第29話 東の辺境伯とワキヤック

枢機卿の悪事が出るわ出るわで盛り上がる執事のアルと黄石の騎士のランメルトとオリヴィア、そして『モヒカンズ』達。


そんな最中、ワキヤックは思いもよらぬ人物に会う。


「え?サチウス?カワイーソン夫人?なんで下着なんです?そういうプレイはご自宅でやってくださいな―――」


「ワキヤック様ーーー!!」


ボロ泣きでワキヤックにしがみつくサチウス。

ここで軽く抱き返すのが王道だが、ワキヤックは「鼻水汚ったな」という感想しか無かった。

オシヨワ夫人は「こういうプレイは夫とはしません!」と言って顔真っ赤にしていた。


結局見せ場のなかった『モヒカンズ』のメンバーは教会の解体をしていた。

これで『マタニティ』から狙われることは無いだろうと安心しきっていたワキヤックのところに謎の丸メガネをかけた冴えないおっさんから声をかけられる。


「一つ訪ねたいんだが、君が教会をこの様に壊したのかい?」


「あ、はい。でもなんで俺だと思うんだ?子供だぜ?」


「だって、君が一番強いでしょう―――」


先ほど魔力を大幅に消費したからなのか、はたまたワキヤックが冴えないおっさんに油断したのか、その両方なのか?

ワキヤックは真正面からの孤拳による打撃をもろに人中に喰らう。


「だがぁ!?」


歯が折れたのか?

鋭い痛みで反射的に拳を放つが、柔らかい絹のカーテンに触れるかのように冴えないおっさんに纏い付くかのように拳がゆるりとおっさんに纏わりつく。

それが腕を引っ張られていたと気づいた時にはワキヤックの脇腹に強烈な肘打ちを喰らっていた。


「ゴフッ!」


ワキヤックは悪魔モレクとの対峙以来で膝をつく。

この脅威を感じない不敵な存在を前世は知っている。


「領民を預かる身としてほおっておけないんですね」


「……達人…」


はるか高みの領域に踏み入れる本物の変態。

殺気も脅威も感じさせず、人格も接触も柔らかいのに気づいた時には人体を潰している狂人の事である(※個人の感想です)。


改めて冴えないおっさんを見るとお腹が出っ張っている。

ビールっぱらのようなものでなく、明らかに丹田を使っている腹。

臍下せいか丹田を使いこなす打撃はワキヤックにも難しい。

これほどの打撃をワキヤックを与えてなお、この冴えないおっさんから何のプレッシャーを感じることができない。

まるで空気と対面するような不自然さに背にゾクリと身の毛がよだつ。


「おい!坊っちゃん!俺にやらせてくれ!」


先程までリラックスしていたバルバロイが毛を逆立て目が血走っている。

強者と戦いたいという本能がバルバロイを突き動かしていた。


「おい、邪魔すんな!」


「あん?嫌じゃ!いくぞそこのモンよ」


「どこの連中かわかりませんが、私には領民を守る義務がありますから、死んでも恨まないでください」


獣人特有の伸縮性のある理想の筋肉で地面を蹴り、目にも追えぬ速さで踏み込み空手の刻み打ち(ジャブ)を打つのだが―――

ふわりと拳が横に流れる。

先ほど見て注意もしていたのに、拳が相手の手のひらに接触していたのに反応が出来なかった。

そして自分が引っ張られた事に気づいた時には縦肘が身体にめり込む


「ゴボッ!!やるのぅ!!【魔装】!!」


「【魔装】」


魔装で強化されたバルバロイの身体能力はワキヤックにも上回るほどで、拳を震えば地形が変わるほどだが、冴えないおっさんも当然のごとく【魔装】を扱い、音速を超えるバルバロイの速度を目で追えている。

