その6 「すべてがすべて、運任せじゃない」
アキラさんに年下扱いされず、何とか恋人として認めてもらい、「恋愛」としての楽しい時間を過ごすべく考えていたところ
「友人のライブを見に来ただけなんだけどね。 あたしはただ、誰かと一緒に居たかっただけなんだけど、もし変な期待させちゃったのなら、ごめん」
あくまでもアキラさんは友人のことでこの熱海に来たようだった。かつての高校時代、女子の先輩から
「相手の友達と共にいると、恋愛対象ではなく友だちっぽく見える」
とアドバイスをもらったことがあったが、今の状況はこれと近い気がしてならない。
浜辺にいるのは俺とアキラさんのみで友人はいないのだが、アキラさんの中では友達のライブを見るべく熱海に来たため、頭では友人のことで頭一杯で、俺を恋愛対象として見ることなんてさらさらなかったのだろう。ある意味アキラさんの頭の中では友人のことと目の前の俺のことが同居していた、といえる。
では友達のライブのことなんて忘れさせるくらい、楽しいことをするべきなのか。いや、決してそういう訳にはいかないだろう。
俺と楽しい時間を過ごした結果、人間関係を壊すだなんて絶対にできないのだ。楽しかったはずの時間も、友情を壊した最悪な思い出として残ってしまうじゃないか。
それならば、俺はこう切り出した。
「アキラさん。アキラさんの友達のライブ、もうちょっと聞かせてよ。ライブで何をするの?」
今できることは、年下として見られないよう、言葉遣いを変えてフランクに接することと、アキラさんが本来過ごしたかった方の楽しい時間を共に過ごさせてもらうことのみだ。
アキラさんは、うなじまでぎりぎり届くその金髪をたなびかせて含み笑いをすると
「彼女はライブで、歌を歌うの」
「歌を……ってアキラさんも歌手やってたって言ってたけど、もしかして友達とはライバルだった?」
「ええ。 けど、運はどうやら彼女に回ったみたいで」
ライブのことについて聞いた直後は嬉しそうだったのに、ライバル関係だったのかきいた途端、少し浮かない顔になり、視線も若干下へ沈んでしまった。
アキラさんとその友達との関係についてはもう触れない方がいい気もするが、
果たしてそれがアキラさんのためになるのだろうか。いや、ためにならないように思える。現に、何かモヤモヤが残っているように感じるのだ。もし自分がアキラさんの立場なら、素直には応援できず、恨むとまではいかなくても悔しいと感じるだろう。
友達やライバルとはいえ、こんなのはやるせないと気づけば、次にはこう言っていた。
「アキラさんはもう一回歌手をやろうって思わないの?」
「そうね。 やれること全部やったけど、何も縁がなかったし」
「やれることって?」
「そりゃ、好きだった演歌に、最近のポップスとかロックな洋楽とかいろんな曲をカバーして、ネットに投稿して、とにかく作詞作曲をしてくれる人の目に留まろうとしたのよ」
確かに彼女なりにやれることはやっていて、凄いと感じた。しかし、バイクと共にナンパをしている自分だからこそ、一つだけ足りないものを見つけた。
「分かったよアキラさん。 まだアキラさんがやっていなかったことが。」
「え?」
「ずばり、運任せにせず自分からもっとアピールしに行くことだよ。 作詞作曲してくれる人の目に留まりたいんだったら、ネット投稿とか運任せなことなんてせず、自分からそういう人たちに、それも生で会ってみようとするのも大切なんじゃないかな」
ナンパとは、自分から目を合わせて話しかけなければ始まらない。
それと同じ気がしたのだ。芸能界のことについてはあまり知らないが、大成したいのなら自分に気づいてくれる人を待つのではなく、怖くても勇気を振り絞って自分から話しかけないといけないのだろう。
「しかも、ライブに行くんでしょ? そしたら友人の曲を作った人とかに会えるチャンスだと思うよ! どうかな?」
するとアキラさん、今まで砂の足跡を見るだけだったのが、顔を上げ、こう言った。
「そうか。 確かにそれだ! 君、ありがとう!」
唐突に、俺の手を両手で握ってきた。
アキラさんは自分の行動に気づいたとき、なぜこんなことをしたのか驚いて思わずこけると、赤面して息を上げ始めたのだった。
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