第7話 悪魔とワキヤック
「いっひゃああああ!!」
「喉を潰せーーー!!」
「魔石寄こせ!魔石寄こせ!」
「あっはっはっは!魔獣が簡単に死んでくぞ!たーのしーーー!!」
「キャンキャンキャン!?」
「ゴブゴブゴブー!」
余りにも一方的で、逃げ出す魔物まで出てきた。
余りにも残忍に肉を切り裂いて進んで効くカマセー兵達のせいで、どちらが血に飢えた魔獣かわからなくなっていた。
「前線!今現状はどうなっている!?」
「カワイーソン子爵!?なぜ前線に?」
「ボウギャック男爵、突然「あー我慢できねぇひと狩り行こうぜ!」と言って飛び出したワキヤックくんとカマセー兵を連れ戻すためだ。ためなのだが…」
魔獣の首を蹴り飛ばして魔獣にぶつけているイキイキしたワキヤックにどん引き中のフコウデ・カワイーソン子爵。
鮮血に皆染まったカマセー兵は発生源となったダンジョンの近くまで差し掛かっていた。
しかしここで周囲に異変が起きる。
急に暗雲が立ち込め、ダンジョンから何かがでてくる。
その瞬間謎のプレッシャーが周囲を包む。
先程まで魔獣に噛みついていた蛮族のような男たちが震えだし青ざめていく。
「おい?お前ら呼吸しろ呼吸!一旦下がれ!」
体制を低くしてじっと見つめるワキヤック。
漆黒の2メートルはあるだろう体躯、極悪な鬼のような顔面、顔から羊のような角と鋭い爪が両腕両足から覗かせ、背中にはコウモリのような大きな翼を広げている。
どの種族とも違う大男がどす黒い真っ赤な瞳を光らせて周囲を睨みつけてきた。
「オイオイオイ?例の緑の騎士も居ないじゃないの?全く情けない連中だねぇ?」
周囲の魔獣が尋常じゃないほど体を震わせ、謎の黒い男に頭を垂れる。
ワキヤックはあの黒い男が強いと見ると、ハンドサインでカマセー兵を退却させる。
同時に地面を蹴り上げ、強烈な飛び回し蹴りを黒い男の顔面を捉えるのだが、
「なっ―――」
指一本で止められてしまう。
そのまま体が落ちるので、首に平拳・鳩尾に直拳・腹に捻り打ち・金的に前蹴りを着地までに打ち込むが全て指一本。
「おや、なんだこのハエは?」
この一連のやり取りで実力差は解ったのだが、後退の文字はないワキヤックはカーフキックに―――
ゴボッ!
肉がエグれる強烈なカウンターフックをワキヤックは顔面にそのまま喰らって、回転をしながら地面に打ち跳ねながら遠くまで飛ばされてしまう。
遠くで聞こえる高笑いを聞きながらワキヤックの意識は途切れた…
ワキヤック…鎌瀬犬彦は走馬灯なのか、昔のことを思い出してしまう。
お受験のために勉強づくしだった小学生高学年の頃、粗暴の悪い友達に近くの公園でいじめをあっていた時に、後に恩師となる会心流空手師範と出会った。
腰の低い冴えないサラリーマンだったので調子に乗ったいじめっ子が金属バットを振り下ろした瞬間、正拳突きでバットを粉砕した時の衝撃は鮮明に覚えている。
すぐに強くなりたいと冴えないサラリーマンに頭を下げたのが入門のきっかけ。
入門したてのこの頃が人生で一番楽しかった。
冴えないサラリーマンこと師範や先輩にボコボコにされても理由を聞けばきちんと答えが戻ってくる。
痛い思いをすれば痛い思いをするほど自分じゃ無くなっていくようにどんどんどんどん強く変化する高揚感。
初めて大会で優勝した時の一体感。
それが…
いつからか大会のために鍛錬に励む日々、
自分の名が知れて調子に乗る日々、
師範や先輩たちに褒められるだけになった道場、
自分が誰かに技を教える側に回り、
いつからか社会人になって鍛錬は減っていった。
それで満足していた。
だから29で余命わずかと言われて何とも思わなかった。
転生してワキヤックになっても、その人生の延長だったのではない?
「ゴハッ!」
意識を取り戻すとやけに息がしづらい。
鼻から呼吸が出来ず、鼻が折れたのか血と痛みで涙が出そうになる。
そうそう、この感覚だ。
入門当初師範が手加減を間違えて似たような事があったあった。
目線を前に戻す。
先程の黒い男がこちらに向かってトドメを刺そうと爪を立てている。
懐かしい高揚感、全身がゾクゾクする恐怖、未知へ踏み込んでいく当時の感覚…………俺は…、
強くなることができる!自分より強い敵がいる!
