第5話 金髪ドリルとワキヤック
カマセー領のスラム街が瓦解して半年が過ぎようとしていた。
ついにてん菜による砂糖が庶民や商人にも広がり、その発展は他の領地にも知れ渡る事となった。
そんな事とはつゆ知らず、冒険者ギルドでドワーフと喋っていた。
「いよぉボス(ワキヤック)!今度は何を作るおつもりじゃ?」
「ドワーフのお前らに朗報、濃いお酒…つまり蒸留酒に取り掛かろうと思う」
「さすがボス!儂らがほしいもんがよくわかってらぁ!飯もうまいし冷えたエールもええんじゃが、儂らみたいなもんはもっと胸焼けする酒でないとな!」
「まぁスラム街もお前らのおかげで今や産業地帯さからな、助かってるぜ!ほら臨時給料」
そう言ってワキヤックは10人ほど居るドワーフ一人づつに金貨10枚(10万円分)を手渡していく。
「さっすがボス!おい酒だ酒!」
「つまみもじゃんじゃん持って来い!」
「オイ、お前ら!今日は俺達ドワーフのおごりだ!浴びるほど飲みやがれ!」
「「おおおお〜!!」」
スラム街解体当日、クソほどやる気のないドワーフが一発でやる気になった大人の麦ジュースで乾杯し合っている。
ドワーフの活躍は建築と鍛冶によって数えるほどしかいない人数で他を寄せ付けないほどの貢献を果たしている。
300人ほどいたスラムの住人全ての住まい、カマセー領武器防具や農具に工具。
包丁などの小物や移動式屋台なんかも全てドワーフが製作している。
カマセー領の稼ぎ頭と楽しく喋っていると、有能筆頭執事が急いでワキヤックに会いに来た。
「ワキヤック様!ここにいらっしゃいましたか、お父上がお呼びです!」
「んだよワリカン、急用か!」
「お急ぎください!この地域一帯を束ねる辺境伯様がお越しでワキヤック様にお会いになりたいそうです!」
「はえー!なんかヤバそう、急いで帰る―――」
冒険者ギルドから荒々しく飛び出すと、全速力でカマせーの屋敷に向かった。
屋敷に着くと急いでいるそうなので玄関を通らず直接三階のベランダまで飛び乗った。
「父上!お呼びですって?」
「ブフォ!?ワキヤック、お前はどこから入ってきている」
小言を言う父上の前には、同じ年とは思えない甘いマスクの男、アーノルド・ウエスト辺境伯が腰を据えていた。
以前鎌瀬犬彦の記憶が宿る前に会ったことがある。
「閣下!ご無沙汰しておりまっす!押忍!」
「(おす?)少し見ぬ間にその…個性的な髪型(モヒカン)になったね」
まさに貴族といった優雅な振る舞い、そのアーノルド辺境伯の隣には、見事な金髪ドリルのご令嬢が居た。
「申し遅れましたわ!リリシア・ウエストと申します、以後お見知りおきを」
なんという…見事な金髪ドリル!
