第6話 スタンピートとワキヤック
「えー後方支援っすか?」
「「BOOOOO!」」
「これで良い、そもそもお前は領地で待機だぞワキヤック」
「へーい」
ふてくされて外壁に上りブラブラするワキヤック。
スタンピートが起こるであろう方向を外壁の上から見渡す。
早朝はちょっと肌寒い。
「よぉ〜負け犬のハゲヤックの息子ってのはお前か〜」
振り向くとナマイキそうなわんぱくボーイとおかっぱメガネがいた。ワキヤックと同じくらいの歳だろうか。
「誰だよお前ら?」
「僕は偉大な武門の名門、ボウギャック家次期当主ワンパク様だ!」
「ボクチンは魔導の名門、チキン家次期当主ガンスでがんす」
「俺はワキヤックだけど父上が負け犬ってなんぞ?」
「お前の親父はなぁ前線で戦わずこうほうしえんとかいう負け犬なんだよバーカ」
「そうがんず(便乗)」
「ほーん、ってお前らもうすぐスタンピートってやつ来るんだろ?子供がこんなところに来やがってなぁ…」
「アンタも子供がんすよ?」
「そうでガンス!?」
この年頃の子に後方支援の重要性を説いてもわかんねぇだろうなと、そもそも後方支援自体知らないようだ。
「ワンパクくん、なんでワキヤックくんにそんな事言うの?後方支援は大事なんだよ」
唐突に物陰から現れたのはおさげの女の子、サチウスである。
「な、なんだようるせーよブス!ブス!」
「う…」
「な、泣けばいいと思ってのかよ…泣くなよ…」
という二人のやり取りの後ろで、
「あいつわかりやすく突っかかったけどすっきねー(ニヤニヤ)」
「そうがんすよ、もっと正直になればいいがんすね(ニヤニヤ)」
「ふざけんなよ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!(小学生特有の連呼)」
「落ち着くがんす、悪かったがんすよ…おや?」
「「ん?」」
ワンパクとかいう悪ガキが指差す方向に振り向くと、かなりの距離があるが砂煙を上げて大量の魔獣がこちらに向けて突進してくる。
「あっあれがスタンピート?スタンピートじゃね?おっほー↑」
「ど、どうしよ?まだ朝早いからみんなを起こさすがんす?」
「ば、ばか!逃げねぇと―――」
「や、やだ…足が動かない…」
先程まで快晴だと言うのに影がかかる。
鋭い殺気に導かれ上空を見上げるワキヤック。
「しゃがめ!!」
「キシャアアアアアアアア!!」
唐突に巨大な怪鳥が上空から鋭いくちばしを立てて落下してきた。
怪鳥が落ちてきた衝撃で石造りの外壁はもろくも崩れてしまう…
ガシャア!ゴッゴッゴッ
早朝に響く崩落の音で目が覚める兵士たち!
いち早くその場へ駆けつける人影が一人、緑の長髪に人を射抜く鋭い瞳、屈強でしなやかな傷だらけの肉体、名剣『エメラルドハーケン』を背負うホウオウ王国の英雄の一人ヘンドリック・エメラルド子爵である。
【緑石の加護】というユニークスキルで風を操り、空中を走る。
最短で現場に駆けつけるとそこには―――
「ダイブイーグル!?」
B級指定魔獣ダイブイーグル。
全長4メートルの怪鳥。
鋭いくちばしは鋼鉄より高い強度のミスリルでさえ豆腐のように貫く強度を誇る。
厄介なことに羽は魔法を受け付けにくい性質があり、非常に厄介なモンスター。
立ち込める粉塵から人影が飛び出す。
ワンパク・ワカパ・サチウスの三人を抱えてワキヤックは3メートル上空から地面に着地した。
抱えていた3人を地面に放り投げると、同時に後方から鉤爪で襲いかかるダイブイーグルを受け止める。
ワキヤックの足場は衝撃で沈没する。
「馬鹿な!?」
特徴的なモヒカンを見て、その男の子がワキヤックであると視認するヘンドリックは信じられないという気持ちでいっぱいだ。
動揺したのはダイブイーグルも一緒のようで隙ができた。
風で足場を作りトランポリンのような加速すると、今度は剣に風を宿し、振動を起こしうねりをあげ―――
一閃
ダイブイーグルの巨大な羽は地に落ち怪鳥はそのまま発狂、二の太刀を浴びせようとヘンドリックが振り返ると、目線の先には上空に飛び上がりダイブイーグルの首に手刀を打ち下ろすワキヤックの姿―――
「死にさらせ―――うおらぁ!!」
