第2話 先生とワキヤック

「ですから、この魔石の技術を使えば作物の育ちが良くなるはずなんです!」


「そんな事言われても、悪いが他を当たってくれ」


「そ、そんな…」


誰も僕の話を聞いてはくれない。

ホウジヨ・ヤサイスキー、それが僕の名前だ。

僕はカマセー領生まれカマセー領育ち。

両親は比較的裕福な商人だったので、念願の王国魔導学院に通わせてもらった。

そこで魔導農業学を4年間学び無事卒業。

僕を育ててくれたカマセー領への恩返しのため再び帰ってきた。


しかし若干18歳の若輩者、さらにここカマセー領は国境沿いの辺境の地、要は田舎だ。

都会では取り入れられつつある最新技術〈魔石農法〉も、カマセー領では見向きもされなかった。

半ば諦め気味で冒険者ギルドに相談しに出向いたその時だった。


彼に、僕の運命を変えるワキヤック閣下と出会ったのは…


「ちょいとごめんよ」


「はい?」


振り向いても誰も居なかった。しかし、やけに血の匂いがすると思い下をに目をやると―――


「うぎゃああああ!!」


E級指定の魔獣〈ウルフ〉の死体を2体引きずった血だらけの少年がそこに立っていたのだ。

目付きの悪い身長が僕の腰ぐらいのモヒカンの少年。


「おう、悪いね」


腰を抜かした僕をどいてくれたと勘違いした少年は、何事もなかったかのようにそのままギルドに入っていく…


「ぎゃあああああ!」

「おい、職員を呼べ職員!」

「さっきの坊っちゃんじゃねぇか?マジかよ…」


などと声は聞こえたので気になって僕も中に入った。


初めて冒険者ギルドというところに入ったのだがイメージ通りという空間。

受付嬢のカウンターの下にさっきの異様な少年が居る。


「ひ、ひゃい!間違いなくウルフです!で、でも冒険証は12歳からでして…」


「俺はさっきウルフを討伐できたら認めてやるってそこのおっさんから聞いたぞ」


「馬鹿言うな!誰が7歳のガキ―――しかもお前は領主の息子だろ?そんな奴がウルフを狩って来るなんて誰が想像つくんだよ!」


「もしかして嘘なの?俺は領主の息子だから嘘は捕まるよおっさん」


「ちょっちょ!ミナちゃん(受付嬢)!頼むよ、この通りだから冒険証を発行してくれ!」


冒険証は冒険者の証明書であり、国境を越えたり依頼をこなす為に必要な物だったはず。

一体なぜ領主の御子息が…ん?


まてまて、本当にウルフを倒したのか?

流石にそれはないか、ウルフの皮は鉄の剣でもなかなか切る事ができない。

あの少年が引きずっているウルフはの様だ。

多分誰かに依頼して横取りしたのだろう。


そんな事より自分の事だ、農地を貸してくれる農家を紹介してもらう依頼をしなくては。


「ちょっとよろしいですか?僕はホウジヨ、王国魔導学院の卒業生です」


「ええ!?それってすごいエリートじゃないですか―――こほん、本日はどういったご要件ですか?」


「実は農地を貸してくれる農家を探していて」


「かしこまりました、では依頼を―――」


「土地なら貸せるぜ」


受付嬢との会話に割り込んできたのは先程の少年だった。


「ワキヤックだ、よろしく」


「よ、よろしくどうも…?」


握手はウルフの血がベチャッとして気持ち悪かった。


「なんで農地なんか探してんだにーちゃん?」


「えっとですね…まぁキミ話しても解らないと思いますが〈魔石農業〉というものがありましてね」


「魔石?っていうと魔獣の―――チエラァ!!」


すると少年はいきなりウルフの胴体をで一突き。

血がホカホカでべったりついた魔石を引き抜いた。


「「「いっ―――??」」」


それを目撃した周りは絶句。

もちろん僕もその一人…


「おい、素手だったぜ?」

「7歳じゃまだ【洗礼式】もねぇだろ?」

「じゃあ【スキル】も無しに?ウルフの皮って鉄みたいに硬いはずじゃあ…」


「オイにーちゃん?それより〈魔石農業〉ってやつを」


「それよりじゃないですよ!?なんでウルフを素手で倒せるんですか!?キミまだこんな幼いじゃないですか!?え!?」


「な、なんで逆ギレ気味?手刀の石突きを2年近くしてっからこの程度なら貫通するでしょ?それより〈魔石農業〉ってなんだよ!気になるじゃんよ!」


「(それより?)うーん?うん、まぁ、そうですね…〈魔石農業〉ってのは魔石を砕いたものを地面にまいて土と混ぜると、その魔力を吸い上げて作物が早く、そして美味しく育つというものです」