強さへの渇望!これこそワキヤックに生まれ変わった意味か!!
トドメを刺そうとする黒い男。
しかしゾンビが立ち上がるような気持ちの悪い立ち方をする人族の子供。
「ほう、悪魔であるこの私の一撃を食らって建っているとは人族としてはやるじゃないか…?」
悪魔と自称した男の額に一筋の汗が流れる。
「おや?おかしいですね…わたくし共悪魔にとって人族や亜人など羽虫に等しいのに…なんだこの気味の悪い感覚…」
それは悪寒と呼ばれるもの。
鼻から血を吹き出し、フラフラしながら不敵に笑うこの子供。
その目つきは先程と違い、血に飢えた獣そのものであった。
「き、気味の悪い子供ですね?ダンジョンコアを使って魔神様の体の一部を取り戻す計画を邪魔する不確定要素はアナタですね〜。運がない。魔神様の忠実な使徒である私、そう!モレク様と対峙さえしなければ名のある将軍になったでしょう…」
鋭い爪を振り落とす。
「不確定要素を見逃すほどわたくしモレクは甘くないのです」
残像が残るほどの高速の爪撃。
しかしワキヤックを捕らえる事が出来ないどころか―――
「ぐぎぎ…このクソガキィ!!」
振り落とされたその腕の内側に打撃を加えていたワキヤック。
人体とは内側が脆いのだ。
効いてる効いてる、悪魔だろうが人体の構造とほぼ一緒だ。
「運がない?馬鹿言え、最高だぜ!!神様仏様悪魔様!!」
「死ね死ね死ね死ね死ね!」
紙一重で躱しつつ腕の内側、関節に打ち込む。
埒があかないと一旦距離を取る悪魔。
ワキヤックはスタンダードな構えをとってゆらゆら体を揺らす。
「クソッ小賢しい!今代のエメラルドにとっておくつもりだったが―――」
悪魔が手をかざすと巨大な魔法陣が展開される。
「“ヨセンゲツハニココテッモヲンゲンケノンジマ
リカイノョシンゲリレタキリヨウクコ”―――これが悪魔の力だ!原初魔法【パルサー】」
東京ドーム程あるだろう超体積の紫電が魔法陣の上に展開されると、ワキヤックめがけて一直線に飛来する。
「――――――!!」
ズガアアアアアアアン!!
――――――――――――
「な、何事だ!?あの巨大な魔法は何だ」
その圧倒的な巨大な魔法を見たフコウデ・カワイーソン子爵はその瞬間ただのスタンピートでは無いことが理解できた。
「ば、ばかな?原初魔法とでも言うのか…?」
「知っているのかイバリン卿?」
「フンッ、脳筋のウラガネー卿は知らないのは当然だ。古い書籍にしか記載されていないお
「ど、どうなさったチキン男爵?」
「フコウデ卿?もしかしたら大変なことになったかも知れません。今回のスタンピートは悪魔がフコウデ卿の領地に眠るという魔神の右足が目的だとしたら…」
「それは―――」
「オイ!魔法が着弾するぞ!」
ブオオオオオオオオオオ!
「くっ、なんて衝撃だ!着弾地点よりこんなに離れているんだぞ!」
「!!イバリン、あの上空にいる漆黒の亜人…あれが悪魔か?」
「我々も逃げるぞ!あんな化け物に例え緑石殿であっても敵うとは思えん。惜しいことだが我がカワイーソンの領地は放棄―――」
「おい、あの人影は何だ?」
ボウジャック男爵が指差す先には、プスプスと煙をあげ、自慢のモヒカンがプスプスになったワキヤックが仁王立ちしていた。
「なぜ、なぜ生きている?本当に人族か?」
「へへ…こうかな?」
ワキヤックがそう呟くと、利き手である右手に紫電の雷鳴を
「なっ―――原初魔法?まさか…私の!?」
驚愕で地面に落ちる悪魔。
「これが魔法、これが魔力?以前ホウジヨ先生に魔力をコーティングとかいってたのはコレか!やっぱり実際に喰らうと理解が早いって師範の言葉は正しいな」
「ば、ばかな?なにかの間違いだ!底なしの魔力をもつ選ばれし種族悪魔ならば一度原初魔法を展開さえすれば連射も可能なのだ!くたばれ【パルサー】」
もう一度先程の紫電がワキヤックに襲いかかるが―――
「オッラァッッッ!!!」
利き手で天高くアッパー!
