第21話 魔神の尻尾とワキヤック

授与式も終わり、周辺諸国の貴族たちや高位商人、教会の大司祭などがパラパラと帰路につく。

口々に噂するのはワキヤックのことだ。

空間を湾曲させるほどの魔力と異様な見た目(マッチョモヒカン)、10歳という若さ。

西の辺境に怪物ありと報告される事など全く想像していないワキヤックは、途中で合流したイバリン男爵と共に〈自動馬車〉の実演販売をしている。


「うっすワキヤックです。という訳でこの充電魔石を交換することでここからカマセー領まで往復4回可能です。もちろん馬より早いですし電気なので環境にも優しいです。充電魔石は電気魔法で充電可能なので雷魔法を使える魔導士がいればどこまでも走行可能ですよ!」


「私はこの〈自動馬車〉を制作したイバリン男爵である。この〈自動馬車〉にはサスペンションという仕組みとゴツいこのゴムタイヤと言う車輪を使っているためある程度の荒地もスイスイだぞ!このハンドルで方向を操作し、このペダルを踏むだけで走行とブレーキが可能。運転席左にある変速ロッドを操作することで速度を操作可能だぞ!一台金貨300枚!今なら充電魔石のスペアを2つつけるぞ!」


「俺に1台売ってくれ!」

「わしは2台じゃ!」

「ここからここまで売ってくださるかしら?」


販売係の魔導士部隊に50台も用意させたのに20分で完売した。

これで周辺諸国に〈自動馬車〉が普及するだろう。


「いやー最高だ!呼んでくれてありがとうワキヤック卿!」


「いえいえ、そういえば〈電車〉の開発はどうっすか?」


「順調だとも!西の辺境も後3年もすれば繋いでみせよう…おっと、失礼。リリシア様。お久しゅうございます」


「お父様に聞いていたけど…こんな物が出てきたら交通の常識を変えてしまうわね……流石ねイバリン様」


「いえいえ、これはワキヤック卿のご助力あってのこと。帰りはあちらの〈ビッグ自動馬車(バス)×3〉で送りましょう。なーに外装には魔の森の魔獣の鱗と鉱物を混ぜた合金で作っております。じっさいにドラゴンに噛まれましたが無傷でした」


