その6 「横須賀の中心であーんを叫ぶ」
海を望めるこのカウンターで、横須賀グルメを堪能する人物が二人。
「なあ、お姉さんにあーん、やってみていい?」
「え、い、いいですけど。」
「海軍カレー行きまーす! あーん」
スパイス香ばしいカレーを載せたスプーンで、あーんする金髪の俺。革ジャンのライムグリーンがフードコートで目立っている気がする。
左手でそっと前髪を上げながら、パクっとほおばる、デザイナー志望な黒髪ポニーテールの女。青スカジャンにジーンズが厳つい。
「あの、そのプレートの、チェリーチーズケーキも気になります。」
「じゃあこれも味見する?」
「はい。」
子供はあまり慣れていないという彼女。さっき、迷子の子供を助けた現場に居合わせたことでヘトヘトだったが、今では見違えるほど元気だ。その透き通った笑顔が、服装のワイルドさと相まって、愛おしさを覚える。
「ん~甘い!おいしい!」
彼女のほおばる表情を見つめつつ、横須賀三大グルメプレートのうちのネイビーバーガーに噛り付く。
ガブッジャキッ
肉汁溢れ、大きなレタスや輪切りトマトの新鮮さが弾ける。
それをまとめあげるバンズの、ふんわりとした感触と温かさ。絶品である。
「めっちゃワイルドな食べ方ですね。」
「ん? どうすかこの、食べるデザイン!」
「あ、いや何でもデザインできるわけじゃないです。」
力が入りすぎていない、優しいツッコミが返ってきた。胸がフッと軽くなるようで、癒された。
食べているとあることに気づいた。この視界の中は青が多いのだ。
お姉さんの身なりに、このカウンター席の窓から見える海。海軍カレー、はさすがにカレーらしく茶色いが、「海軍」というイメージカラーが青そうな組織の食事。
青色にはリラックス効果があると聞くが、本当にそんな気がする。
お姉さんとお昼を共にするこの瞬間、全身がゆるゆるな感じだから。
「どうしたんですか?」
「あ、いや。とっても癒されるなぁって。ほら、青にはリラックス効果があるって聞くし。お姉さんと一緒に居ると、ほわほわして、落ち着くし。」
「ほわほわ、ですか。そう言われたのは初めてです。」
カウンターに俯いて、ハツラツとは違った感じで嬉しそうなお姉さん。なにか思うことや悩みがあるのだろうか。両手でつかんでいた食べかけのネイビーバーガーをプレートに置き、お姉さんの目をしっかり見る。
「……俺でよければ、話、聞くよ。」
「話?」
誠実さを魅せるべく、ゆっくり頷いた。
「お姉さんがモヤモヤしていることとか、聞くよ。」
そう言うと、お姉さんは語り始めた。
「いつも思っちゃうんです。周りはすごいのに、自分はなぁ……って。」
「ほかの人と比べちゃったり?」
「はい。元々いろんなものをデザインしたくて専門学校には行ったんですけど、自分のデザインはいつも、どこか不格好な気がして。」
重く、張り詰めた表情に変わっていたお姉さん。お姉さんに共感していることを示し、助けになりたくて、こう言った。
「なんだか、分かるような気がする。」
「ほんとですか?」
「うん。俺も同じようなこと思って、それでこんな格好するようになったしな。」
なぜおれはこんなにチャラ男なのか。そしてバイクに跨ってナンパを始めたのか。理由の一つには「ただのいい人として見られたくない」というのがあったから。
まだ金髪に染めず、真面目だった中学、そして金髪に染め始めた高校時代。なんとか異性と関わり、恋人関係になりたくて、女子との接点を多くしようとした。やっとのことでまずは友達になれたとしても、元来の人助けのタチによって出会い、つるんだ仲だったからか、告白で恋人に至ることはなかった。
何回も何回も、数少ない機会の中で新たに出会っても、やっぱり至らず。周りはどんどんカップルとしていい感じになっていったのが、当時の俺を余計に焦らせた。
いつも「恋人」ではなく「ただの良い人」で終わっていた自分を惨めに思う日々が、そこにあったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます