第32話 コロシアムとワキヤック

地下コロシアム。

殺伐とした選手たちの雰囲気と、観客席で盛り上がる人々の熱気が入り混じった、血と殺気と狂気が入り混じるこの空間はワキヤックは案外居心地が良かった。


地下に連れてこられて、特に説明もなしにほぼ強制的に戦士部屋にぶち込まれて今に至る。

周りを見ると今にも死にそうな顔をした戦士や、慣れているのか不気味にニタニタ笑ってるやつから様々いる。

命がかかっているため必死で戦い、血が流れ、観客が沸く。

儲かってんなーと思ったワキヤックは、カマセー領でも似たような事できないか模索していると、後ろから声をかけられた。

コロシアムに似合わない影のある黒髪の美形の青年で、右目が髪で隠れている


「な、子供がなぜこんなところに居るのだ?モヒカン?」


「え、なんか出ろって言われたから来たんだけど。アンタ誰?」


「僕はアルビオン・イノセンス。一応このコロシアムで一番強いよ」


「はえー。俺はワキヤック・カマセー」


「カマセー?確か男爵家じゃないのか?一体何があったんだ?」


カクカクシカジカ


「な…イライザ・ヒール…あの性悪女め、こんな子供をコロシアムに出すなんて!!やはり腐っているな中央貴族は…」


「うん、まぁ…」



「ワキヤック・カマセー選手、中央舞台までお越しください!」



「お、出番だ」


「幸運を祈る…せめて死なないようにな…」


このアルビオンとかいう髪で片目を隠すにーちゃんは悪い人ではなさそうだ。




ワキヤックが舞台に上がると舞台に地鳴りの歓声が上がる。

彼らが見たいのは残虐な人の死。

しかも今回子供が出ると聞いてこの盛り上がりなのだ。


「おや、こんなガキが相手か、楽勝だねぇ」


なんか浪人みたいな男がワキヤックの目の前に現れる。


「『人斬り・カワカミ』ぶった切れー!!」

「今日もお前に賭けたんだから死ぬんじゃねーぞぉ!!」

「あーん、早く血が見たーい!!」


などの狂気が入り混じる。

と言っても、ワキヤックは幼少からスラム解体やら野盗の撃滅などいろいろ殺ってるので一切の緊張などもない。

そういえば『人斬り・カワカミ』と言われた浪人のおっさんはガッツリ刀を持っていた。

比べてワキヤックは未だに腕を鎖で巻いて、しかも無手である。

あの令嬢、やってくれたぜ。


「試合開始!」


それがしの刀のサビとなるがいい!【居合】―――天明剣五月雨」


刀を鞘から抜いた瞬間に上袈裟と袈裟懸けを上下に3度繰り返す。

剣閃が壱拍子で収まり、素人が見たらほぼ消えた様に見えただろう。

この【居合】天明剣五月雨を出した瞬間、相手は死ぬ。

が、ワキヤックはバッチリ見えているので、カワカミの横、鞘の逆側に回り込んでいる。


「(いやいや、“居て急に合わせる”から居合なのに、自分から切ったら駄目じゃん。そんなら本身にして普通に切れよ。こいつ素人だな?)」


「ふん、つまらぬものを切って…無い!?く、くそぉ!」


「よっこいしょ!」


閃光のような回し蹴りをもろに喰らったカワカミは空中を4回転した後、側壁に激突。

のめり込んで次第にピクリとも動かなくなった。


「勝者、ワキヤック!」


「「「オオオオオオオオ!!」」」


とんだ番狂わせに会場が沸く。

泣きを見たもの、勝手にワキヤックに罵倒するもの、様々である。

あまりにも退屈な相手にワキヤックは欠伸をする始末。

そんなワキヤックを見て、先程のアルビオンとかいうにーちゃんはドン引きしている。


「貴様、何者だ?あのカワカミを一撃だと?そもそもあの高速剣をどうやって躱した?」


「いやいや、自分で居合って言っちゃってるし。鞘引きもしない舐めプだったから、単純に鞘の逆側にポジションを取っただけですよ?」


「え?」


「え?」


お互いに見つめ合って、なぜか気まずい沈黙が流れる。




―――観客席 アルベルト―――


「いよっしゃーーー!!白金貨3枚全賭け倍率54倍―――162枚(1億6200万)!?や、やばい。笑いが止まらない。何が楽しくて賭け事などと思ってたけど、これは楽しいーー!!」


悪い遊びにハマりつつあるアル執事。

その様子をみて困惑するイライザ。


「アルベルト様、勝つと解っていたのですか?」


「イライザ様、勝負は時の運ですよ?もっと確信してましたが―――ぐふふ、これだけあれば新しいピザが何枚焼けるんだ…そうだ新しいチーズの開発もミシュラムばぁばに頼まなくては!」


