第22話 男主人公とワキヤック

カポーン。


ここはウエスト領屋敷にある貴族の大浴場。

そこにはアーノルド、ワキヤック、キーリ、ワリカン、そして十名のカマセー兵精鋭『モヒカンズ』というガチムチモヒカン軍団でお風呂に浸かっている。


ちなみにゲロまみれお小水まみれの衣服はメイドさんに任せた。

嫌そうな表情だったが了承してくれた。


「うい〜しみる〜アーノルド様、今回は風呂を貸してくださってありがとうございまっす」


「ハハハ!命を救ってくれた恩人だ!かまわんかまわん!しかし、あんな立派な槍を私がもらってよかったのかね?」


ロンギヌスはアーノルドに献上することにした。


「いいっすよ〜、俺は素手のほうが強いし…あ、そういやあいつ…えっと、イシャーンっつったっけ?どうするワリカン?」


「はい、カマセー領地にて奴隷契約の後事情を吐かせましょう。もし更正の目処が立てばモヒカン部隊に所属させるのも面白いですね」


「あれ?ワリカンってボウギャック領の経営中じゃなかったっけ?」


「骨休めです。アーノルド様にもご報告がありますし…」


「はーん、そうか〜……で!」


その場の全員がキーリに目が行く。


「さて俺が鎌瀬犬彦だって言う事をなんでお前さんは知ってんだ?」


「俺…鈴木健太すずきけんたっていいます。以前鎌瀬選手の大ファンでした…」


「おう、前世の記憶がお前もあんのか」


「「前世の記憶!?」」


「ちょ―――言っちゃっていいんすか?」


「別に減るもんじゃねぇし。そうか、同じ日本人か!同郷記憶持ちはお前が初めてだ。仲良くしようぜ!」


「はい…おねがいします……」


なぜか泣き始めたキーリ、


「おいおい、なんか悪いこと言ったっけ?謝ったほうがいい?」


「いえ違います、安心しちゃって…妹と二人きりで異世界転生してから……飯はまずいし不衛生だし、いろいろ不安で…それが同じ日本人に、しかも鎌瀬選手に会えるなんて夢にも思わなかったから…」


「ワキヤックでいいぜ!呼びにくかったらワッキーとかでもいいし」


その場が和んできた所でアーノルドが気になる事を尋ねる。


「前世の記憶…〈自動馬車〉や火の光を使わない〈電球〉、時間を把握する〈時計〉といった魔道具をイバリンはワキヤックくんから思想を得たと言っていた前世の知識かい?」


「そうっすよ」


「え?それって現代知識チートじゃないっすか!!いいな……でも他人に教えちゃっていいんですか?」


「もともと誰かの発明じゃん。他人の功績をまるで自分の物みたいにする必要ねぇじゃねえのかな?共有すればいいじゃん」


「うお……感動っす。実は自分も前世の知識で開発無双とか考えてました。結局物資を調達できなかったけど…」


「ほう、ありがたいな!ワキヤックくんは知らないだろうが西の辺境全土でかなりの恩恵を得ているからな〜」


「いや〜お世辞でもアーノルド様に言ってもらえると嬉しいっすね!」


「(お世辞じゃないんだけどな)」


「そういや健太?」


「キーリでいいっすよ」


「キーリさ、お前武術大会でめっちゃイキってたじゃん!あれはないぜ」


「ちょ、気にしてるんですよ?何ていうか…切羽つまってて…」


「ほーん、そんなもんかねぇ。俺は強いやつと戦えたらアドレナリンがムラムラしてくるけどな」


「(ムラムラするんだ…)」


さて、そろそろ謎のモヒカンマッチョ軍団が気になるキーリ。

その中には準決勝で戦ったガラワルとかいう男もいる。


「ん、『モヒカンズ』が気になるか?こいつらは俺の私兵の中でもよりすぐりの精鋭達だぜ!それぞれが諜報・暗殺・隠密・軍略・兵糧・救護・法律・魔法・武術・商売に優れたエキスパート…だったっけワリカン?」


「はい、私が創立しました!」


「へぇ…すごそう(小並感)」


「さて…これ以上長湯も体に毒だろう、風呂からあがって食事にでもしよう。もうシェフに作らせているからから是非食べていってくれ」


「「「さすがアーノルド様!ゴチになりやす!!」」」





―――客間―――


「ゴクゴクゴク…ぷはー!!犯罪的旨さだー!!」


風呂上がりのキンキンに冷えたコーヒー牛乳に舌鼓のキーリ。

前世では当たり前に飲んでいた飲料もこの世界では絶対に手に入らないはずだった仰け反るほど美味い至高の味わいを堪能した。


「美味いだろう?この味を知ってしまうと風呂上がりは必ず飲んでしまうよ。これはカマセー領から仕入れているんだ。もし欲しかったら行ってみるといい。甘味飲料なのに王都では考えられないほど安価で売られているからな」


「へぇー、カマセー領ってたしか魔の森の近くだったかな…今度行ってみますよ!」


「まぁその辺は俺んあるからまたゆっくり話そうや。やっぱり前世の価値観で見て新しい気付きがあるかもだし。そういや、俺って男爵家の長男だから幅は利くぜ。また暇なときでも遊びにきな」


食事はどれも美味しかった。

何故ならカマセー領で開発したレシピや品種改良済みの種子などをワリカンを通じて流してもらい、アーノルドはウエスト領ですでに広めている。

その影響がこの辺境伯の食卓にも広がっているのだった。





―――日暮れ、食事をすませ外に出るともうすっかり暗くなってきた。

あんなに元気だった『モヒカンズ』も眠気に襲われて今晩は宿で泊まっていくらしい。

屋敷を出て帰り道の途中、ワキヤックとキーリは二人でウエスト領の商人街を歩いていた。


「今日はありがとうございましたワキヤックさん」


「いいって、同郷のよしみだ…。よしみついでにもう一つ、これは真剣な話だから真面目に聞いてくれ。―――スキルに頼りすぎるな」


ゲームを知る身としては目からウロコ。

スキルでゴリ押しが楽しい『四神の扉』なのに、スキルを頼るなとはコレいかに?


