占いバー「Mystic Nights」の騒がしく静かな日々
空っ風
第1話 占いバー「Mystic Nights」
その占い師は自分の鑑定室で一冊の本を見つめていた。
ベストセラーになったわけでもなく、有名な作者の本でもないが
すごく愛おしいような、懐かしいようなそんな目をして見つめていた
セドナはその夜も占いバー「Mystic Nights」のカウンターに立っていた。店内は柔らかなライトが燈り、スロージャズが静かに流れている。常連客が数名、グラスを傾けながら夜のひとときを楽しんでいるが、新顔の客もちらほらと見受けられる。セドナはそんな客たちに目を配りつつ、いつものように軽快な笑顔でカクテルを作っていた。
「いらっしゃいませ。どんなお酒にしますか?」と、カウンターに座った女性に話しかけた。女性は、少し躊躇しながら「ホワイト・レディをお願いします」と答えた。
セドナは頷き、シェイカーを手に取った。「かしこまりました。少しお待ちくださいね。」手際よく材料をシェイカーに注ぎ、軽やかに振ると、数秒で透き通るようなカクテルが出来上がった。「どうぞ、ホワイト・レディです」と、グラスを女性の前に差し出す。
女性は一口飲むと、少しだけ緊張がほぐれた様子で「ありがとうございます。美味しいですね」と微笑んだ。
セドナは軽く目を細めて、「気に入っていただけてよかった。もしお話ししたいことがあれば、気軽にどうぞ」と促した。彼はただのバーテンダーではなく、この店の「占い師」としての顔を持っている。その噂は人づてで広まり、占いを目的に訪れる客も少なくなかった。
「…実は、占いって本当にできるんですか?」女性は少し戸惑いながら尋ねた。
「ええ、噂が広まっているようですね。」セドナはにこりと笑いながら、カウンターの下からタロットカードのデッキを取り出した。「ここでは、シンプルに一枚引きで占いをしています。もし興味があれば、試してみますか?」
女性は少し考え込んだが、やがて頷いた。「お願いしてもいいですか?最近、仕事のことで迷っていて…」
セドナはカードをシャッフルし、彼女の前にデッキを差し出した。「好きなタイミングで止めて、一枚選んでください。」
彼女は慎重にデッキに手を伸ばし、一枚のカードを引いた。それをセドナがめくると、そこには「愚者(The Fool)」のカードが現れた。
セドナはカードを見つめ、「これは『愚者』。新しい旅の始まり、未知への挑戦を象徴するカードです。」と説明した。「もしかすると、あなたは今、何か新しいことを始める時期に来ているのかもしれません。迷いがあるのは当然ですが、このカードは、心の赴くままに一歩踏み出す勇気を示唆しています。」
女性はカードを見つめながら、「新しい道…ですか。実は、今の仕事を続けるか、それとも全く別の職種に転職するかで悩んでいて…。」
セドナは頷き、「それなら、まさにこのカードがぴったりですね。新しい環境に飛び込むには不安がつきものですが、それがあなたにとって成長や可能性の広がる道であれば、恐れずに進んでみるのも一つの選択です。『愚者』は、失敗を恐れず、楽しんで進むことが大事だと教えてくれます。」
女性はじっとカードを見つめ、セドナの言葉をかみしめるように頷いた。「失敗が怖い…そうですね。でも、心のどこかでは、新しいことに挑戦したいと思っている自分がいるのかもしれません。」
「その気持ちがあれば、きっと大丈夫ですよ。」セドナは、いつもの優しい笑顔で答えた。「この一杯を飲みながら、ゆっくり考えてみてくださいね。あなた自身が進むべき道を、自分で見つける時間を持つことが大切です。」
女性はその言葉に励まされたように微笑み、カクテルを一口飲んだ。「ありがとうございます。少し勇気が出ました。」
セドナは頷き、「こちらこそ、占いを信じてくれてありがとう。何かあれば、いつでもここに来てくださいね。」
その後も、店内には次々と客が訪れ、セドナは一枚引きのタロット占いを交えながら、カクテルを作り続けた。彼の占いはシンプルだが、そこには客一人ひとりの心に寄り添う優しさがあった。
夜の終わりに近づくと、セドナはふとカウンターに手をつき、目を閉じた。彼自身も、毎晩の占いと人々との対話の中で、様々な感情や出来事に触れている。しかし、その全てが、彼にとっての「生きた経験」であり、新たな占いの知識を深めるための糧となっていた。
「今日も、たくさんの物語に出会えたな…」セドナは自分の中でそう呟き、ゆっくりとカウンターを片付け始めた。
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