第15話 辺境の裏切り者とワキヤック
〈魔石農業〉をこの西の辺境に広めたハゲヤック・カマセー。
〈自動馬車〉という魔道具で中央貴族から一目置かれるイバリン・チキン。
戦場でしか功績を示すことができないウラガネー・ボウギャック。
おなじ男爵という爵位なのだが、領地の発展する気配は無い。
武力に偏った領地だからこそ智者が無く、〈魔石農業〉や〈自動馬車〉の有用性が解るものが居なかった。
下に見ていたハゲヤックと幼馴染であるイバリンだからこそ余計に腹をたてている。
「ふんッ!なぜあんな軟弱な者達に…うん?」
ウラガネーの私室に入ってきたのは身なりの良い司祭。
教会の関係者である。
「お世話になっております閣下、今回も領民を分けていただき感謝致します」
領民を分けるというのは、路頭に迷った者達や飢餓直前の者たちのこと。
その者達を定期的引き渡す事によって教会から金を得ている。
ボウギャック領では領地経営があってないようなものなので、治安が悪くそういった者達は後を絶たない。
この教会の
もちろんホウオウ王国では国が許可した奴隷商以外が人身売買をするなどもってのほか、見つかれば爵位剥奪なら良い方で、基本首が飛ぶ。
更に―――
「おお教会の司祭様、これはこれは」
「おや、『魔神の尻尾』の構成員さん、どうもどうも」
『魔神の尻尾』というテロ集団とも繋がっている。
『魔神の尻尾』は処理に困る構成員を捕まえて民衆から支持をえるマッチポンプや、クーデターを図る組織を潰してもらったりなどずぶずぶに繋がっている。
最近ばらまく麻薬もこの『魔神の尻尾』の資金に成り、横流しによってウラガネーは黙認している。
そんな一蓮托生の関係にヒビが入りかねない報告を『魔神の尻尾』の構成員から聞き出す。
「ウラガネー閣下、どうやらヘンドリックの緑石騎士団が麻薬と我々の関係を掴んだようです」
「な、何だと!?あのいけ好かない若造が?」
「どうやら、我らの一人がヘマをしてしまったようで、いやぁ面目ない」
「貴様!どう落とし前をつける気だ?」
「ご安心を、我々で彼奴めの娘を捕らえております。明日には始末すると言っておいたのでアーノルドへ報告することもないでしょう」
「なんと!でかした!そうだ、ヘンドリックを始末した後、その小娘を利用すれば…うまくいけばあの輝石の血筋と調子にのるあの男の領地もろとも奪えるかもな…ガッハッハッハッハ!!」
「その際は、我々『魔神の尻尾』をぜひご
この話に聞き耳を立てていた教会の司祭は速やかに自分の痕跡が残る物を手早く法衣の中にしまう。
本物に強欲な人間というのは引き際をわきまえている。
皮肉にも、この司祭の行動は正しかった。
――――――――――――
ヘンドリックから救援を受けて夜も開けぬままヘンドリックを背負って全力疾走するワキヤック。
ヘンドリックを背負って走るのはワキヤックがボウギャックの領地を知らないからである。
ワキヤックの魔装での全速疾走は時速100kmを超えるので掴まるヘンドリックも必死だ。
「ワキヤックくん!そこを右だ!」
「押っ忍」
「ぐぬぬ…早すぎる。この速さは【緑石の加護】で風で空を飛んでも追いつかない…」
「なんか言った?」
「なんでもない(なんで息が切れてないんだ?この速度で40分走っているのに?)」
しばらくしてボウギャック領地の外壁が見える。
ヘンドリックを降ろして、
「【サーモセンサー】」
『魔境』のヨルムンガンド(S級魔獣)を食べた時に会得した。
体温を感知する魔法で夜であっても壁の中であっても透視することのできる魔法。
片目にのみ発言させることで実視線と使い分け、ゴキブリのように外壁を駆け上り、難なく侵入に成功。
「さーて、ミリーナとかいう嬢ちゃんはどこにいるんだ?」
―――ボウギャック領 牢屋―――
鼻の曲がるような腐敗臭とカビが生える牢屋。
緑のポーニーテールの美しい少女が正座で座っている。
その少女の腕枷を見て笑う、檻の外の不気味な男。
先ほどボウギャックとあっていた『魔神の尻尾』の構成員であった。
「こんなところで緑石の騎士の御息女様に会えるなんて感激ですね〜、私ナムチって言うんです、よろしくねお嬢ちゃん?」
「……!?ナムチ?どこかで聞いたことがある…」
「そうですか、緑石として勉強不足ですね。まぁあなたは明日までの命です。ヘンドリックが死ねばあなたを生かす意味がありませんからね」
「驚きました。あの男は私を利用すると思っていました」
「あの男はそのつもりですよ。まぁあなたを殺した後は今まで役に立ったあの男の…ウラガネー様にも退場していただきますがね」
「……?狙いがわからない、そんな事をして何になるのだ?メリットが見えない」
「そうでしょうね…あなた達“人”には」
「―――!!思い出した!13悪魔の一柱、戒力ナムチ!?」
ナムチと呼ばれた構成員の男の目は漆黒に染まり、不敵に笑う。
「勉強不足と言ったことは謝りましょう、やれやれ。ホウオウ国の緑石の始末はモレクの仕事なんですがねぇ…」
「モレク?その悪魔ならお父様が倒したはずだ」
「モレクが緑石如きに遅れを取りますかねぇ?まぁ今回は関係ないでしょうから、私は私の仕事をしますかね」
今回は関係ない、それはフラグ!
