第3話 魔族とワキヤック

「98,99、100!んほぉ〜♡」


ワキヤックの朝は岩石(自分の身長の2倍)を背負ってスクワットから始まる。

手刀石突き100回、石蹴り100回、1回60秒スロー腕立て伏せ30回、1回60秒スロー前蹴り上げ100回という準備運動から始まる。


コレをこなし終えると全身 痙攣けいれんで、雑巾を絞るかのような筋肉痛に乳首が勃つほど興奮してしまう。


「母上、ちょっとランニングにいってきまーす」


「朝食までには帰ってくるザマスよー」


準備運動を終えると今度は岩石引きずってのランニング。

領地を出て近所の魔獣の森という危険地帯に入っては、魔獣を狩ってギルドに卸し御駄賃を稼ぐのが日課になっている。


流石に一人では危ないという話で先日いちゃもんをつけて「ウルフを狩れば冒険者になれる」と嘘を吐いたC級冒険者の[アッカン・ウザガラミン]というおっさんに同行してもらっている。

といっても戦闘は全てワキヤックが請け負い、魔獣の死体の回収だけやらせてる。

そのため荷台を持って来てもらっている。


カマセー領西門から約8キロ先にある魔獣の森へ楽しそうに岩石を引きずって走る7歳児。

どこまでも続く平原に岩石を引きずる事によってできた道の上を今日も元気に走っていく。


森に入るったらC級魔獣グリズリーやE級魔獣ウルフ、D級魔獣のオークといった気性の荒い魔物たちをワキヤックは慣れた手刀で首を落としたり、抜手で体に穴を空けてどんどん狩っていく。


もう慣れた手つきで無言黙々と魔獣を回収するアッカンがいきなり声を上げた。


「うおいっ!びっくりした―――こいつは…」


「おっおっおっ?どうしたどうした?」


後方で森の中に中年が声を響き渡った。

岩石をその辺の適当な魔獣に放り投げて、アッカンの方に向かってみる。

そこには黒いローブをまとった子どもが倒れていた。


更によく見ると切り傷があり、やや衰弱している。

肌は褐色で耳は長く、整った顔立ちをしている。

歳はワキヤックよりちょい上ぐらいだろうか?


「こいつは驚いた、坊っちゃん本物魔族ですぜ!」


「ほう、魔族か。…って何?」


「知らないんですかい?魔族ってのは気性の荒いとんでもねぇ連中で、よく他種族と戦争しているろくでもねぇ奴らだぜ!―――よく見ると器量がいいぜ。坊っちゃんこいつ奴隷にしやしょう!」