鋭い手刀は柔らかく柔らかくいなされ、正確無比の肘打ちと孤拳、掌底が急所のことごとくを打ち抜く。

柔らかいと反応ができない、相手と体が接触した瞬間の予測が効かない、故に必ず相手の攻撃を食らってしまう。


人間は本能によって必ず物体にぶつかれば硬直する。

この冴えないおっさんがやっている接触時の脱力は神業なのだ。


「ゲバァッ!?」


遂にはバルバロイの鼻から血が吹き出る。

ワキヤックはその太極拳のような接触時の柔らかさと攻撃時の身体操作の切り替えの速さに惚れ惚れしていた。

はたしてコレほどの無駄のない精密な脱力硬直を扱いきれる武術家ははたしてどれほどいるのか。

一体どれほどの時間を脱力に費やせばこの領域に到達できるというのか。


「バルバロイのおっさんよ!いつまでやってんだ!早く変われ!」


「ガハハハ!!本物じゃのぉそこの冴えない親父よ!兄者以来だ、本気がだせるぞ―――【白虎】―――」


【白虎】というスキルを使った瞬間バルバロイの全身が白銀に光り始め、いざ何かをしようとした瞬間、


「もう!お父様!何をやってるの!」


「おや、オリヴィアの知り合いなのかい?この悪い面構えの方達が?」


オリヴィアにお父様と呼ばれた冴えないおっさんは太極拳の様な構えを解く。

ワキヤックとバルバロイの苦虫を潰されたような表情にとりあえず愛想笑いするオリヴィアであった。





―――イースト領 領主邸―――


「『マタニティ』を潰して頂いたのにとんだご迷惑を…改めまして、マウンテン・イーストです。よろしくお願いしますね」


冴えない丸メガネのおっさんことマウンテン・イーストは頭を下げる。


「なんでぇ、マウンテン師なら『マタニティ』くらいどうにでもなっただろう?」


「いえいえ、毒ガスや薬物を使われれば私のようなしがない武術家などたわいもないです。争いごとは嫌いなので、できるだけ戦わないようにしているのですが、そのせいで教会が増長してしまったようでお恥ずかしい。でも領地の修繕代はお支払いください」


「ちゃっかりしてるぜ。それより、おっさんなんであんなに強いんだよ!俺の師範と戦ってるような凄みがあったぜ?」


「はぁ?趣味で〈オピニオン〉という武術を習ってまして…。基礎としてあらゆる打撃を無効化する〈スワイ〉と、あらゆる局面で無意識に当身をする〈ショウ〉。この二つをただただ繰り返しているだけです。何せ私はこれと毛が生えた程度のことしかしか出来ません」


「(毛が生えた程度は絶対嘘だな!)誰でも出来るを誰も到達出来ない域にまで磨けるのか、感服しますぜ」


「老エルフの方が創始であられるとか。昔は”チウゴクケンポー”とか言われていたらしいですよ」


「オッケー!なんとなく事情はわかった。それより、あの接触時”いなし”、掌底の柔らかさだ!あんなに柔らかいと反射自体出来ない。気づいたら殺られ放題って訳だろ。もしよかったらさ俺に指南をつけて―――」


「お父様!お父様!」


隣からヒョコんと飛び出すオリヴィア嬢。

今から大事な話という所でお預けを喰らったワキヤックはご機嫌斜め。


「やーくーそーく!」


「うぅん。実はなワキヤック殿、娘が君との婚約を望んでいるのだが…」


「ふぅん……ファッ!?正気か!?自分で言うのもなんだけど……」


「ワキヤック様、いえワキヤッくん!これからよろしくね。オリお姉ちゃんって呼んでもいいからね!」


「え、あ、はい。そっか〜男爵家だもんな。辺境伯って言っちゃえば伯爵家だしオリお姉ちゃんを断れないかー」


偉い! 公爵←侯爵←伯爵(オリヴィア)←子爵←男爵(ワキヤック)←準男爵 クソ雑魚爵位。

つまり、ワキヤックでは断れないのだ。

ちなみにオリ姉ちゃんの身長は140cm、ワキヤックは150である。


「まぁ父上に相談してもらって、俺は帰―――」


「させないわ!!」


バンッ!とドアを空けて入ってきたのは必死の形相のサチウスと顔面蒼白のオシヨワの母娘であった。


「ワキヤック様は私の婚約者です!既に両家で結ばれた印書もあります!」


「印書あんの!?」


寝耳に水のワキヤック。

しかし余裕の表情ロリ少女(14)オリヴィア。

ちんまい胸を張りフフンと威張る。


「残念だけど印書の提出から3ヶ月以内であれば別の印書を優先することあるわ!最近のことでしょう?私の爵位が上だもの、権力でゴリ押しするもんね!」


「なんですって!?あなたのようなちんまい女にワキヤック様をなびくもんですか!!」


「うるさーい!私ちんまくないもん!もう14の立派なレディーだもん!あなた、性悪女ね!」


「性根はいいです!ちょっと愛情が人より深いだけなんですからねワキヤック様!ワキヤック様はどっちがいいです?」


「そうです!ワキヤッくんはお姉ちゃんにバブみ感じるでしょう?枢機卿様が以前おっしゃってましたもの?」


「ほう、後で枢機卿の身柄をいただきますね」


初めて見せた怒りでやや目が引きつっているマウンテン東方辺境伯。

さて、美少女二人に見つめられるワキヤックは一言。


「俺の好みは出るとこ出てて俺に靴を舐めさせて嗜虐的に笑うそんな自立した大人の女性だ。はっきり言って二人とも俺の趣向とは違うぜって感じ」


その場に静寂が流れ、「じゃ、俺はコレで失礼します」とワキヤックは部屋を後にする。


「こ…今回はこれで引いてあげる。でもワキヤッくんは渡さないから!」


「絶対に渡さない!ワキヤックは…もう私の旦那様だからね!」


二人の言い合いも一旦引いた所で、母親のオシヨワはマウンテンに深く頭を下げた。




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脳筋マゾ空手 拳で大体解決する俺はこの世界がゲームの世界と知るのはストーリーがぶっ壊れた後 ハイドロネギ @sussee

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