第9話 VSコウメちゃん

「お覚悟!」


先手はコウメ。

音速のサイドキックがモーヴの顔面へ飛ぶ。

あまりの速さに周囲の観戦者達は突然消えたように見えた事だろう。

その攻防を目で捉えたのはランメルトだけだった。

モーヴはスウェイバックにより鼻先に踵を外す。


「ほれ」


蹴り足を戻す間もなく、コウメの立ち足をすくい上げるモーヴ。


「くっ」


直ぐ様体制を整えるその瞬間を狙って腹部にアッパーカットを容赦なく放つモーヴ。


「うぐぅ゛っ―――」


「「「ヒエッ!?」」」


周りがドン引きするほど深々と腹部に突き刺さる拳にコウメは悶絶。

痛みを堪え、金的に前蹴り―――


「〈インターセプション〉」


前蹴りが伸び切る前にまるで事前にわかっていたかのように踵を膝関節に当てられる。

「バキッ」という鈍い音とともにコウメが膝をつく。

この間0,7秒。


「―――え?」

「見えたかお前?」

「馬鹿、見えるわきゃねーだろ?」

「俺達こんなやつを相手にしようとしてたのか?」

「なぁ、あの獣人の踏み込みが地面にくっきり残ってるぜ?どんな脚力してんだよ」


「み、見えなかった……アゲちゃん!あんなに強いの!?モーヴの体ワキヤック様、略してモヴヤック!」


「モヴヤック?はともかく…強いよ。あれで魔法まで使うからね…」


「おもしれぇな!ガハハハハ!」


「お姉ちゃん!?誰か止めてください!」


「【ハイヒール】」


さも当たり前のように高度な回復魔法を使いこなすコウメ。

膝が逆に曲がっていたが「ベキベキ」という鈍い音と共に元に戻り、確かめるようにぴょんぴょん跳ねる。


「フッ!!」


下段から上段への連続蹴り、踵落とし、飛び三段蹴り後ろ回し蹴りの連続蹴り。

しかし、一撃も当たることもない。

モーヴは紙一重で避けつつ、避けきれない蹴りは捌ききる。

嵐のような連続蹴りが止んだ刹那に、紫電を纏った強烈な右ストレートがカウンター気味でコウメの頬を捕らえた。


「ぐにゅんっ!!」


一直線に背後へ吹き飛び、そもままノース領の外壁に突き刺さった。


「モーヴ!?容赦が、容赦が無さ過ぎぃ!!」

「お姉ちゃんを殺す気ですか!?」

「モヴヤック様、女の子相手にそれはちょっと…」


「うるせぇ!外野がグダグダ言うな!強者に手心は侮辱に他ならない!俺は女子供であれ、強者であれば全力を懸ける。だろ?コウメちゃん」


「……押忍、」


いつの間にやらモーヴの前に立っていたコウメ。

左頬は青痣ができている。


「魔力も筋力なんかのポテンシャルで何一つ勝てない俺が圧倒している。なんでか理解るか?」


「技量の差…?」


「そんなもん微々たるもんさ。正解は殺傷力。お前、俺に手心を加えてるな?最初の横蹴サイドキックで確信したぜ?」


「い、いえ。そんなはずは―――」 


「舐めるのも大概にしろ…」


モーヴの憤怒の形相にコウメはたじろぐ。


「いいか?武術ってのはかっこよく見せるためでも強さを図るものでもない。本質はいかに効率よく相手を殺せるかだ。殺意も殺傷力も無い技に意味も糞もあるか!殺る気が無い技なら武術なんて何の意味もない。コウメちゃん、お前さんはきっちり強い。脚力だけなら本体の俺ですら敵わない。だからよ…一旦優しさとか戦いには捨てろ!感謝だとか恩義だとか捨てて、全力殺すつもりで来い。そろそろ武術家になってもいいんじゃねぇか……コウメ・ラピスラーニャ?」