突如として牢屋の石壁が突然スッと切れた。
長方四角形に切られた石壁をスルッとどかすと、中からモヒカン筋肉が出てきた。
「あのーここにミリーナって子、いる?」
「え?えと、私だ」
「ん、腕枷?出せ」
「う、うん」
スパン(手刀)
「へ?あ…」
「これ、親父さんから」
「名剣エメラルドハーケン…」
「よし帰るぞ」
嵐の様に現れ嵐のように去ろうとするワキヤックだったが―――
「こんのぉ!!逃がすかゴミカス!!」
先程まで普通だった構成員の腕が、丸太のように膨れ上がり、牢屋の檻をへし折り払い除けた。
先程までの人族の面影はなく、4メートルあるだろう漆黒の鬼がワキヤックとミリーナを見下ろす。
「え、でっか」
「こんな、こんなのとご先祖様は戦ったのか……」
「貴様が何者か知りませんが運がなかったな!魔神様の使徒である悪魔ナムチ様が―――」
「悪魔?お前悪魔か?」
ニチャアと渇望に満ちた期待の笑顔で【魔装】。
周囲の魔力が湾曲し、外の天候が激しく乱れ乱気流が発生する。
「いた!いたぜぇ!!ゲァアハハハハ!!」
「ご、ごえっ―――」
巨大魔力に当てられ吐いてしまうミリーナ。
この場で全力を出すとこのお嬢ちゃんがヤバそうなので横蹴りでナムチの腹部を蹴る。
「ゴエ゛ッ」
突如の一撃に反応すら出来なかったナムチ。
背後に吹き飛ぶナムチを追って広場へ出るワキヤック。
「そうか!お前だな!モレクの計画を狂わせた不確定要素は!」
「へへ、嬉しいね。モレクさんの知り合いかい?」
「本気で行かねば私が殺られるな…仕方ない―――
“ヨエタアヲラカチルスイカハヲテベステッモヲンゲンケノンジマ
ヨイレイセノョシンゲルドサカツヲツブンバ”―――【アンライバルト】」
虹色の魔装を纏うナムチ。
ナムチの体が揺れると唐突にワキヤックの目の前に現れる。
早すぎて目で追えなかったが勘で体を仰け反り直突きを避ける。
直突きの先は空圧だけで外壁が粉砕し、その先の木々まで粉砕しながら衝撃波が止まることがなかった。
「こうなってしまったからには貴様は死ぬ、残念だった―――?」
刹那、右頬に衝撃が走る。
「うごっ―――」
ワキヤックの右フックが刺さる。
「(馬鹿な?【アンライバルド】の効果中に痛み!?魔神様ですらこの状態の私に物理は通らないんだぞ?)」
畏怖の表情でナムチはワキヤックの顔を覗く。
ギラギラした飢えた獣と同じ瞳にで返された。
「【ボルテックヒート】」
本来グランドホーン(鹿に似た魔獣)が角から放つ魔法なのだが、ワキヤックのモヒカンから放たれる。
「ばっ―――グッ!?」
高温の赤雷がナムチの体をえぐる。
この虹の魔装は物理強化ができるが魔法には弱い様だ。
しかしえぐれた肉体はすぐに回復する。
「【超回復】は例え髪の毛一本を残しても再生するぞ―――さぁどうする」
「ぐむむむ―――」
息を吸い、ぷくーっとワキヤックの胴体が膨らむ―――
「―――まさか!?貴様本当に人か!?」
「ゴアァアッ!!」
周囲を火の海にする火の息を吐く。
【ドラゴンブレス】。
『魔境』でドラゴンに吐かれてガタイで会得。
「ぐああああッーーー、…だが私に傷は無いぞ」
皮膚がただれ臓器に達してもすぐに再生されてしまう。
しかし、玩具をえた犬のように喜ぶワキヤック。
すでにナムチは恐怖を感じている。
「【超再生】がある限り殺られることはない!!」
恐怖を振り払うかのようなナムチの連打連打連打。
強烈な拳圧に地形が変わる。
しかしワキヤックには当たらない。
それどころか途中からナムチを見ることもせず避ける。
先程のギラついた瞳は影を落とし、ため息をついた。
「あのさぁ、真面目にやれよ?」
「なに?何を言っている」
「そんな単調で力付くでぶん回したって…はぁ、見切ったって事だよ」
「な、舐めるなガキィイイイ!!」
蹴りも合わせて猛攻を加えるが、ワキヤックは避けるどころか片手で払い除けた。
「あ…あ……」
憤怒、焦燥、そして…恐怖。
ナムチは肉弾特化の悪魔、力で幾多の英雄や勇者を
その力がまるで通らない。
至上の肉体強化原初魔法【アンライバルド】で強化したうえでだ。
千年を生きるこの自分が、なぜ人の子供に遅れをとる。
だが―――だが、【超回復】がある限り、負けることは―――負けることは無い!!