「すっご!ってか、魔力って…この世界には魔法とかあるのか?」


「ええ、そりゃああるでしょうよ?」


「マジか…前世は童貞30年、本当に魔法を使えるようになっちまうか…。そうだ!よかったらにーちゃんを俺のところで働かない?」


「へ?」


意味がわからなくてあっけらかんとした声を上げてしまった。

すぐ、我に戻ってこの訳が分からない少年―――ワキヤックが領主の御子息であることを思い出す。


「土地を貸していただければ、無料でも構いません」


「やる気搾取は絶対許さねぇ(前世の記憶)!!…とりあえずOKってことでいいか?―――よし、じゃあ受付のねーちゃん、悪いけどその依頼はキャンセルにしてくれ」


「あ、はい」


「あとこのにーちゃんにこのウルフの料金を渡しといてくれ!前金代わりだ。ガハハ!良い拾いもんができたぜ!」


肩で風を切る豪快な貫禄、これが若干7歳の少年の背中なのだろうか?


「じゃあ、時間ができたらいつでも屋敷に来てくれ。ワキヤックに呼ばれたってコレを見せてやれば通れるからよ」


そういってウルフの血が滲んだカマセー家紋の入ったハンカチを手渡してくれた。

ワキヤックはすぐきびすを返しギルドから去っていった。

その後ウルフの素材費金貨2枚(日本円で2万円、庶民の1ヶ月分の給料)を貰い上の空で僕は帰宅した。



翌日。

早速僕はワキヤック様の屋敷にお邪魔した。


「お、おっきい…緊張してきた」


王都ではこの様な建物が多かったが、カマセー領地ではこれほどの建物は他にないだろう。

門番の人たちは事前にワキヤック様に聞いていたらしくハンカチを見せる事もせずすんなり通してくれた。


「来たな!じゃあ早速農地予定の空き地に案内するぜ!」


ワキヤック様は馬車を用意してくださった。

馬車なんて滅多に乗ることができないのに簡単に乗れると、やはり貴族なんだなぁと納得させられた。

しかしなぜワキヤック様は馬車に乗らずに走っているのだろう?

しばらくして空き地らしい場所に案内された。


「申し訳ありませんが、僕は畑を耕す知識などは…」


そこは好き放題生い茂った荒地であった。

耕された土地を想定していたので僕は頭を抱える。


「そっちは俺に任せておけ!それよりにーちゃん…いや、先生は魔石と種の準備を頼む」


「へ?どうやって耕すのですか?」


「そりゃあ素手だよ。オラァ!」


荒地をモグラのようにガンガン素手で掘り進める。

ウルフを素手で仕留めるお方なのだからできないことも無いだろうが…驚きを越して呆れてしまう。


ワキヤック様が地面をクロールで泳いでる間に僕は僕で魔道具で魔石を砕いて、検証用の種子も準備する。

横目でワキヤック様を見ると、やはりというか両腕を魔力でコーティングしている。

魔力をコーティングすることによってあらゆる物質は強度を増す。

でなければ流石に7歳でウルフの鉄同様の強度を誇る表皮を貫通することはできないだろう。

魔法を知らなかったということは無意識に使っているのだろうか?それはそれで末恐ろしい。


1時間弱で見渡す限りの荒れ地が耕されていた。

流石に魔力が続かなかったのか、ワキヤック様の両手皮は剥がれ、青あざと血が滲み、痛々しいかぎりであった。

「あー手が痛てぇ!また強くなっちゃうやん♡」と両手をうっとり眺めながら呟いていたワキヤック様は見なかったことにして僕は〈魔石農業〉を実践する―――


効果は翌日に現れた。





「おーい先生!起きてるかぁ!?」


朝っぱらから何かと自室の窓から玄関の方を覗くと、元気なモヒカンの少年が玄関で声を上げていた。

日が出たばかりだと言うのに、ワキヤック様に気がついた僕は血相を変えて玄関に走る。


「おいホウジヨ?あれって男爵の御令息様だよな?」


「父さん、後で説明するから―――」


何事かと急いで出迎えると、


「先生!アンタすげぇよ!あの畑に芽が生えたんだ!」


「なんですって!?」


いくらなんでも早すぎィと思いつつ実際に先日の畑を見に行くと僕が到着した時には葉が生えていた。


「いや、すごいですね…」


王都の学院で研究していた時もこんなに育ちは早くなかったのだが…もしかするとワキヤック様の魔力コーティングの魔力が畑の土に混じったのとか?

とんでもないお方と知り合ってしまったと僕はこれからについて不覚にも期待に胸を弾ませてしまった。

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