「…押忍!……押忍!!一切の侮りを捨て、全身全霊を尽くします―――【性質魔装・水】!!」


刹那、無色の【魔装】が水色に変化し、周囲に霧が発生する。


「え!?お姉ちゃん!?これって【青石の加護】!?なんで分家のお姉ちゃんが―――」

「やばいやばい!大気が揺れてる!魔力の練度が尋常じゃない」

「ありゃりゃ、俺の【黄石の加護】よりでけぇ魔力だな?モーヴの奴、死なねぇよな……」

「すっごい桁違いーーーがんばれモーヴ♡」




「この一撃に全てをかけます―――お覚悟!!」




――――――――――――


私が生まれたのは獣王国輝石の騎士ラピスラズリ家の分家ラピスラーニャ。

分家と言ってもやることは和平や平和のために血を汚すこと。

私には2つ上の兄がいるが、才能豊かで傲慢な男だ。

容姿も普通、才能も凡才の私を両親は早々に見切りをつけて死なない程度に食事を与える家畜以下の生活をさせられた。

そんな私に優しくしてくれる可愛い妹のボタンは本家の大事な一人娘、私が仲良くするとあの傲慢な兄の容赦ない暴力が1日中続いた。

傷だらけの日々も成人の日を境にぱったりとなくなる。

無一文ボロ布一枚で外に放り出されたからだ。

夜空に浮かぶ2つの月を見ながら何処を目指すこともなくただ彷徨っていた。

野山で衰弱し直前にカマセー領に向かう途中のバルバロイ様に拾われなければ死んでいただろう。

「知り合いのドワーフが面白いガキと会ったって言うから見に行って見ようと思ったな」などと理由のわからない事を言ってカマセー領を目指していた。

カマセー領は私にとって天国のようなところだったし、あのお方に会うと今までの獣生の全てがひっくり返った。


「やるな…おっさん…はぁはぁ、俺はワキヤック。おっさんは?」

「俺はバルバロイ…10歳にもみたねぇガキに深傷を負うとは……楽しいねぇ、そして楽しみだぜ!この歳で血潮が燃えるのが理解るぜ……」


出会って間もなく白光を放つ獣王の血に真っ向から戦い、互角に渡り合う8歳そこらのモヒカンの少年。

強い、だけどそれだけではなくて…とても楽しそうに戦う。

私の獣人の闘争心にさえ火を付けてしまうほど魅せられてしまう。


「ワキヤック様、俺の神」


ジャッジさんとは大の仲良し。

境遇も似ている…と言っても私より過酷な獣生を送っているけれど。

そんなジャッジさんはワキヤック様の話をいつも嬉しそうに話す。

居場所、食事、誇り、生きるための意思全てをもらったと誇らしげに…。


ある日、本当に些細なことでワキヤック様と話す機会があった。


「お、お前バルバロイのおっさんと一緒に来た兎だろ?名前は?」


「こ、コウメです…」


「ほーん、しかし兎はやっぱ脚力だろ?空手もいいけどよ……そーだ!ジークンドーなんてどうよ?ブルー◯・リーが開祖で色物で見られっけど強いやつはバチクソ強いぜ。交流会でも面白かったなーーー。理解る範囲で教えてやるよ」

  

この日を境に自分で理解るほど面白いぐらい強くなって『モヒカンズ』に選ばれるほど急成長できた。

でもその傲りを今現在注意されている。

そして〈武術家〉になれと期待をかけていただけてる。

答えなければ!

私の神、ワキヤック・カマセー!!

殺す!殺す!!



――――――――――――



「ぶっ殺す!!きぇええええええ!!」


「おおお、いい〈猿叫〉だ。気迫がビンビン伝わってくるぜ。そうこなくっちゃ!!」


目がガンギマリでおぞましい笑顔のモーヴ。

鬼神の如き気迫と右足に強烈な魔力集中し、周囲のギャラリーが息すらできないほどの魔力密度になっている。


「ね、ねぇ。こっちまでやばくない?100mくらい離れてるけど巻き込まれそうな―――」


「アゲちゃん!あれ!」


セーソが空に指差すと、磁場嵐が吹き荒れていた。


「この世の終わりみたいなーーー」


アゲポヨは絶叫を上げる異様な現象。

そしてコウメは思い切り魔力の集中していない左足で地面を蹴り込む。

即座にソニックブームが起こりつつも更に加速し、超低空飛行の右足による飛び横蹴りの体制になる。

それはまるで、かの有名なゴッドハンドに無茶振りをされて仕方なく車を飛び越えたときの空手家のような、はたまたバッタの特撮ヒーローの必殺キックのようなスタイルの…


(この飛び横蹴り、更に右足は水を爆発される原初魔法【ツァーリボンバ】を纏っている。言うなれば―――)


「〈エキゾチック・ボンバー】!!」


「いいじゃんよ!【魔法】と〈技法〉の〈融合】!だがよ…俺にもあるんだぜ―――」


全魔力を右手刀に集中。

紫電の雷鳴が踏み込みと同時に異次元の加速を生み出し、中段貫手を【パルサー】と共に解き放つモーヴ最強の技。


「〈エキゾチック・パルサー】」



衝突、

と同時に空間が歪む。

世界が放出できる力の上限を超え、空間が歪み漂う。

時間が止まったかのような不思議な現象を目撃するギャラリーの前に、前人未到の衝撃が今、解き放たれる。


「【エンドレス・バリアー】」




何者かの魔法が発動したか否かのタイミングで制御不能の超エネルギーが解き放たれた。

それは星の上からでもはっきり理解るほどの、実際に星を揺らす程の衝撃波が解き放たれた。



キィィィィィン―――ゴッゴッゴッ……ドドドドドドゴォォォォオオオオオオン!!!!!!



強烈な爆風の衝撃波で全ては灰塵に…と思われたが?


「「「い、生きてる…」」」


謎のミステリアス執事のお陰で衝撃波は上空へ逃げ、建物も人も無事であった。

上空では今も乱気流が発生しており、この世の終わりのような魔力帯になっている。

そして中央には手刀をコウメの首元にあてがうモーヴの姿があった。


「参りました。ご指導ありがとうございます!」


憑き物が落ちたような晴れやかな表情のまだ元気なコウメと、


「ちょっと…張り切り過ぎたかな?」


魔力枯渇を超えて、鼻と目と耳から血を流すモーヴの姿があった。

そのまま後ろにぐったり倒れた。


「モーヴぅぅぅぅうう!!ヒーラー!ヒーラー手配して!!」

「応っ!誰かパイオッツ呼んでこい!至急!トパーズ子爵が呼んでたって言って!」

「すっごぉぉぉい!エキゾチックぅ〜♡彼ピけってーい!」

「流石ワキヤック様。あの程度の体であの強烈な一撃を生み出すとは…流石は魔神様のご友人!」




「お姉ちゃん!大丈夫?」


「負けちゃった…まだまだね…もっと強くなるわ!」


「もう十分強いと思うけど…」


「ワキヤック様…モーヴ殿は無理だったけど貴方は本家に帰しますからね。私がここから護衛します」


「お、おねちゃんが?私は嬉しいけど…あいつらが何をするか…」


「力でねじ伏せればいいわ。だってワキヤック様ならそうするもの!うふふ!」


「うふふって…変わったよねお姉ちゃん。でも、昔よりずっといいよ!」


護衛対象’ボタン’を親族に引き渡すことに成功。

『竜の物語』D級護衛クエスト達成!

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