一礼しようとも、一切乱れぬ金髪ドリルにさすがのワキヤックも見とれてしまった。
「押忍!自分はワキヤックっす!ドリル嬢様」
「は?」
「「ブフッ!!」」
ちょっと何か空気がピリついたが、何事もなかったようにアーノルド様は本題を持ちかける。
「おほん、さっそく本題を話したいのだが…実はね、お隣のカワイーソン子爵領の近くでスタンピートが起きそうなんだよ」
「スタンピートですと!?なんとも厄介な?」
「スタンピートってなんです父上?」
「あなたそんな事も知らないんですの?いい、スタンピートというのはダンジョンが活発になった時に起こる恐ろしい現象のことよ!」
「さすが!金髪ドリルは伊達じゃありませんね!」
「おいお前?(イラッ)」
「ちょも!?そ、それよりカワイーソン子爵様に私共もご支援に向かうとお伝え願います…」
「ほうそれは心強い(予定調和)。それにしてもハゲヤック殿、貴公のこの領地、以前と比べてなんとも豊かな土地に成りましたな?」
「へ、へぇ、それは…その…」
チラチラ父上が見てくる。そりゃあ経営に一切関わってないからしょうがねぇか。
「押忍、恐れながら自分が説明させてもらいます。今王都で主流になりつつある〈魔石農業〉を取り入れた成果になります」
「ほう!それは興味深いね。〈魔石農業〉は最新技術だ。どうやって取り入れたんだい?」
「押忍、運良く王都の魔導学院の卒業生をギルドでスカウトしやした。閣下、よろしければ過程工程観察を記録したレポートがありやす。写しでよければスタンピートが片付いた後にお渡し致しやっす」
「ほぉ!そのレポートはキミの考案かなワキヤックくん?」
「うっす!」
「ふむ、以前の印象がまるで違う。いい御子息だなハゲヤック殿!」
「へ、へぇ。恐縮でございます〜」
アーノルドがワキヤックを気にいったのが気に入らない金髪ドリル令嬢リリシアがワキヤックに突っかかる。
「あなた、スタンピートも知らないような無知の分際でお父様に取り入れようなんて調子に乗らないことね!」
「押忍」
「何よそのオスって?そんなヘンテコな返事、貴族社会じゃ許されなくってよ!」
「押忍は空手家にとって礼節を尽くす最善のことばっす?どう返事するのが正解すかドリル嬢?」
「私の髪は最先端のオシャレであってドリルではないですわよ!!きええええええええ!!」
「痛っ痛っ!ありがとうございます!ありがとうございます!」
「ハハハ、仲良くやってくれたまえ…」
「ワキヤックぅ…胃が…」
辺境伯親子を見送ったところで、迅速にカワイーソン領に出立準備をする。
「という訳だ、すまないが留守を頼むカマセリーヌ」
「はい、旦那様のご武運をお祈り申しあげザマス。…で、なんでワキヤックも連れてくザマスの?」
「それは…はぁ、困ったことにアーノルド閣下がワキヤックを気に入られてしまってな…」
「まぁ!いいことザマス!」
「ふーむ?それでまだ早いとは思うが戦場を雰囲気を味合わせるのもよかろう」
「前線に出なければ大丈夫ザマスよ!」
「そう、なけばいいがな…(フラグ)」
翌日、物資をかき集め武装した200名の兵士が勇ましく出立した。
「よっしゃあスタンピートって奴をぶっ殺しに行くぞお前ら!」
「「「イエーーー!!」」」
先頭で喝をいれるのは最近8歳の誕生日を迎えたワキヤック。
カマセー領の精鋭200はすでに世紀末のような貫禄があり、筋肉で全てを解決する『蛮族団』と近隣の盗賊や山賊から恐れられている。
この世界では【スキル】という神の恩恵の力に頼った戦術が主流のため、スキルで優劣を決める節がある。
それを空手の理合によって努力で
ハゲヤック以外、全員ランニングで西の防衛の要、カワイーソン領地へ走り出す。
―――カワイーソン子爵領、中央広場―――
「や、ハゲヤック、すまんなぁよく来てくれたよ」
「まぁ先輩の要請とあれば聞きますけどね、せめてアーノルド閣下ではなく先輩から聞きたかったですよわしは」
「すまん、…ところでその子は倅か?」
「はい、ワキヤック挨拶なさい」
「押忍、ワキヤックです!よろしくっす!」