首を落とす事は出来なかったが首元にがっつり致命傷を与え、おびただしい鮮血が宙を舞う。
ヘンドリックは慌てて子どもたちをマントで隠し、視線をワキヤックに戻す。
驚いたことに浮足立つこともなく、下段払い脇構えですぐ正拳突きが放てるの状態。
死ぬ寸前のダイブイーグルに一切の隙を見せない。
いわゆる残心である。
「(何者だ…?)」
疑問を一度飲み込み、マントの中に匿った子どもたちに目を向ける。
「君たち大丈夫かい」
「ヘンドリック様!スゲェ本物だ!俺、ワンパクっていいます!ヘンドリック将軍に合いたくて今回親父に無理を言って付いてきたんです!」
「うへぇ〜ん!怖かったがんす〜!」
「あれ、あれ、居ないよ!ミリーナちゃんのお父さん!えっとワキヤックくんは大丈夫ですか?」
ヘンドリックの一人娘ミリーナの友達であるサチウスとは面識があった。
「君たちが無事で良かった。ワキヤックくんならそこで…全長4メートルもある怪鳥を運んでるな…」
「「え?」」
仕留めたダイブイーグルをどこかに運ぼうとしているワキヤック。
「サチウス!そこの広場って借りれる?」
「えっと、大丈夫だと思います…」
ワキヤックが指パッチンすると、どこから現れたヒャッハー的な部下がブルーシートのようなものを広げさせると早速その上で解体作業を始める。
「よし、早速
「「オー!」」
ダイブイーグルの死体を慣れた手つきで手刀で解体するワキヤックと、肉をナイフで切り分けるカマセー領の兵士たち。
さらにどこからか巨大な鉄網を準備する。
唖然と眺めるヘンドリックと子供3人。
ふと何かに気がついたワキヤックは
「あっちで砂煙あげて魔獣が押し寄せてきてるけど司令室に連絡はいいっすか?」
ヘンドリックは「ハッ」となる。
すぐさま踵を返し司令室へ。
残った子供3人は、切り分けた肉を串に刺す作業を手伝わさせられた。
――――――
「閣下、ご報告申し上げます!」
「ご苦労、申せ」
「ハッ、先程スタンピート発生を確認致しました」
「わかった!すぐにボウジャック家とチキン家の陣営を突撃させよ!」
「それともう一つ、先程西門近くの外壁にダイブイーグルが直撃。穴が空いてしまいました」
「ダイブイーグル!?北西のダンジョンにしてはやけに大物だな…、城内を襲わずスタンピート側の外壁を狙われたのにも何かひっかかる。して被害は?」
「私が素早く対応出来たも確かですか、その場に居合わせた子供をかばいダイブイーグルに致命傷をおわせたワキヤックくんのおかげで被害はでておりません」
「何!?誠か!くはははは―――本当に面白い小僧だ!ぜひその場で見たかったものだ!」
「信じるのですか?」
「ああ、それに似た報告を影から受けている」
「ふぅ、左様ですか。では私はカワイーソン子爵と連携して守りを固めます。ではこれにて―――」
ヘンドリックは一礼して司令室からでていく。司令室には不敵に笑うアーノルドが避難していない領民がまだ居ないか指示を出す。
ところ変わっワキヤック。
手刀でダイブイーグルの肉を卸していくワキヤック。
卸した肉の部位を一口サイズに切り分け串にさし、最近カマセー領のスラム街に居たエルフが植物のスキルとやらで栽培に成功した胡椒と塩で下味を付けてから焼いていく。
実はこのダイブイーグルの肉、ニワトリより油が上質で美味しいのだ。
「(胡椒の生産によく成功したよな)」
もも、むね、せせり、はつ、すなぎも、かわ、てばさき。
朝捕れたばかりの新鮮なお肉をすぐさま串にさし焼き上げる。
肉汁が滴り落ちると香ばしい香りがスタンピート側の西門近くにに広がり続ける。
早速ワキヤックとカマセー兵達は味見。
その破顔した姿を見つめる他領の兵士たちが切ない野良犬の様な顔で見つめてきた。
後方支援で食事の管理をしてたので全長4メートルの怪鳥を腐らせるのもったいないので無料で配ることにしたワキヤック。
死闘に行く前に…ボウギャック家、チキン家の兵士たちが肉を求めて群れていた。
「うめぇ!!箔が付く〜」
「なんでエールがねぇんだ…」
「胡椒!?これ胡椒!?なんて贅沢…」
「何本でもイケる!!」
焼けた焼串を荒々しく取った者からスタンピートに向かって突っ込んでいく。