体力すら回復し続ける無限の【超回復】を持ってガキが疲労、飢餓するまで三日三晩でも攻撃を続けてやる―――
―――ドクン
「ゴボッ!?」
なんだ…この痛みは…?
強烈な痛みがする部位に触れる。
腹?なぜ【超回復】で治らない?
「〈通し〉」
〈通し〉
古武道における当身の衝撃を体内に伝える技法。
中国拳法では発勁と呼ばれることもある。
厳密に言うと痛みではない。
衝撃を体内に通した事により臓器が揺れているのだ。
高速で臓物が揺れる事によってナムチは酔った。
「な、何だこれは…」
クラっと尻もちをつくナムチ。
「『魔境』にはな、アンタみたいな再生するエンペラースライムっていう魔獣がいてなぁ」
「『魔境』?あそこは魔神様と女神との戦いで凶悪な魔素溜まりができているはず。我々でも近づかない領域だ?人の身で―――デタラメを言うな!!」
「どうやって倒したと思う?」
「倒せるわけが…」
「ボコってミンチにして最大火力の魔法で焼くんだよ!!チェストォオオオオオオオ!!」
「ぎやあああああああ!!」
ラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュラッシュ!!!!
地面沈下・細胞破裂!!
「‘’ヨセンゲツハニココテッモヲンゲンケノンミガメ
リカイノョシンゲリレタキリヨウクコ”――くたばれ!!【パルサー】!!!!」
「ぞれ゛ッぼでぎゅど―――(それッモレクの―――)!?」
ラッシュで沈下した地盤を埋め尽くす紫電の雷鳴、天高く柱となって―――消えた。
「あれは…あの時の―――」
スタンピートでみた圧倒的な質量の紫電。
悪魔が!?いやそうではない…
「ワキヤック!?」
紫電の中から現れたモヒカン。
あのスタンピートの魔獣に突っ込んだ狂人。
なぜここに?
悪寒がする…
「ナムチ!!ええいどこにいる!?」
「もういないさ、【緑石の加護】が教えてくれたよウラガネー殿」
「ヘンドリック…」
ウラガネーは剣を抜く。
ヘンドリックは風の剣を成形する。
「わしは死なん。息子のために…この西の辺境の領主となるのだ!!」
「子供を言い訳に使うな、虫酸が走る」
剣と剣が交差する。
鍔迫まりすることもなく風の剣は剣も鎧も貫通する。
次の瞬間ウラガネーは血を吐いて前のめりに倒れる。
「グハッ!なぜ……何故わしにその力が無いのた!…理不尽だ……仕方無い…仕方無いのだ」
「死ぬ前に言い残すことはあるか?」
「ワンパク…ワンパクは……殺さ…な…」
「わかった、貴殿の最後の望み…引き受けよう」
ヘンドリックは風の剣を打ち下ろす。
ウラガネーの首を見ると、ボウギャックの兵士たちはすぐ抵抗をやめた。
この様子を見るとあまり慕われて無いだろう。
後に合流した緑石騎士団とカワイーソン騎士団が合流し制圧した。
一息ついたヘンドリックの元に娘のミリーナが駆け寄った。
「父上、エメラルドハーケンありがとうございました」
「うむ、エメラルドハーケンがあればすでにボウギャックの兵は相手にならないか。エメラルド一族は安泰だ」
笑顔で娘の頭を撫でる。
「いえ、私などまだまだです―――それより、あの御仁は…モヒカンの
………ん?嫌な予感がする。
「カマセー領のワキヤックくんだが?言っておくがサチウスちゃんが婚約者だぞ?ん?」
「そうですか、仕方がありません。寝取りましょう!」
「ファッ!?お前は何を言っているのだ?道徳はどうした?11歳の乙女が寝取るなど言うな!」
「私は強い男性の子を産みたいだけです!そうか、寝取らなくてもサチウスならワキヤック殿をシェアすればいいかな?ふふふ、待っていろワキヤック殿!」
「あぁ…剣技ばかりにだったから……なんてことだ……」
ヘンドリックは強烈な目眩に襲われた。
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