紫電と紫電が干渉し合い軌道が上空へ変わり、やがて宇宙に散っていった。
「一回見せただろ?このボケカスが!!」
「貴様…貴様は何だ?」
「俺?…ワキ…ヤッ…ク―――」
ドサッ
ワキヤックの肉体は限界に達したのか前のめりに倒れる。
それを確認して乾いた笑いがこぼれる悪魔。
「お、脅かしやがって…すぐに殺す!こんなガキ存在しては―――」
グサッ!
腹部に強烈な痛みが走る。
悪魔が腹部へ目を移すと…
「ぎやあああああ、わたくしの!魔神様の使徒であるモレク様の美しい身体ガァアアアア!!」
後ろから名剣エメラルドハーケンを悪魔の腹部に突き刺すのはヘンドリック子爵。
「緑の風の使い手…貴様が今代のエメラルドかぁああああ!?」
「今代?まさか悪魔なのか?」
「チィ、分が悪い…そこのガキ!わたくしはモレク!ワキヤックと言ったな!貴様必ず殺す―――」
そう言うと黒いモヤに体を包む。
モヤが晴れるとモレクの姿がなかった。
「黒いモヤ、モレク…我家の伝承に残る悪魔13席の『紫電のモレク』!?では先程の黒いモヤは転移魔法の一種?―――あっ、それどころではなかった!」
すぐさまワキヤックの体を抱き上げると急いでカワイーソン領の医療施設へ運んだ。
―――カワイーソン司令室―――
前日同様のメンバーが集まり、今回のスタンピートについて話し合う。
結局悪魔モレクが去った後、魔獣たちは統率を失いすんなりと討伐することが出来た、
「まず今回の働き、西の辺境を治めるものとして感謝する」
「「ハッ」」
「ヘンドリック、悪魔をよくぞ退けてくれた。お前がいなければカワイーソン領だけでなくこの西の辺境は半壊していただろう」
「ハッ、しかし今回の功労者は―――」
バンッ!!
突如テーブルを叩き、憤怒の形相で周囲を睨みつけるハゲヤック男爵。
「もう、これ以上話を聞きたくない。息子の鼻がどうなってるか見たか!!即刻我が領地へ帰らせてもらう!異論は認めん!」
「おい!待て待てハゲヤック!閣下の御前だぞ?」
そう言ってアーノルド辺境伯に失礼がすぎる、謝れとアイコンタクトを送るフコウデ・カワイーソン先輩。
「わしより年下の若輩者になんの配慮を?この男が無能なせいで息子がボロボロなのだ!」
「無礼がすぎるぞ!(チャキン)」
「まてヘンドリック。行かせてやってくれ」
「はっ…」
「ふんっ―――」
バタンッ!!
ドアが壊れるかという勢いで閉めるハゲヤック・カマセー男爵。
「閣下!何卒―――」
「よい解っておるフコウデ子爵。ハゲヤック男爵に私は好意さえ湧いている。それにな…あの御子息殿、ワキヤックはもはや疑うべきもない神童。今後彼を中心にこの西の辺境の地は回ると私は思っている!」
「ま、まさかそれほどですか?」
驚いた表情を見せたフコウデ子爵とは違い、その場に居たウラガネー・ボウギャック男爵、イバリン・チキン男爵、ヘンドリック・エメラルド子爵はさも当たり前のように深く頷く。
「さて、本来はカマセー男爵も居てほしかったが仕方がない。本題だ。悪魔について―――」
朝日を浴びてワキヤックが目を覚ましたのは悪魔との対峙から3日過ぎたことだった。
両親の熱いハグと、ワンワン泣きわめく妹のイレギュラの頭を撫で回した。
愛されてんなーとどこか他人事のワキヤック。
前世では両親との関係は冷めきっていて、距離感がわからない。
ふと自室で一人になったとき悪魔との戦いを思い返す。
結局手も足も出なかったという事実がワキヤックを高揚させる。
「俺はまだまだ強くなれそうだ…」
魔力、魔法陣、原初魔法。
悪魔という存在に抗うにはこの『魔』という謎のエネルギーが必要だと心底わかった。
新しいことをする!新しいことを学ぶ!もっと強くなる!
そう思ったら居ても立っても居られない…冒険をするってこんな気持ちか!
コンコン
「入っていいぞ」
「邪魔するぞ変態「おん♡」顔赤くすんじゃねぇ!」
以前森で拾ってきた魔族の少女タイタニスがとなりに恐ろしく顔立ちの良いパツキンの少年執事を連れている。
「挨拶しろ後輩」
「はい、始めましてワキヤック様。先日よりワリカン様のご推薦で当家に奉公させていただきますアルと申します。どうかお見知りおきを…」
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