家族の問題は簡単には解決しないことが多いです。でも、このカードが出たということは、今は一歩引いて自分自身を見つめ直す時期かもしれません。自分にとって大切なものが何なのか、少し時間をかけて考えてみるのもいいかもしれませんね。」


男性はその言葉に頷き、「そうですね…。今まで忙しさにかまけて、自分が何を大切にしているのか、忘れていたのかもしれません」と、少し寂しげに呟いた。


「このカードは、停滞の中で新しい視点を得ることの重要性も教えてくれます。今の状況は辛いかもしれませんが、あなた自身が心の中で大切なことを見つければ、その先には必ず光が見えてくるはずです。」セドナは穏やかな声で励ました。


男性はグラスを一口飲み、「少し勇気が出ました。こうして話を聞いてくれて、本当にありがとう」と、微笑みを浮かべた。


セドナも笑顔を返し、「こちらこそ、信じてくれてありがとう。もし何かあったら、いつでもここに来てください。占いがあなたの助けになれるなら、僕も嬉しいですから」と答えた。


その後、男性は少し気持ちが晴れたような表情で店を後にした。


夜が完全に静まり返った店内で、セドナはカードデッキを丁寧に片付け、カウンターを拭いていた。心の中で、その夜出会った客たちのことを思い返す。一枚引きというシンプルな占いであっても、そこには様々なドラマや感情が詰まっている。それが彼にとって、この仕事を続ける原動力だった。


カウンターに残るわずかな明かりが、彼の笑顔と共に消えていった。セドナはそのままカウンターを離れ、店の外に出ると、夜の冷たい空気が彼を包み込んだ。


「さて、今日もいろんな出会いがあったな…」と呟きながら、彼は街の灯りが揺れる道を歩き出した。夜の帳に包まれる都市の中で、セドナの姿は消えていくように小さくなり、その背中にはどこか穏やかで確かな自信が漂っていた。










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占いバー「Mystic Nights」の騒がしく静かな日々 空っ風 @kirosu

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