第23話 謎エルフババアとワキヤック
何日かぶりにワキヤックと『モヒカンズ』はランニングで数百キロと言う距離を山越え草原を越え戻ってきた。
もう既に軌跡の騎士たちと辺境の令嬢たちは〈ビック自動馬車(バス)〉で着いてしまっているだろう。
リリシアも言っていたが、正直こんな田舎に来てもやること無いだろうとワキヤックは思っていた。
―――カマセー領 東門―――
「おお!ワキヤック様!我らが英雄『モヒカンズ』の皆様!我々領民一同首を長くして待っていました」
いつの頃からか、ワキヤックに対する領民の評価は大英雄や叡智の象徴とされ崇められている。
食糧問題の解決、スラム街解体とその土地に大工場を建て相当数の雇用を獲得、治安の向上、通路や水道・下水などのインフレ向上、食事の向上による幸福度の向上、魔獣の素材による衣服や家具の革命。
人材ならどの様な人種であっても、会話が成立すれば魔獣ですら働くことが可能。
それは狂人なモヒカン部隊による圧倒的物理による治安維持にの賜物。
楽園と噂されるほど劇的な発展をとげているカマセー領。
しかし、ワキヤックの基準が前世であり、まだまだという感覚なのだ。
ワキヤックの居なかった一年半という時間は、最高の技術者であるドワーフと有り余る体力の獣人、ちょくちょく遊びに来るようになった魔道具技術者イバリン。
この三つ巴により街中に〈電球〉が配置され夜を克服し、〈時計〉の開発によって時間の概念が生まれ、〈自動馬車〉に物流と移動の革命が起き、税金による無料の大浴場によって疫病や感染リスクを他の領地とは比較にならないほど少ない。
そして何より飯が美味い。
最近颯爽と現れた謎のババアエルフによって発酵食品が次々と開発された。
醤油、味噌、豆板醤などの新たなる調味料を始め、もともと存在したヨーグルト、チーズ、酒などの食品の飛躍的な味の向上。
すでにホウオウ王国食の台所と言って間違いないだろう。
そこから生まれる幾多の料理はカマセー領以外の人々を魅了し、多くの観光客と商人でごった返している。
――――――――――――
「ワキファーーーーッッッッック!!!!お前…お前は…一言、一言頼むから事前に話をしてくれぇ!!辺境の4大令嬢と輝石の騎士4人勢揃いなんてわしの接待スペックを遥かに越えとる!ワリカンが居ないんだからな!ワリカン居ないわしはただのハゲなんだよバカーーー!!」
「押っ忍、すんませんでした」
物凄い剣幕で叱られたので思わず謝ってしまったワキヤック。
客間を覗くと妹のイレギュラを中心に辺境大令嬢4人とエレナの6人でワイワイキャッキャしている。
まだ販売前のボードゲームや新作料理の試作品などでかなり盛り上がっていた。
中に入るのを渋ったワキヤックは別部屋のソファーでくつろいでる男どもの部屋にお邪魔して、あの後『魔神の尻尾』に襲われたことなどをヘンドリックに話した。
…………………………
それはそれは見事な土下座であった。
先程までソファーで大の字で寝ていた男の美しい土下座にランメルトとサイラスも見惚れるほど。
「閣下を救っていただいてかたじけないワキヤック卿!」
「押忍、間に合ったから問題ないっすよ」
「しっかしよぉ、アーノルド様を狙うなんてな…俺達も気を付けねぇと大将の首取られちまうなぁサイラス」
「同感だ」
「まぁ、ドリル嬢の護衛だったししょうがねぇよ。それにしてもこんななんにもねぇ田舎によく来るよあぁ〜」
「「ええ!?」」
何やらワキヤック以外の男三人でヒソヒソ話している。
「なんだなんだ?ヒソヒソすんなよ?」
ヘンドリックが答える。
「いや、すまなかったワキヤック殿。あまりに本人に自覚がないのでどう言っていいか……この領地の発展ははっきり言って異常だし、もう既に王都より豊かかもしれない」
