第16話 蚊帳の外とワキヤック

事はヘンドリックが風の剣を振り下ろす直前に遡る。


「ちょっと待った!」


ウラガネーに振り下ろす風の剣を素手で受け止めて割って入ったモヒカンボーイ。

ギョッとなるヘンドリックを横目に手持ちポーションをウラガネー飲ませる。


「貴様!何のつもり―――ゴホッ!」


「ほらぁ、飲んでる最中に喋るからむせる」


「ワキヤックくん、何のつもりだ」


風の剣を構え直すヘンドリック、


「領民は苦しんでるのに、殺すのは気に食わないね」


「貴様!何様のつもりだ!」


ドゴッ


無言でウラガネーを殴るワキヤック。

頬を打たれた衝撃で地面に叩きつけられた。

髪を鷲掴みで持ち上げ、憤怒の表情でウラガネーを睨む。


「麻薬をばらまく奴が簡単に死ねると思うなよ?」


「ぐぬぬ」


「ワキヤックくん、私は辺境伯閣下の命令でその男を罰せねばならない!阻むならば」


「フンッ」


バツーン!という音をたてて鳩尾みぞおちに平手打ち!!

「ゴッ!?」という声を立てて膝をつき悶絶している。

そしてワキヤックは両腕を掲げ魔法陣が展開する。

展開している魔法陣のルーンをつまんで引っ張っておでこに押し当てると独りでに語りだした。


「あっ、もしもしゴクー?オレオレ、うん、そのワキヤックなんだけどー、実はさ1時間くらい変化してほしんだけど…え?うーん…じゃあさ、ワインならあると思うから…うん、うん、じゃあ召喚するな―――うっし、【召喚】」