「アルベルト様、お変わりになられましたね。昔お会いしたときは表情の変化もないお人形のような方でしたのに…」


「それはあなたの愛するイザベラ叔母様に毒を盛られたり、あなたの婚約者であられるロバート様に首を閉められたりが日常でしたからね!」


「……恨んでおいでですか、イザベラ叔母様とロバート殿下を」


「当然です(ニッコリ)。ただでは殺しません。全てを奪ったうえで奴隷以下の生活をさせて死ぬまで搾り取りますよ!」


「ヒッ!?」


イライザは今年15歳なので、最近13歳になったアルベルトは2つ年下なのだが。

13の少年が見せるような表情ではない、深く冥い視線にイザベラは寒気が走る。


「私がここに居るのはほとんどの準備が整ったからですよ?まぁ何とはあえていいませんが…イライザ様も身の振り方をワキヤック様でも見て、よく考えたほうがいいですよ?」


「その発言は、王国を敵に回しますわよ?」


「王国を敵に回すのではなく、王国は始めから私の敵ですよね、舐めた口をきくなヒール家の令嬢風情が。洗礼式を迎えるまで生きていられたのも運が良かったから。王都なんてこの世から消えてくれたほうがいいでしょう」


「それは―――どういう!?」


「ほら、次の試合が始まっちゃいますよ?さーて次もワキヤック様に全振りでいこうか…じゅっ、18倍?駄目だ、笑いが止まらない…」




「続きまして―――ここで魔獣の乱入だ!!ガーランドタイガー!A級です!!」


A級魔獣ガーランドタイガー。

全長4mの白いたてがみが特徴の虎。

鋭いキバと爪に【風の魔装】をし、ありとあらゆる者を切り裂く王者の風格さえ感じる。

一説には四神『白虎』血を引いているとかいないとか。

ちなみにこの魔獣はイライザの差し金。

王国騎士団数名を犠牲にしてまで捕らえたコロシアムの切り札。

都合の悪い人間や、私念のある相手を片付けるための存在なのだ。

ヒール家はコロシアムの出資者なのでやりたい放題である。


「ふざけるな金返せー!!」

「こんな怪物に人間が敵う訳無いだろーー!!」

「いいぞー!もっとやれー(アル)!」


「試合開始!!」


司会者が合図を出すと目にも止まらぬ早さでガーランドタイガーはワキヤックに襲いかかる。

しかしワキヤック、紙一重で躱し続ける。

業を煮やすガーランドタイガーは【風の魔装】を纏い、鋭い爪を振り下ろす。

舞台さえ原型を留めぬほどに切り裂かれていくが、やはりワキヤックには当たらない。

それどころかアルに向かって足を振るという余裕っぷり。


「いいぞーモヒカン!」

「やっちまえーモヒカン!」

「僕に白金貨2916枚をくださいワキヤック様ーーー」


「「「ワキヤック!ワキヤック!ワキヤック!」」」


場内のボルテージが上がってきた所で、ワキヤックはまるで散歩するかのように自然にガーランドタイガーの懐に入ると、胴回し後ろ蹴りでガーランドタイガーの脇腹に踵で突き刺す。


「ぎゃぎゃああああああん!!??」


その巨体が衝撃でバウンドすると、続けざまにキン的に横蹴り、コンビネーションの飛び膝で顎をぶち抜いた。

しかしガーランドタイガー背面へ飛ぶ最中、たまたま【風の魔装】を纏った爪がワキヤックに霞めた。

コレをたまたまではなく意図的に狙われたと勘違いしたワキヤックは目の色を変え、【魔装】を纏い猛攻を加える。


ローキック!膝蹴り!踵落とし!

ローキック!ミトルキック!縦蹴り!と言う感じで、呼吸すら与えない連撃を加える。

ドコン!ドコン!と4mの巨体がバスケットボールのように舞台を破壊しながらバウンドし、血と牙が会場に飛び交う。

すると、ガーランドタイガーは腹を見せ寝転び「にゃ〜ん(裏声)」と媚びた声を言わせてしまったのだ。


「え、終わりかよ…」


スン、とわかりやすく落ち込んだワキヤックとは裏腹にコロシアムはスタンディングオベーション!

拍手拍手!拍手喝采のあめあられ。

実質処刑者であったガーランドタイガーを屈服させたモヒカンの少年に大興奮。

しかも手を鎖で繋いだまま、一切使ってないという舐めプ付きだ。


「嘘でしょ…そんな…」


イライザもイライザで落ち込んでいた。

なぜならガーランドタイガー以上の相手を用意できないからである。

これにはバーンズも苦笑い。

人ではないと確信する。


ワキヤックが戦士室に戻ると、まるで化物を見るかのようなアルビオンが居た。


「ガーランドタイガーに勝つだなんて……?」


「え、でもアルビオンさんはこのコロシアムで一番強いって?」


「人間相手に決まってるだろ!?A級魔獣相手に一人で勝つなんてS級冒険者でも不可能だ!ましてや一人で勝つなんて今日まで見たこと無かったよ!」


「はえー、あ、何か出れるみたいなんで帰ります。お世話になりました(?)」


「あ、うん。」


イライザは諦めたのかあっさりワキヤックを解放した。


「アルベルト様、2916枚の白金貨は用意できないので、とりあえず916枚で今は勘弁してください…」


「仕方がありませんね。では916枚確かにいただきました」


地上に戻ると困惑したバーンズと、いやらしいニヤケ顔で金袋を触るアルの姿があった。

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