「へー」
「それだそれ!君は本当に興味がないな、これほどめちゃくちゃに発展してしまったのだ、否が応でも中央や教会に目をつけられるのも時間の問題だろう…」
「いや、教会ならちょくちょく間引いてますよ?『マタニティ』でしたっけ?あいつらしつこいんですよ〜」
「え…そっか(呆然)。一体何をやったんだ?」
「教会の司祭がスラム街の女を救済とか言って薬漬けにして楽しんでたり、父上に無駄な税を払わせてたり、教えを説くとか言って洗脳したり、人身売買してたりで百害あって一理もねぇ。そんな訳で教会を一気に解体して司祭と僧侶共は馬にくくりつけて領地一周引きずり回してから、囚人を働かせる地下施設で延々とトンネルを掘らしてます。〈地下鉄〉とおらせますよ〜」
「容赦ないな、とても十歳の発想で―――「チカテツ!ですね!!」
唐突に奇声をあげたサイラス。
となりのランメルトは驚き見開いている。
「あ゛ぁ゛〜チカテツ、乗用型最新魔道具!!以前イバリン先生に見せていただいたことがあるんですけど、あのデカブツが人を乗せて走ると考えただけで興奮してしまいます…ああ、早く乗りたい…」
「なに!?〈自動馬車〉以外にそんな乗り物があるのか!詳しく聞かせてくれ!!」
お次はヘンドリックも大声を上げて話に加わろうとする。
サイラスとヘンドリック、普段は知的で割と喋らないのだが、乗り物魔道具になるととたんに喋りだす。
護衛のために〈ビッグ自動馬車〉に乗ったと思ったが、単に乗りたかっただけかも知れない。
「俺はパス。そんな事よりピザくれよ。美味いって噂がノース地方まで聞き及んでるぜ」
「ピザね、そういやアルって執事に会ったか?あいつが一番ピザに詳しいぜ?」
ワキヤックがランメルトにアルの話題を言った瞬間、その場が凍りついたかのように静かになった。
それを察して慌ててランメルトが話し出す、
「あ、あ〜あの美少年執事ね。会った会った。いや〜ワキヤックの専属執事なんだって?」
「そうそう、あいつピザに信じられないほど情熱を燃やしてたからな。そう言えばピザ祭りってやってたっけか?ランメルトさんも行くかい?」
「おっ、面白そうじゃん!お嬢もこの二人がいれば大丈夫だろうし、腹減ったし俺は行くぜ!」
ピザ祭りのピザを食べにランメルトとワキヤックはカマセー領、中央通りへ向かう。
―――カマセー領・中央通り。ピザ審査会最終日―――
「えー今回2回目となりますピザ審査会祭りも今日が最終日となります!現在一位の販売枚数は販売はマルゲリータ!2位はわたくし司会のアルおすすめクアトロ・ファルマッジ!3位ダークホースのてりやきチキン!4位ジェノベーゼとなっております!」
「「「いええええええええええい↑」」」
「投票方法はもちろん、皆さんが食べた枚数となっております!それでは最終日も張り切っていきましょー!!」
マイクらしき魔道具をもってステージで司会をやるアルをみてなぜかソワソワしだすランメルト。
「ん、ションベンか?トイレならあっち―――」
「い、いや?何でもねぇよ。でもあんなイケメンの執事が目立っちゃ不味いんじゃないか?」
「いや、あいつが勝手にやってることだし…いいんじゃね。それよりピザ食べ比べようぜ!!」
「お、おう」
早速出店を周り始める。と見知った顔がある。
「あれ、ホウジヨ先生じゃん?」
「これはこれはワキヤック様お久しぶりです!」
「ワキヤック様?帰っていらしたんですね!」
「お、マールもいるのか?一番人気のマルゲリータは先生が作ってるのか〜」
「いえいえ、妻のマールが作って僕は接客係ですよ」
「お?おおおお〜!!おめんとさん!!めでてぇ!ちょっと多めに払ってやるからな?」