【召喚】とは〈魔獣契約〉という魔獣と人が認めあった時のみに結ぶことができるえにしがある。

〈魔獣契約〉を結んだものだけが空間を無視してお互いの場所に呼ぶことのできる特殊魔法である。

その【召喚】で現れたのはよぼよぼの猿のおじいであった。


「ほっほっほ『魔境』からわざわざ来てやったぞワッキー!」


「いや、すまんねゴクー、このおっさんが死んだって事にしたいから【変化】してもらっていいか?」


「よいぞー、どうな風でやるかの」


「ちょっと待て、この翁は魔獣か?どこの魔ーーー」


ドゴッ


「オメーに発言権はねーのよ!黙ってそこに寝とれクソが!!」


「……」


「いま殴ったこのおっさんの生首に変身して?」


「ほっほっほどれどれ…うむ、よかろう。じゃが酒を忘れるでないぞ―――スキル【変化】」


もわん


「う、うえぇ」


白い煙の中が発生するとその白い煙の中からウラガネーにそっくりの首がでてきた。


ちなみにゴクーと言う謎の魔獣は【変化】を解いた後、ありったけのワインやエールを抱えて消えた。





――――――――――――



ヘンドリックがウラガネーの首(仮)を晒して死んだことにされた翌日。

一日遅れてワンパクが自領に戻って来て今までの出来事を死んだはずのウラガネー本人から聞く。


「そんな…嘘ですよね父上…父上は強くて、王国にも尽くしてきた立派な軍人で!?」


「わしは…もう死んだ人間だ。もうお前に関わることはない。イバリン卿であればお前を引き取ってくれる」


「嫌だ!やだやだやだーーー」


「うむ…(チラッ)」


その場に居る第三者、先日カマセー領から来たワキヤック専属の美少年執事。

今後はこの少年にウラガネーは従わなければいけないという奴隷契約を半ば強制的にワキヤックに結ばれた。

その代償としてヘンドリックは偽首を晒して偽装死の協力をしてくれたのだ。

この奴隷契約には特殊なルーンが使われていて、契約を裏切ると動脈硬化によって死に至る。


「―――なので、あなたのお父様は私の部下ということになりますワンパク様」


「ふざけるなーー!!」


「やめ―――」


ワンパクはアルに襲いかかるが、アルのラリアットによって悶絶する。


「ごびゃッ……」


「ワキヤック様に仕える私にあなた程度が敵うわけがないでしょう?さて、ウラガネーくん?」


「うむ」


「返事!!」


「…はい」


「カマセー領に仕える前にまず私についてきてください」





―――謎の地下―――


「この様な場所は…領主である私も知らんぞ?」


「元領主…ですね。ここは『魔神の尻尾』のアジトですよ。あなたが『魔神の尻尾』と教会と繋がっていたのは以前からアーノルドが掴んでいたそうですよ?」


「!……小僧、お前何者だ?」


「その答えはこの中で話し合いましょう。さぁ、つきましたよ」


その部屋には中央にアーノルド辺境伯とその後ろにワリカン。

右席にはヘンドリック、フコウデ子爵、

左席にはイバリン、ハゲヤック男爵がいた。

アルの姿を確認するとアーノルド席をどき、地に伏せ頭を下げる。

それと同時にその場の全員が頭を伏せる。

ここでようやくウラガネーにも正体がわかった。


「(金髪、赤眼…そうか!)」


ウラガネーも頭を伏せた。


「一同、頭をあげよ。世はアルベルト・ホウオウである」


その一言で席につく。


「さて、まずは空欄となったボウギャック領だが、ワリカンどのに任せたいと思う。ワンパクを傀儡にして自由に経済を回せ」


「はっ、御意のままに」


「世は先日、洗礼式で【ホウオウ】のスキルを得た。ご存知通り女神の化身、『四神』の力は王族のみにしか発現しないユニークスキルだ。このスキルが発現した時点で王家として証明されると同時に滅多なことで死ぬことは無くなった。それと…ウラガネー!」


「ハッ」


「貴様がなぜ教会と『悪魔の尻尾』と繋がりをもてたかこの場で証言せよ!」


「そ、それは…ぐぬぬぬ!?(奴隷契約)[イザベラ様に紹介された。妻のご友人と言う事で]…」


「聞いたか?これはイザベラ叔母上の…第一王妃と中央の腐敗を意味している。今、我々があの連中を潰さねば王国は滅ぶ。辺境を魔物から命がけで守る貴公らに連中は税を支払わせる。その金はパーティーや嗜好品で消える…。屈辱だ!そうだろう?我々は立ち上がり、あの腐った中央貴族と膿である王家をことごとくを駆逐し、領民と辺境を守る偉大な騎士たちのための政治をせねばならん!!違うか?」


「アルベルト様、私情が混ざっているかと」


「いや、すまなかったアーノルド。毒殺、暗殺は日常で、国王陛下と母上は日和見、兄上と伯母上は露骨に蔑んでいてね。いやはや、あそこには恨みしか無いんだ。ハゲヤック様の方がよほど父上と呼べますね」


「ゲホッゲホッ!」


「まぁ、それはともかく。世は他の辺境の者共の協力を得るつもりでいる。交渉は水面下で世とアーノルドで行う」


「仰せのままに」


「よって貴公らの協力も切に願いたい。世は若輩者であるが、国の未来のために力を貸してくれ!」


「ヘンドリック・エメラルド、もとより王家のための緑石の騎士にございます!」


「フコウデ・カワイーソン、全力でご助力させていただきます」


「イバリン・チキン、個人的にワキヤック卿を通して交流のあったあなた様には期待しかございません。この命お預けいたしましょう」


「ハゲヤック・カマセー、御身のためにいかなる事もお力添えさせていただきます」


「貴公らの忠誠、世の魂に刻もう!それとハゲヤック様、アルとして今後もそちらを隠れ蓑にしますので、これからもよろしくお願いします」


「は、はい〜!!」


「さて、ウラガネー。貴様はこれから我が影となって汚れ仕事をしてもらう。覚悟しておけ」


「御意に、失態を挽回する機会を頂き恐縮至極でございます」


「さてヘンドリック、どうだワキヤック様判断は?正しいか?」


「解りませぬ。しかし、ワキヤックは一体何者なのでしょう。今回悪魔13柱の一柱、不死身と言われる戒力のナムチを仕留めたと思われます。【緑石の加護】によって確信があります」


「(はへぇ!?わし倅のことなのに聞いてないんですけど!?)」


「僕はね、ワキヤック様は四神と同様の存在だと思っている。王家の文献では〈異世界の使徒〉とも記載されていね―――」






――――――――――――


―――??????―――


「諸君、久しぶりだな」


漆黒の体をした異型の者達が集まっている。


「諸君。我らが同胞、ナムチの消滅を確認した」


リーダーの男が口に出すと、ガリガリの悪魔が声を上げる。


「ふあああああ!?無敵の男がやられちゃったよう!!もう駄目だおしまいだ!!怖い怖い怖いぃいーヒッヒッヒ!」


「うるさいねアンタは。で、人族の領域担当はどうすんだいディアブロ?」


胸元セクシーな魔族にディアブロと呼ばれたリーダーらしき男は口に手を当てて、険しい顔で話す。


「あの土地は後回しにする。モレク、よろしいですね」


「ええ、」


「では長耳、獣を中心に魔神様の御身を回収いたしましょう。我々の人員が整い次第黒交じりと猿の回収を致しましょう。では皆様、各自お願いします」


「「「了解」」」


全員が闇の中へ消えてディアブロという魔族は独り言を始める。


「やれやれ、もっとも耐久力の高いのナムチが殺られてしまうなど想定外でしたね。例の『魔神の尻尾』の研究…急がせますか」


陽の光も届かない暗黒の地で何かが起ころうとしている。

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