「国宝級の魔道具じゃないの!へぇ〜(小並感)」


何かに気が付いたリリシアが実際に乗り込むと既に他の辺境令嬢達が居た。


「み、皆様?お帰りはコチラではないですけど?」


更にもうフリーズドライのパスタソースシリーズを食している令嬢たちにリリシアはあっけらかんと問いかけた。


「こんな美味しい物初めて食べました。乾燥してるから長持ちするんですね〜」


ハムスターのように食べて口の周りにパスタソースが付着する小動物系のオリヴィア。


「ふん、別に進められたから食べてあげただけだからね!早く出発しましょうよ」


ツンケン茶髪ドリル美少女のシャーロット。 


「パスタソースもそうだけど、このトマトスープも絶品ね。今からみんなでカマセー領に遊びに行こうってことになって。駄目かしら?」


上目で懇願する魔性のジャンヌお姉様。


「べ、別に駄目じゃないけど…ワキヤック!」


「うす、ここに!」


「私も行って問題ないわね?」


「押忍」


「じゃあ『モヒカンズ』だったかしら?このまま乗って行くから誰かお父様に伝えて」


「「承知」」


「さて、この乗り物はあのド田舎カマセー領までどれだけかかるかしら?」


「今日中には着きます」


「はぁあ!?どんだけ距離あると思ってんの!?」


既に護衛の輝石の騎士達も「「おぉー!」」と声を上げくつろいでいる。

あの大人しいヘンドリックも新しい乗り物にワクワクしていた。


出発の際にはワキヤックとモヒカン部隊は降りる。もちろん肉体で走ったほうが早いのだ。


〈ビック自動馬車〉が動き出した瞬間歓声を上げて楽しんでいる一行を見送りながら、ワキヤックは諜報モヒカン・ガラワルから驚愕の連絡を受ける。


「ワキヤック様、『魔神の尻尾』の連中にアーノルド辺境伯の屋敷が選挙されました」


「わかった―――?マ!?」





―――ウエスト領主屋敷 私室にて―――


「参ったよ。狙われるのは娘だと思っていたから…まさか、あなたが『魔神の尻尾』だったとは恐れ入ったよイシャーン殿?」


両腕を縄で拘束されたアーノルドは皮肉を込めて吐き捨てた。


「世界には平和を望まない人はどこにでもいるものだ。エルフも例外ではない」


ターバンを解くイシャーン。

中からは艷やかな銀髪と尖った長い耳があった。


「何が目的かな?」


「この西の辺境からなんとしても魔王国に戦を仕掛けてほしいんですよ?裏で魔王国とつながりがあるのは掴んでいるよ?もちろん…イザベラ様もね」


「そうか…悠長にしているわけにはいかなくなったな」


「もしかして、生きていられるとでも?残念だが私の部下の魔族に殺されてもらう。そして娘が魔王国へ戦を仕掛けるのがあの女のシナリオなんだ」


「なるほど……どうせ口封じするからべらべら喋ってくれるのか?」


「そういう事さ。まさかあんな怪物がいるとは思っていなかったが…もう自分の領地へ帰った頃だろう…さて、リンダ」


「ハッ」


「魔族とエルフのハーフ…畏敬のダークエルフである貴様のような女にこの男を殺す栄誉をやろう、光栄に思うがいい!」


「…はい」


リンダと呼ばれた褐色で長耳の少女はナイフを構え震えながらアーノルドを刺し殺そうとする。

しかし慣れていないのか過呼吸になっている。


「どうした、早くしろ!貴様のような家畜にも劣る―――」


「申し上げます!!謎のモヒカン達が次々に我々を制圧していきます。歯が立ちません!」


「なぁにっ!?奴ら謎の魔道具で帰ったのでは?」


「ハッ、モヒカン達は走って帰るようで…」


「ば、バカな!おい何をやっている早く殺せ―――?」


イシャーンが、ふたたびアーノルドに目を向けるとそこに居たのは思いもよらない人物。

服から胃液とお小水の匂いを纏わせた人物…


「お前、たしかキーリとかいったか?」


「さっきぶりだなエルフ、まさか『魔神の尻尾』だったなんて…」


『魔神の尻尾』

魔神ガランスサタンの復活と世界の破壊を願う異教徒テロ集団。

『四神の扉』では世界各所で悪魔の手先となって魔神の封印された部位を回収し魔神の心臓と呼ばれるラストダンジョンで復活をさせてしまう組織。

ゲームの中では説明がなかったが実際には麻薬密売、拉致、強盗、強姦など私欲のために何でもする。


この世界に来て12年生きてきたキーリにもなんとなく解ってはいるのだが引くことは出来ない。

小心者のキーリであっても良心の呵責によって出てきてしまった。


「なぜ君はここに?」


先ほどダークエルフの少女のナイフを切り飛ばしたのをみて敵ではないと判断したアーノルド。


「あのイシャーンって奴を見かけて…不意打ちで目にもの見せてやろうと追ってきたらこんな事になってて…」


「逃げたほうがいいだろう、君じゃ勝てないかな」


「うっせぇな!そんなの解ってるよ!!でも、でもさぁ、俺が逃げたらおっさん死んじゃうじゃん!どうしろってんだよ!!」


先ほど武術大会の舞台で戦った時、いかにも小手先だけで戦っていたイシャーン。

勝てないと思って魔力まで使ってしまった。

それでも余裕綽々だったのだ。

勝ちの目は薄いだろう。


「ハッ!イキり散らすしか出来ない人族のガキめ!どれほど優れた才能スキルがあっても貴様のような未熟者では持ち腐れよ!スキルスキルスキル!!女神の気分で一生を左右されるこの世界はおかしいのだ!!魔神の力のもと皆平等になるべきだろう…」