「ご祝儀は大丈夫ですよ。私はもう一生遊んでも使い切れないほど稼いでますからね。お金も愛しい妻と出会えたのももワキヤック様のおかげですよ〜」
「そっか、まぁとりあえず2切れくれ!」
「2切れで銅貨4枚(400円)です」
ワキヤックが買ったのに横からすぐさま手を伸ばすランメルト。
「うっわ、チーズがこんなに入ってこの値段は安すぎだろ!味はどうかな、はふ、!?〜〜〜!!」
トマトソースの酸味、モッツァレラチーズの旨味。
シンプルに食材を追求し無駄を省いた王道の味。
サクサクでモチモチの小麦の香りが理解る甘みのある味、モッツァレラチーズの圧倒的存在感、最後にトマトの酸味が全てをまとめ上げ、更高みへ押し上げる。
「美味い……」
一口で今まで味わったことのない幸福感を味わうことが出来たランメルトは呆然と宙を見つめる。
「ランメルトさん、後ろ詰まってるぜ」
「おう!?悪い、次行くか」
次はクワトロ・ファルマッジ。
もうチーズ・チーズ・チーズ!ピザの耳にまで徹底的にチーズをぶち込んだピザ。
出店にはドワーフの
店の前にはアルが〈拡声器〉という魔道具を手に持って宣伝をしていた。
「やや、ワキヤック様です!皆様我らの英雄ワキヤック様がこのクワトロ・ファルマッジ、このクワトロ・ファルマッジを食べに来ました!!」
「「「うお〜!!チーズ!チーズ!チーズ!」」」
「盛り上げてんなアル!」
「ど、ども〜(愛想笑い)」
「おや、ランメルト様もいらっしゃいましたか?是非食べてください。この世界でもっとも美味しいピザです、2切れ銅貨5枚でーす」
アルに半ば強制的に買わされたがとりあえず一口。
これは…すばらしいチーズ。
4種の濃厚で塩気の強いとろとろチーズが濃厚かつ上品。
そしてはちみつがかかっているので塩味をまろやかになり、以外にもこれが何とも美味しい。
ワキヤックとランメルトが二人して唸ったのが固めに焼いたピザの生地。
ガシガシの生地が濃厚チーズと相性抜群で食感のアクセントが抜群に良い。
「あー美味かった!!マルゲなんちゃらも美味かったけど…レベルたけぇな!」
ペロッと平らげた満足顔のランメルトとちょっと困惑顔のワキヤック。
「アル、ちょっとチーズがくどくないか?」
「解ってませんねワキヤック様!チーズのためのチーズを堪能する究極の形、それが私のクワトロ・ファルマッジなのです」
「でも万人受けはしないぞ。マルゲリータには勝てないぜ?」
「そんな…バカな?このチーズで?なぜです!?」
「お年寄りや少食にはこの量のチーズはキツイって話だ。ま、俺はこのぐらいの方が好きだが」
「…………チーズ…」
今まで見せたことのない真剣な顔で、思案を巡らせているアル。
「ま、来年はその辺も配慮してみな。さて、次にいこうか」
お次はジェノベーゼの出店だった。
「お、トサケンさんといつものギルド受付嬢さんじゃん?とりあえず2切れおくれ」
「おーワキヤック様、帰っておいでだったとは挨拶もできず申し訳ございません」
「え?ギルドマスター、ワキヤックくんにそんなにかしこまってどうしたんです〜?あ、これジェノベーゼね〜はいどうぞ〜」
「ワキヤック。カマセー兵の皆さんのおかげであれから魔の森の拠点も順調です。本当にありがとうございました」
「あーそういう堅いのはいいってば、ついでだよついで!―――お、うめぇ!俺はこれが一番かも!」
「バジルとガーリックが相性良すぎる。これが最下位とか贅沢な審査会だな!」
強烈なインパクトは無いものの、後を引く旨さでぺろりと平らげる。
バジルとガーリック、そしてチーズの三つ巴は追証が良すぎて止まらないのだ。
2人で4切れ食べてしまった所で最後のてりやきチキンピザに向かった。