「いや、先生が人手が足りないって言うからそっちに回せるなら回したいんだけどね」


「そうすか?いい金になると思うんですけどね、まぁ坊っちゃんにいつも分けて貰ってますからお金には困ってないんですけどねヒヒヒ」


「奴隷にしたって大した金にならんだろう。それより労働力だな。ホウジヨ先生の催促は頻繁だし…どっかに大量の労働力がいないかな〜」


アッカンとは魔石を抜いた後の魔獣をギルドに卸す際に、利益を半分で分配している。


ホウジヨを引き入れた後、結局冒険者登録ができなかったワキヤック。

あろうことかアッカンに冒険者代行を頼み、ワキヤックが卸した魔獣と実績をそのまま献上している。


万年最下層のEランクだったアッカンの冒険者ランクも今ではベテランのCランクまで引き上げてしまった。


魔族と呼ばれた子どもは衰弱しているので、日課のランニングは切り上げて一旦屋敷に帰ることにする。




――――――




「ただいまー」


「おかえりザマス。もうすぐ朝食にするザ―――にぎゃあ!?ま、魔族?魔族ザマスゥ!!」


あまりの驚きにヒビが入るカマセリーヌのメガネ。


「どうして連れてきたザマス?」


「森で拾った」


「そんな、子猫じゃあるまいし…森に帰すザマスよワキちゃま!」


「責任持って世話するから〜」


「だから!子猫じゃ無いザマス!魔族は人族を喰らう野蛮な生き物ザマスよ!」


「それって教会が流したデマとかじゃないっすか?」


「いい加減にするザマス!いいから帰して来るザマス!」


ここで突然ワキヤックの気配が変わった。


前世で多くの大会で数多くのライバル達と死闘を繰り広げ、今世でも魔獣と命のやり取りをするワキヤック。

戦闘時の殺気と気迫をそのまま母親にぶつける凶悪で濃密な気配にカマセリーヌは腰を抜かしそうになる。


「母上」


「ひゃいザマス?」


「やだ…やだやだやだやだーーー!!」


ワキヤック本気駄々っ子(前世合わせて37歳のおっさん)。

寝転んで無差別に放つ手足の拳と踵で周囲を破壊。

屋敷の玄関は地響きとともに床はえぐれ巻き上がった破片は周囲に散乱し、ガラスや陶器にぶつかり破裂する。

屋敷全体が揺れ始めたところでカマセリーヌが急いで止めに入る。


「わ、わかったザマス!!ちゃんと面倒見るザマスよ!」


「押忍!」


むくりと起き上がり、カマセリーヌに向かって両腕を十字にきって一礼。

ワキヤックは普段の表情に戻り、とりあえず魔族の子供を自室に連れ込むのだった。


メイドに服の手配をお願いしつつ、自室のベットに寝かせ、魔族の子の汚れて臭い服を脱がし、濡れタオルで体をふく。

何日も風呂に入っていないのか、異臭を放つ体を綺麗にしていく。

途中で男のシンボルが股についてないことに気がついたが、


「子供だしいいか」


精神はもういい年したおっさんなので気にせず拭いていく。

とここで目を覚ます魔族の子。


「うん…ここは…!!ぎゃああああああ!!変態!死ね!死ね!」


「別に体を拭いてグフッ!ゴハッ!ありがとうございます!ありがとうございます!」


殴られながらも体を拭く事を一切やめない卑猥な笑みのワキヤックに恐怖する魔族女子。


「な、何だお前!何だよぉ〜(半泣き)」


「ふぅ♡ふぅ♡薄汚い豚野郎のワキヤックです!(にちゃあ)」


「いあ゛あ゛あ゛(声にならない叫び)」


ぐうううう


魔族の少女のお腹が鳴った。


「おっと、飯か?俺も朝から食ってないな?」


「きしゃああ…」


部屋の隅で毛布にくるまって震える女の子はその場から動くことはせず猫のように威嚇する。

この場に居てもしょうが無いのでワキヤックは女の子の食事を取りに行くついでに自分も朝食も食べに行く。



――――――



「うんめーーーー!!コレだよ!コレが欲しかったんだよ!先生ありがとーーー!!」


先生を招き入れて半年、俺の記憶がワキヤックに宿って2年と半年。

今、ようやくカマセー領は劇的な農業革命が起き初めている。

それは後のカマセー領農業改革の父、ホウジヨ・ヤサイスキー先生の〈魔石農業〉のたまものである。


先生が魔石と種を蒔いた後、一ヶ月ほどでみるみる育った野菜たち。

実際に検証してみた結果をレポートにまとめ農家共に報告。


データにはいまいち納得していなかった(識字率の問題もある)が実際の野菜を食べた途端、たちまち〈魔石農業〉は農家たちに取り入れらた。

他の農地でも1ヶ月で以前より品質がいい野菜が大量に出荷することに成功している。

普通に育てれば3ヶ月はかかるであろう野菜達がである。


更に、ホウジヨが持ち込んだ種自体が王都で品種改良をされた野菜エリートだったので味は以前とは比べ物にならない。

まだ〈魔石農業〉を始めて半年だが、すでに例年の農作物生産量の3倍を越えており、カマセー領の経済急成長が始めっている。


さらに作物に余裕ができるということは並行して家畜の餌がよくなり、それは家畜の肉質を上げることであって、ワキヤックの食事は格段に良くなった。


だがまだこれからである。

調味料も甘味も少ない我が領地、これからも農地を広げなくては!


「がつがつがつ!もちゃもちゃ!くちゃくちゃ」


「こらっワキちゃま!行儀悪いザマス!クチャラーは貴族社会から抹殺されるザマス!」


「あーうあーう」


「よちよち、イレギュラちゃん、汚いお兄ちゃんでちゅね〜」


ワキヤックが親に甘えなくなったせいか、父上と母上が夜の激しいプロレスの末にかわいい妹のイレギュラが一年前ぐらいに生まれた。

父上がデレデレすぎてちょっと気持ち悪い。


「ふぅ、美味かった…あ、料理長、ちょっとパン粥作ってくれね?」


「は?はぁ」


ミルクと砂糖の入ったパン粥を自室に持ってくと、メイドにもらったメイド服を着て、どうにか窓から逃げようとベランダで悪戦苦闘している魔族の褐色女子がいた。


「おっ」


「なっ!お前!―――この俺をどうするつもりだこの変態!」


「男は誰もが変態だ!…ま、とりあえず食えたら食っとけよ体力落ちてるんだろ?」


「はんっ!毒でも入ってんだろっ!」


「まぁ嫌なら食わなくてもいい、とりあえずここに置くぞ」


一口ワキヤックが口にして、食べれることを見せてベットの横のテーブルに置く。


「ふんっ!一体何が目的だ、俺を犯す気だろ!」


「俺は受けだ!」


「うげぇ…」


「いい目だ(じゅる)。どうせ逃げても奴隷商に捕まって売り飛ばされて輪姦され回されたあげく病気移されて死ぬだけだから大人しく人の行為に甘えな」


現在住むこの世界は結構な確率でそういう事が起きている。

死生観が前世と別物。


「けっ!勝手に体をまさぐるお前よりマシだ!」


「だって、臭かったじゃんお前」


「臭い!?女に臭いなんて言うんじゃねぇ!!…臭くないよな?」


「臭かったよ。とりあえず俺は部屋を出てくからでてくも残るも勝手にしな。あーあ、恩人に名前ぐらいは言ってもいいだろうに…」


チラリと魔族を見てから自室から去ろうと出ていくワキヤックに、


「俺は、タイタニア。俺の名前はタイタニアだぞ!」


こんな甘ちゃんじゃ騙されて死ぬなぁとドアを締めながら思ったワキヤック。

自立するまでは面倒見てやろうと心に決めた。


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