「はるばるこんな危険なところによく来てくれた、私はフコウデ・カワイーソンだ。キミのお父さんとは学校の先輩後輩なんだ」
フコウデ・カワイーソン子爵、ノッポで顔色の悪いちょび髭のおっさん。
人当たりの良いおじさんだ。
その足元に隠れる少女がいる。
黒髪おさげのメガネをかけた女の子。
「サチウス、こちらはお父さんの親友なんだ、挨拶してくれるか?」
「は、はひ。は、はじめ…ます…て、えと、サチウス…です」
「娘のサチウスは人見知りでな、是非仲良くしてくれるとありがたい」
上目でこちらを見ながらモジモジしているサチウス。
ワキヤックの一つ年上、今年で9歳らしい。
「私はハゲヤックと辺境集会に参加してくる。サチウスはワキヤックくんに領地の案内でもしてやりなさい」
「え?パパ?まって…」
か細い声でフコウデに訴えるが、聞こえることはなく。
潤んだ瞳でワキヤックを見つめるサチウス。
「ど、どうしよ?」
震えながら泣き出しそうなサチウスをなぜかフォローする羽目になったワキヤック。
とりあえず一緒にカワイーソン領地を探索することになった。
―――カワイーソン屋敷の客室―――
下座には男爵家ハゲヤック・カマセー、イバリン・チキン、ウラガネー・ボウジャック。
その横に子爵家フコウデ・カワイーソン、ヘンドリック・エメラルド。
上座に西地域を収める辺境伯アーノルド・イースト。
「本日、このホウオウ王国西地区全域の領主が皆集めってくれたことを感謝する」
「「ハッ!」」
「もう、分かっているだろうがここ、カワイーソンの地でスタンピートが起ころうとしている。今から5日前に冒険者から連絡を受けているから、二日以内には起こるだろう」
「ガハハハ、どれほど魔物が押し寄せようともこの武の名門ボウジャック家に任せて頂ければ万事解決ですな!」
と言ったのは顔に大きな傷跡がある筋肉ムチムチの大男。
「野蛮な。アーノルド閣下、魔導の名門チキン家の力であればそこの脳筋より活躍してみせましょう!」
豪勢な服をきて、メガネを押し上げるおかっぱの不健康そうな顔をした男。
「ふんっ!口だけのガリメガネが!」
「おや、無駄な筋肉だけのお方はよく吠えますな?」
「やめよ!閣下の御前ぞ!」
緑の長髪に鋭い目つきの長身のおじさん。
「よい、ヘンドリック。む?ハゲヤック殿は何も無いのか?」
「お、恐れながら…カマセー家は武門も魔導も誇れるものはなく…今回はぜひ物資の配給やけが人の治療などの後方支援に当たらせてもらいます」
頭バーコードで、ビールっ腹の冴えない中年オヤジ。
「ブハハッ!なんとも情けない男だな!」
「くっくっく、まぁハゲヤック殿にふさわしい役割だな?」
「貴様ら!無礼であるぞ!」
「せんぱ―――フコウデ殿、わしは自分の器をわきまえてございます…」
「なるほど、よく解った。ではボウジャック家とチキン家に先陣をきってもらう。カマセー家は後方支援、カワイーソンおよびエメラルド家は私の補助とカワイーソン領の護衛に当たる意義のあるものはいるか?」
「「異議なし!」」
「よろしい。決戦は近い、準備を怠るでないぞ!それとヘンドリック、お前は残れ。会議は以上とする。解散!」
――――――
「ヘンドリック、今回のハゲヤックについてどう思う?」
「は、以前は他の男爵家同様功を焦る一面がございましたが…今回の大量の物資の援助もそうですが余裕が違いますな」
「であろうな。私の忍ばせた配下によれば例年の総利益が20倍にも上ると言っておった」
「な!?誤認では?」
「わたしも疑ったが、先日直接見て間違いがなかったよ。〈魔石農業〉、魔族の保護、亜人の高待遇、破竹の領地成長…まるで異界より降臨された伝説の勇者のお伽噺ではないか?」
「はぁ?話が真であれば…」
「どうやら〈魔石農業〉を過程と工程をまとめてあるそうだ。もっともそのデータはもう私の手元にあるがな…このスタンピートが終わったらお前にもくれてやる」
「にわかに信じられませんが貰えるものは貰っておきます」
「そう言えばな、ワキヤック・カマセーくんという面白い子がいてな―――」
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