「(昔、棟梁にみりんも醤油でてりやき!みたいな話はしたけど…俺が魔の森に行く前にはみりんも醤油も無かったよな〜)」
最後の出店にはものすごい行列と忙しなく働く元スラムのエルフたちが居た。
しかし、その中心で働く恰幅の良いモヒカンのボンテージエルフババアはワキヤックはみたことがなかった。
正直ババアのボンテージはキツイ。
「はーい、いらっしゃ〜い……む!?ああああああい(某ラーメン店のような雄叫び)!!??ワキヤック様!?」
「ええ?ワキヤックですけど!?」
「あああああ!お会いできて光栄です!!私は食の探求者ミシュラム・パーマネントと申します。お会いできて光栄の極みでございます」
「あの、とりあえずてりやきチキン2切れもらっていいか?」
「はいかしこまりー!」
ミシュラムというエルフババアから物凄い圧を感じたワキヤック。
それはそれとしてテリヤキチキンは甘辛のタレとチーズの相性はもちろんのことながら分厚いチキンとモッチモチの生地は食べ応え抜群で「俺!これが一番だ!!」とランメルトのお墨付きがつくほど美味かった。
ワキヤックもやはり故郷の味は特別美味しく頂いた。
いつの間にかひょっこりワキヤックの前に先程のエルフババアが現れたのだ。
「改めまして、『モヒカンズ』兵糧担当、ミシュラムです。『モヒカンズ』の中では新参者ですがよろしくお願いします」
「え、ばっちゃん『モヒカンズ』なのか?でも実力もそれなりにないと駄目だってワリカンが言ってたけど、強そうには見えないが?」
「腕っぷしはからっきしですよぉ〜。でも、魔法なら世界でも5本指に入る自信がありますね〜。魔法を評価されて配属していただきました。でも本業は食品開発です!貴方様の知恵を間接的にあずがり、発酵食品を作っております」
「あー、みりんや醤油はばあちゃんがやったのね」
「左様でございます。数百年生きてまいりましたが、これほど充実した日常は初めてです。お礼させてくだいさい!」
「その奇抜な格好は『モヒカンズ』には必須なのか?」
素朴な疑問を問いかけるランメルト。
「必須って訳じゃないですけど、気分が乗りますよ〜」
腹の贅肉をたぽんと揺らすと 満面の笑みのモヒカンボンテージ贅肉エルフババア。
属性盛りすぎで胸焼けしそうである。
ワキヤックを前に、何かのスイッチが入ったのかものすごい勢いで語り始めた。
「私がこの領地来た際に頂いた焼きプリンがそれはそれは、もう目が飛び出るかと思ったほど衝撃を受けました。今まで様々な食物を食べてきましたがこれ程完成された料理は初めてでした。更にバームクーヘン、いちごショートどの甘味も天にも上る至上の味わいで、私はこの領地に住むことを決めました。食を追求する人生を500年近く歩んできましたが、この地ほど革新的な料理の数々は他のどの地域にでも味わったことがありません。そこにたまたま出会った棟梁殿にワキヤック様のお話をお聞きし、ぜひお会いして直接その食の知識を―――」
――――――――――――
結局優勝はそのままマルゲリータ。
2位テリヤキチキン。
3位クワトロ・ファルマッジ。
4位ジェノベーゼと言う順番で幕を閉じだ。
「あー食った食った!満足したぜ…」
ベンチに座ってちょっと膨らんだ腹をポンポンするランメルト。
何かを感じて渋い顔のワキヤック。
後ろを確認してため息をついた。
「あーまたあいつらか…」
「あいつらって?(チラッチラッ)人混みしか俺には見えねぇけど?」
「うしろの青い服を着た若い男2人と前方のデート待ちを装ってるワンピースの女、全員『マタニティ』だ」
「―――え!?どうすんだ?」
「きっついお灸をすえましょう!」
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