肉を食べることを許したのは部下を思ってではなく、肉を食べたほうが戦力になると見越したからである。
ボウギャック家とチキン家の両当主も行為に甘え串肉をほうばる。
「ほぉ?カマセーのガキ、なかなか粋な事をする。それにうまい!」
「金貨より価値がある胡椒ですか。最近やけにカマセーは金回りがいいと聞いてますが…ハゲヤック殿、あなどれませんな」
「はぁ、貴様は賽銭でしか昔から人を測れんな。話では我らの息子を助けてくれたと言うでは無いか!素直に感謝できんのか?」
「8歳の子供にダイブイーグルを狩れるワケがないでしょう世迷言を…」
「存外大物かもしれんがな」
焼き鳥を食べながら話す大人達を背に。その息子たちがワキヤックに頭を下げる。
「ワキヤック…ごめん!俺こうほうしえんをバカにしてた!俺!ダイブイーグルに襲われた時動けなかったのにワキヤックは凄かった!だからごめん」
「ボクチンもごめんなさいがんす!調子に乗ってごめんなさいがんす!」
「謝ったならもういいぜ。さあ肉だ肉!食っていけよ!ほらサチウスも食え食えガハハハ!」
「はいっワキヤックくん(ポッ)」
「「いただきまーす」」
朝から何も口にしていないだろう子供3人の食べっぷりに、調理を担当するカマセー家の兵士もこれにはにっこり。
数十分後の西門から数キロの戦場では魔獣たちと衝突。
ボウギャック家500、チキン家300の精鋭の兵士たちは蹴散らしても蹴散らしても底知れぬ魔獣の猛攻に士気が低下していた。
もう何千と狩っているのだが減るどころか増えていると錯覚するほど魔獣の勢いが止まらない。
コボルトのするどいツメ、ゴブリンの小生意気な棍棒、オークの凶悪な拳、鎧も体も傷つき、血まみれになり、両方死体を踏みつけながら敵も味方もごった返しで戦っている。
普段のスタンピートなら魔獣はこれ程統制の取れた動きはしないのだが…
「おかしいっ!?一旦退却だ!よろしいかイバリン卿!」
「いいだろうウラガネー卿!魔導士部隊!火炎魔法の弾幕を張れ!」
号令とともに最後の力を振り絞って火炎魔法を打ち込む。
爆炎に乗じて撤退する。
「くそッ情けねぇ…敵の大群を引き連れて退却などと…」
「いいえ英断ですね。あなたの判断がなければ全滅していたでしょうウラガネー卿」
「へっ、減らず口の多い貴公に褒められるとは…追い詰められたものよ―――しかし今回のスタンピート…どうみる?」
敗走する最後尾の目と鼻の先には、血に飢えた魔獣が一目散に追いかけてくる。
このままでは追いつかれてしまうだろう。
「仕方がない!俺と動けるやつは
「嫌だね!生きて帰ってこい。健闘を祈る…」
ウラガネー・ボウギャック男爵が殿に出向く―――その刹那、小さな影が馬より早く両者の真ん中を通り過ぎる―――
「「!?」」
その背中は先程ダイブイーグルを捌いていた少年、
「オイ!居るぞ居るぞオーク!!」
「ヒャッハーガーリックポークだ!」
「ふざけるな!俺のベーコンだぞ!」
「俺のハムになる予定だ!に邪魔するな!」
「魔石の回収も忘れるなよ!」
「「これよりカマセー家!殿をする」」
「馬鹿か!?」
「貴様たちは後方支援だろう!解ってる?わかってないねぇーー!!」
カマセー家は200名、ボウギャック・チキン家合わせて現在600名。
もともと800でも打壊した前線が200でどうにかなるはずがない。
そのはずだった―――
――――――!!??
瞬く間に魔獣が地に伏していく。
前線が前へ前へ押し上がっていく。
鮮血が舞い上がり、とても領民を守る兵士たちとは思えない野蛮な笑みで蹂躙していく。
「どうなっている?奴らなぜあんなに強いのだウラガネー卿!?」
「わからん!?やつら素手だぞ?めちゃくちゃだ!グアハッハッハ!」
ついに実践投入される新生カマセー家の兵士200人+ワキヤック。
彼らの登場は魔獣たちが狩る側から狩られる側に変わったことを魔獣たちは予感し震える。
「このまま奴らを血で染め上げろ!」
「「「ヒャッハー!!」」」
戦局が大きく動いた瞬間であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます