その7 「横須賀の船に乗ろう」

「ねえ、お姉さんが今まで作っていたデザイン、見てもいい?」


 フードコートの、海が見えるカウンター席にて。

 デザイナーを目指すお姉さんは、専門学校で周りと比べてしまい、自分のデザインに悩んでいるようだった。


「じゃあ、スマホの写真でなら見せられますけど。」


 そういうとお姉さんはスマホで、机に整理された54枚のカードの画像を見せた。ほとんどのカードに♣や♠など、何かしらのトランプのマークが入っていた。

 ならば普通のトランプかというと、そうではない。画像を拡大し、一枚一枚確認すると、縦書きに筆字で「♦陸」や「♥壱」、「♠王」、「芸人」などと書かれていたのだ。


「もしかして、トランプ?」


「はい。授業の一環で制作したものです。こんな変なデザインなのに、よくわかりましたね。」


「いや変だなんて。ダイヤとかハートのマークがあるからさ。」


 字のみらずマークも含めて、荒々しい筆脈で描かれたデザインだった。


「読みにくい、ですか?」


「読みにくい? 俺は気にならないかな。筆の感じが和風っぽくて力強い印象だし。それにキングを『王』とか、ジョーカーを『芸人』って書いているのも、かなりイカすね。」


「そうですか……そう言ってくれて、嬉しいです。」


 そういうと、自身のスカジャンの袖で目元をぬぐい始めた。もしかして、気づいてほしくなかったところを指摘してしまったのだろうか。とにかく、ポケットのライムグリーンのハンカチを手に、そっとお姉さんの前に差し出してみる。


「あ、ありがとうございます。」


「もしかして、何か言っちゃった……?」


「いえ、そういう訳じゃなくて。妙に尖ってしまったデザインを褒めてくれたのが、素直に嬉しかったんです。学校の先生に見せたら『識字できる人が日本人に限定された漢字を、わざわざ使う理由があるのか』って問われたときもあって。周りにも同じようなこと言われて。」


 お姉さんのこのデザインは、周りから批判されてばかりだったようだ。


「かっこいいよ、このトランプ。どこかで買えたりするの?」


「いえ、非売品です。」


「そっかぁ。買ってみたかったなぁ。そうだ、このトランプの背景を、目の前の海にしてみるのはどうよ。」


 潤み煌く目をハンカチで擦るお姉さんは、とっても嬉しそうだった。


 その後、お姉さんはカウンターから見える海をスマホでいっぱい撮影した。彼女の振り切れた笑顔を見つつ、プレートから口に運んだカレーとバーガーは、さわやかな味がした。


 お互い撮影や食事が終わると、近くのクレープ屋さんで別腹のスイーツを堪能した。その次は階を上ってガチャガチャゾーンへ行き、いろんなキャラクターなどのガチャガチャを回し、お目当てが出ればウッキウキ、ハズレがでてもキャッキャ。一旦一回に戻り、ペットショップの子犬や子猫で癒された。


 そうこうしているうちに、あの時刻になった。


 昼食前に買ったチケットの、船に乗る時間だ。船は、ショッピングモールを出たすぐのターミナルから横須賀の軍港を回りめぐって行く感じのコース。出会った時に横須賀の海を堪能していない旨を言っていたお姉さんにとって、まさにうってつけな観光だろう。そして、日の入りの時刻とも合うはず。綺麗な光景を一緒に見られること、間違いナシだろう。


 さて、ショッピングモールの外に出た。桟橋より、ゆりかごみたく揺れる船に乗船する。そして、船に二人分の長椅子が並んだ中、天井なく、潮風を直に感じられる二階席に座る。

 ここから見える太陽は、いびつな形をした雲の間より、けたたましく光っていた。見つめていると、この形をどこかで見たことがあるような気がしてきた。


「見て、あの太陽。お姉さんのトランプの、筆で描かれたハートみたいだ。」


「ほんとですね。めっちゃ綺麗。」


 お姉さんはスマホを取り出して撮影すると、白い息吐いて感嘆していた。


 腕のCASIOは4を差す。


 船は桟橋から離れ、ふわり揺れて出港したのだった。


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