イシャーンが背後から取り出した神気を帯びた槍。

キーリはゲームの知識で知っていた。

聖槍ロンギヌス。


「(なんでこいつが持ってるんだ?この世界で3番目に強い槍じゃねぇか!?ヤバイヤバイヤバイ!)」


「ほう、この槍がわかるか?これはとあるお方より頂いたものだ。どれ、貴様で試しをしてやろう…」


「うおおおおおおお!!【身体強化】【縮地】【剛力】【セイントオーラ】」


高速で近づき、まばゆい光を放つ剣を振りかざすキーリだが…


「フン、雑魚め」


ぐさっ


腹部に強烈な痛みが走る。


「うがああああああ!!」


血が痛みが…今までに感じたこと無い恐怖。


「フハハハハハ、貴様にロンギヌスはもったいなかったな!死ねぇ!」




―――キンッ


ロンギヌスは上腕二頭筋で止められた。

そこは先程授与式で商品一式をくれた男―――


「ワキヤック!?なぜ!?戻るにしても早すぎる!?(筋肉にぶつかって金属音がするのがやばすぎる)」


筋肉モヒカン男ワキヤックが屋敷の窓を割って入ってきた。

以前カマセーの屋敷でいきなりベランダから現れた時を思い出すアーノルド。


「おい、ポーションだ。飲めるか?」


「ごく…ごく……!?傷が…え?コレ、エリクサーなんじゃ!?」


「えりくさ?よく解んねーけど、お前…根性あるじゃねえか!見直したぜ!」


「お、おう」


真っ直ぐ褒められて照れくさいキーリ。

傷が治ったのを見てイシャーンに目線を戻すワキヤック。


「貴様…貴様か…貴様がロンギヌスをくださったナムチ様を滅したという怪物…」


「え?戒力キムチとかそんなんだっけ?そうだけど」


「(戒力ナムチ!?え?あの終盤のボスラッシュのナムチ!?)」


レベル80以上でなければダメージも与えられない凶悪な防御力と、当たれば後衛一撃の攻撃力。

さらに原初魔法という特定のボスだけが使うチート魔法のナムチ専用魔法【アンライバルド】のせいでと魔法以外ダメージが通らないだけでなく、行動回数が一回増え攻撃力が1.5倍になる。

更に【超回復】で残り1割をきると自動で全開する難関ボスと多くのユーザーから言われるナムチ。


「イシャーンとだっけ?我らが辺境伯閣下を危ない目にあわせて無事じゃ済まさないけども」


「くそっ私はまだ死ねん!!」


腰を落とし中段に槍を構えるイシャーン。

やれやれというワキヤックが普段の構えをとる。

しかしこの構えをキーリは知っている。

ややガードを下げて利き手の右腕の拳を相手に向ける独特の構え。


「(あれは、空手世界王者鎌瀬選手の…鎌瀬の構えじゃないか!?)」




――――――――――――


キーリ・ホアンロンこと鈴木健太は高校の頃酷いいじめのせいで飛び降り自殺を図るが運がいいのか悪いのか下の通行人を下敷きにして生き残ってしまった。

小山という下敷きになった人は生きていたものの、いじめた側の人間ではなく世間からバッシングを受けるのは自分で両親からも「なぜお前が死ななかったのか」と言われる始末。

その日、自分の心にあった何かが壊れるのを感じながら引きこもりになった。

妹とはたまに話すことがあったものの、そのままズルズルと自室に籠もるようになる。


ある日のことだった。

ネットで目にするもの全てバッシングするクソみたいな習慣を行っていると一人の男の記事が目に入る。


「天才空手家、鎌瀬犬彦?あーあーまたクソ雑魚空手マンですか?結局飛び道具が一番強いのにねwww」


最年少19歳での空手無差別級世界王者は異例中の異例らしく、テレビやユー◯ューブでも取り上げられている。

自分と対して歳が変わらないのに、嫉妬でまたバッシングをネットで吐露していたが、ある動画がきっかけで気になってしまう存在になる。


[では改めて、鎌瀬選手に質問です。鎌瀬選手にとって憧れの存在は誰ですか?]