「たぶん、気づいて無いだろうからいいておくが、スキル発動まで1〜2秒間弱に無意識の時間が発生している」


「…えと、一秒ぐらいなら―――」


「命取りだ」


その瞬間眉間、人中、喉に寸止めで打ち込む。


「距離があるとか相手に隙があるとかならいいが、今日大会で見せたようなやり方だといずれ強敵に出会った時その一秒が命取りになる。俺なら3回は殺せる」


ゴクリと唾を飲むキーリ。

やはりこうやって向かい合うと怖い。


「剣術にしろ何にしろ、実力が最後に物をいう。鍛錬はした方がいいぞ。」


「……でも、俺はどう鍛えていいのか…剣道みたいに黙々と振ればいいですか?」


「いや、あれは競技としての型にはまってるから実戦だと人を殺しづらい」


「人を……殺す…」


ゾッとした。

さも当たり前にワキヤックは言っているが、日本人の真っ当な価値観のキーリはこの時ようやくゲームでは無いという自覚が出たと後に語っている。


「ま、簡単な術理…まぁ技だな。俺も他流の心得が少しだけあるから剣術でも基礎程度なら教えられるぞ」


「はい、是非!!」


風呂に入ったばかりだと言うのに近くの空き地で稽古をつける。

そこから2時間ぶっ通しで古流剣術の基礎、正眼、袈裟懸け、車切りなどをキーリに叩き込むワキヤック。

最後は前のめりにぶっ倒れたキーリにいつの間に集まったギャラリーが惜しみない拍手を送る。



――――――――――――



「おい起きて!ねえってば!」


「!」


キーリが起き上がるとすっかり辺りは暗くなっていた。


「メアリス?」


「何寝ぼけてるのよ、健太ったら逆ギレしてどっかに行っちゃったじゃないの!何考えてんのよクソニート」


「…ごめん」


「え?どうしたの?頭でも打った?」


「あぁ…そうだよ!聞いてくれ!!あのワキヤックって言う人は鎌瀬犬彦選手だったんだよ!!」


「え、うそ?魔神じゃないの?だってすんごい魔力だったわよ?健太は白目向いて気絶してたから覚えてないだろうけど空間が湾曲してたのよ!アニメかよって思ったね私!」


「やっぱすげぇ人なんだな…俺さ、弱かったよ…」


「何を今更…何か、憑き物が晴れたね。昔の健太みたいだよ」


「そっか、俺も実感あるよ。また助けられちゃったな…」


「そう言えばさ、その…ワキヤックの部下らしき人がコレを健太に渡してくれって」


二人だけの時は健太と由佳と呼び合っている二人。

さっそくその袋の中身を確認すると…


「なぁ由佳…中身見たか?」


「見ては無いけどお金でしょ?何枚くらい入ってた?」


「白金貨…5枚」


「―――ええええええ!!500万円相当!?やっぱワキヤック様いい人だったわ!(掌返し)」


「あ、手紙も入ってる」


‘一緒に入ってるハンカチを見せればカマセー領で助けになれるから困ったら気にせずに来い 

         ワキヤックこと鎌瀬犬彦より’


「日本語、日本語だ!本当に日本人なんだ!なんか嬉しい…」


「これからはスキルだけに頼らず自分の努力もしてみるかな…。でも前世の時と比べ物にならないくらい動けたし、やっぱ俺って主人公なんだな!」


「主人公と言えばさ…私もそのワキヤックって人に会ったけど、なんか私の事とかキーリの事とか知らないみたいだし、女神様にも会った事無いって言われたけど?女神様本人が私達をこの世界に転生させてくれた際に必ず一人一人に会って派遣してるって言ってたよね?」


「あ!?そう言えば『四神の扉』の話しなかったな。もしかしてワキヤックはこの世界が『四神の扉』って知らないのか……?」


お互い顔を傾けるのだが、手に持った大金でとりあえず懐にしまい込み、今夜は近くのお高い宿に泊まることにした。


次にワキヤックが二人に合うのはまだ先の話になる。



――――――――――――


「おい、後ろからちまちまついて来て、何のようだ?」


稽古を終えた帰り道、ワキヤックは振り返る。

すると褐色の肌をした長耳の少女、つまりエルフと魔族のハーフであるダークエルフと呼ばれる混血の存在がワキヤックを追ってついてきていた。


「私の主をあなた達が捕まえたから、私の帰るところがない…」


「お前、名前は?」


「リンダ」


「ふーん、ついてきてもいいが働いてもらうからそのつもりでいろよ」


「何でもやる」


「期待しておこう」

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