その5 「友達と一緒」
朝の冷えた浜辺でシャトルランを行い、俺が応援したのもあってか96という好記録を残したアキラさん。
「応援してくれて、ありがと。」
身長差もあって上目遣いしながら、胸元でそうささやく。朝日に照らされた金髪ショートヘアのその横顔が余裕ある美しさを魅せてきたのもあり、思わず照れてしまったみたいだ。
その時、アキラさんは
「もしかして、あたしに惚れちゃったの?」
先程のシャトルランで息が上がっているものの、まったく照れたり恥ずかしがっていたりする様子はなく、いつも通りの上機嫌な感じだった。
面白おかしくからかうようなノリだったのだ。
しかしながら、俺はただの楽しい時間ではなく、「恋愛」としての楽しい時間を過ごしたかったのだ。
アキラさんの方が年上なのかもしれないが、自分も年下としてからかわれないよう、流れを変えていかなければと、そこで心に決めたのだった。
こんなこと、髪を金髪に染めし高校時代にもあった。性格や話し方まではチャラ男になり切れていないあの時は、自分と同じくらいの背丈だった、黒髪の先輩を好きになった。学年が別であるために授業で一緒になることはない分、お昼休みは自由にどの教室でも昼食をとって良いのを活かし、あの時はまずお昼を共にしてみることにしたのだ。
出会いの季節ともいわれる春。彼女の友達が席を外したところを見計らい、おどおどしつつ初めて交わした会話は
「あの、先輩のことを、どっ、かで見かけた気が、するんですけど」
もちろん、本当はそんなことは無い。かといって、自分から思いついた絡み方という訳でもない。何を隠そう、高校時代から通い始めたバイク屋のオヤジによる入れ知恵である。思ってみれば、バイクに興味が湧いたのもこの頃だった。
「え、そう? ……確かに会ったことがあったような?」
「じゃあ、そのちょっと、お昼をご一緒させてもらいつつ、どこで会った気がするか、話したりとか、よろしいですか?」
「まあ、うん。 いいけど」
少々困惑しつつも笑顔は絶やさない先輩に対し、小学校の頃、町の夏祭りで見かけた、という体で話してみたが、
「やっぱり私は、覚えてないかなぁ。 ごめんね、本当に会ってたかもしれないのに。 にしても、その夏祭りまた行ってみたいなぁ」
「じゃあ俺で良ければその、行きます?」
その時、無情にも時計は授業開始5分前を差していた。
「もう行かないと。 あの、祭りの話についてはまた明日って感じでいいですか?」
「また明日のお昼休み中に来るってこと? 別に私は大丈夫だよ」
あれ以来、フレンドリーな先輩のところへ毎日お邪魔した。それも今度は先輩の友達がいるときでも。
ひざ元に弁当を載せ、祭りの予定のこと以外にも、先輩とは親しくなるにつれて色々なことを話した。学業のこと、先生や部活の愚痴、さらには恋愛のことまで。
「ちょっと先輩。その恋愛で相談したいんすけど、いいすか?」
「恋愛かぁ。 ってそれ女子に聞くことかなぁ? まあ、いいけど」
「どうすれば、『ただの人助け』な良い人から脱却できるんでしょうか?」
すると先輩は目を細め、笑いをこらえるような形で上がっている口角を妙に歪めた。
「もしかして好きな子、いるの?」
「あの、はい。 そうです……」
その時の先輩は図星を突いてきたのだった。
「そうだね、そのことは普段どんなふうに関わっているの?」
「いつも他愛のないことや愚痴を一緒に話したりしてます」
「それって二人きりで?」
あらぬ方向へどんどん上がってゆく、先輩の口角。
「いや、たまに相手の友達とかもいるんですが……」
「ああ。 もしかしてそれが原因じゃないの?」
先輩の口角がどこまでも登っていたところ、解除して一気に普段通りの笑顔に戻った。
「え?」
「だって、他の友達と一緒に居る状態で話しちゃったら、恋人ってよりかは友達っぽく見えちゃうよ?」
「そういうことだったのか……」
そして現在。もし「友達」に当たる人物がいるというなら、それは一体誰なのだろうか。今この熱海の浜辺にいるのは自分とアキラさんだけであるために、変な違和感が残る。
「やっぱその感じ、君惚れちゃったのか。 別にそういうつもりはなくて、友人のライブを見に来ただけなんだけどね。 あたしはただ、誰かと一緒に居たかっただけなんだけど、もし変な期待させちゃったのなら、ごめん」
アキラさんの友達の存在に気づいたとき、妙に納得できたのだった。
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