[このモヒカンで分かると思うんですけどハッ◯ンです]


[ハッ◯ン?ドラ◯エの?鎌瀬選手の師範である小山先生とかではなく?]


[だってカッコいいじゃないっすかハッ◯ン。正拳突きで敵をなぎ倒して仁王立ちで味方を守る。しかも大工までやるんすよ!あれこそ勇者ですよ!]


[ははは…おっとここでお時間ですね、以上現場からでした〜]


ー ー ー ー ー ー ー ー 



放送事故www    ハッ◯ンwww

   勇者はお前じゃい

          放送事故www

  

  迫真空手www


        鎌瀬お前がナンバーワンだ!



ー ー ー ー ー ー ー ー


などと、とある動画サイトで盛り上がっていたが、それとは別に健太はかなり驚いた。

それは世界チャンプがドラ◯エをやっていたことだ。

空手家というのはドキュンみたいな連中がやっているイメージだったので、ドラ◯エというゲームをやっているという親近感とちぐはぐさが新鮮であった。

その後なにかに導かれるように鎌瀬の動画を追い、たまにユー◯ューブのチャンネルを上げているのでソレを見始めた頃にはすっかりファンになっていた。


それからだいぶ時間が立って、たまに深夜に近くのコンビニに出かけた健太のもとに、たまたま当時のいじめの主犯格たちと居合わせしまった。

誹謗中傷を好きなだけ吐き捨てたうえでリンチ。

健太は悔しさと情けなさが入り混じり葛藤する刹那、鎌瀬の動画が脳裏でフラッシュバックすし勢いで一発主犯格にいいのが入ってしまった。

そこからより激しくリンチをされるのだが、不思議と心が落ち着いていて、それでも意識が薄れていく…のだが?


「お前、根性あるじゃねぇか!」


霞んだ視界を確認して何度も見直したが、そこには動画でよく見るあの男本人が居た。

慣れた手つきで顎や首横に掌底で打撃をすると主犯格達は気絶していた。

ゴツゴツとした厚い皮の手で俺を持ち上げると背中を軽く叩く。

サムズアップして何も言わずに去っていった。

胸を熱くしたままに今更だけど、バイトを面接するようになった。

コンビニだったけど、初めて働くことになった。

家に帰ると久々に両親と妹の佳奈と話をした。

顔を見て話すなんて何年ぶりだっただろう。

結局初出勤の前に火災にあって死んでしまったのだけど……


――――――――――――




「鎌瀬…犬彦選手……」


「……ん?俺の事か?ってぇ?今か?」


「本物に!?まさか、本当に鎌瀬選手?」


「俺を無視してんじゃねぇーーー!!スキル【猛毒】、刃が体に触れた瞬間に終わりだ―――!!」


ワキヤックは肩を旋回して半歩だけ身を左に外す。

すると綺麗に槍の刃が紙一重でさけ、そのままカウンターの強烈な右フックを腹部へ放つ。


「ゴエ゛ッ―――」


イシャーンが悶絶し、身をかがませる。

ワキヤックは猫手でイシャーンの脊髄を叩くと気を失って倒れた。


「すげぇ……」


あの、動画で何度も見た十八番の殺人ボディブロー。

リアルタイム目の前で観戦。


「ありがとうございます!鎌瀬さん、俺は―――」


「くっさ!めちゃくちゃ汚れてんじゃん!風呂だ風呂!」


「あ、はい…」


ワキヤックとほぼ同時に駆けつけた『モヒカンズ』によって『魔神の尻尾』はすぐに制圧された。

リンダと呼ばれた奴隷のダークエルフ少女を保護しつつ、ワキヤック一行はアーノルドのご厚意に甘えてお風呂にあやかることになった。

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