その3 「きれいな金髪」
熱海に寒々しい潮風が吹き始めた頃。
宿の入り口で待っていたお姉さんは服装から見て取れる通り、自らの小さな体で走る気満々だったようだ。
しかし俺は相棒のバイクを押し、別の意味で走る気満々のライムグリーン革ジャンを羽織って合流した。
「あたしが言ってた走るって、マラソンとかの意味での走る、だったけど、君バイク乗りだったんだね」
「そうなんすよ! 革ジャンとの色合いもこだわったんすけど。 そうだ!
お姉さんも一緒に、俺のバイクの後ろ、乗っていきません? 誰かを後ろに乗せられるようにもう一人分プロテクターやヘルメット持ってるんすけど」
「ん……。 危なそうだけど……君の運転なら、乗ってみようかしら」
こうして、スポーツウェアの上からプロテクターを着けてもらった上に、用意したモスグリーンのジャンパーを羽織ってもらい、ヘルメットを被ってもらった。
「それじゃお姉さん、しっかりつかまってください!」
「オーケー! 砂浜までお願いね!」
後ろより、お姉さんが精いっぱいしがみつき、俺のお腹の前で左右の手を組んできた。大人っぽい雰囲気とは裏腹に、幼い緊張を彼女から感じる。
お姉さんを心配させないよう、けどバイクを楽しんでもらえるよう、安全運転を心掛けなければ。
アクセルひねり、まずは大人しい速度で住宅街を抜けていく。遅めに走っているからか、くねった坂道に合わせて連なる家々がよく見えた。屋根が茶色に紺色、黒色など色とりどりで表情が違い、生き物のような活気を思わせる。
人が住む建物の群れから出ると、今度は昨夜走った海沿いの道を走り始める。お姉さんが怖気づかないよう、ここでシフトチェンジし、だんだん速度を上げて風を強くしていった。
「どうすかお姉さん! これがバイクに乗ったときにしか感じられない『風』なんです!」
「気持ちいいわね! 君に乗せてもらわずに、電車や車に乗ってばっかりだったら一生分からなかったわ!」
お互い、走りに開放感を覚えていた。
昨日の夜、お姉さんとお風呂場で出会う前、宿に向かう途中で走ったときは夜空に監視されているようで気味が悪かったのに、日の出とともにお姉さんと走るとこうも道の印象が変わるのかと、不思議に思えた。
「ところで君、あたしの顔見て、八ツ代アキラ見たことあるの、思い出せた?」
「ん~やっぱ見たことなかったっすね」
嘘はいずれバレたりすると関係が崩れる原因にもなりえるだろうと考え、正直なところを話した。しかし、これだと後味が悪いので、後でこうもつけ足した。
「けど、八ツ代アキラってどんな人なのか気になります!」
「そっか……ありがと」
さざ波が囁くのに合わせ、相棒であるバイクのエンジンも声を小さくさせていくと、タイヤを砂に受け止められて停車した。
遂にお姉さん、否、八ツ代アキラが走りたいという砂浜に着いたのだった。お互いバイクから降りると、アキラさんはヘルメットをハンドルにかけ、おもむろにプロテクターを脱ぎ始めた。その動きと言ったらとてもなめらかで、人生でこんな人に会ったことが無いからか、思わず心臓が多くの血を送り始めた。
そして太陽に照らされるアキラさんのショートヘアの金髪は
「きれいだ……」
「え?」
「あ! いや、何でもないです!」
ビクついてしまい、思わず自分の金髪が乱れてしまう。
「よし、走る準備できた」
アキラさんはその手に握ったスマホを操作すると。電子ピアノの音が流れてきた。
ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド
それは、聞き覚えがあるを通り越して、学生時代の体育でトラウマになったあの曲の音源だった。
朝の砂浜であろうことか、アキラさんはシャトルランをし始めたのだった。
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