その5 「迷子の少年を助けよう」

「なあぼく、はぐれちゃったの?」


 俺が声をかけたのは、迷子の少年。ショッピングモールの廊下中に泣き声をこだまさせていた。


 いい感じになった青スカジャンのお姉さんと、ショッピングモールのチケットカウンターにて軍港クルージング船のチケットを買った。その後、隣のお土産コーナーに入ろうとしたその時、少年が泣き叫びはじめたのだ。まだ二歳くらいなのだろう。嗚咽をはさみつつ、ゆっくり答える。


「う、ん。」


 一方でお姉さん。少し面倒くさそうに辺りを見ていた。


「その子、迷子センターに連れていくんですか?」


「いやだ!まいごじゃ、ない!」


 少年のプライドに触れてしまったのだろう。店舗挟まれた廊下中で反響する。


「よしよし、まいごじゃないんだね。いったん、おちつこうね。」


 これ以上は周りの迷惑になるので、すかさず宥める。


「本当にどうするんですか?」


 お姉さんは少し目を細め、口角下げていた。お姉さんは子供が苦手なのだとするならば、この少年の問題を早く解決しなければ。


「そうだな……ぼく、さいごに おやと いたところって どこ?」


「おやと、いたところ?」


「うん。どんなものが うってたりした?」


「ふく。」


 どうやらこの子は、服屋さんで保護者と一緒にいたところ、わけあってはぐれてしまったようだ。

 そしてこの階の、近くにある服屋さんはただ一つ。


 少年と出会う前、お姉さんに対して「お土産コーナーに行こう」と提案した際に他に行く候補として迷ったお店。スカジャンをメインで売る店だ。


「お姉さん、他に買いたいスカジャンってある?」


「え?」


 俺は涙で潤んだ少年の小さく、やわらかい手を引き、お姉さんと共にスカジャンのお店へ連れて行った。


「ぼく、ここかな? おかあさん みつけた?」


「うん! ありがとう! おじさん!」


「え? おじさんじゃなくて、おにいさんな!」


 少年の髪をかき乱すようにして頭を撫でると、少年は店先に立つ母親らしき人物の懐に飛び込んだ。母親はこちらに深々とお辞儀し、少年と共に次の店舗へ向かって行った。


「ごめんねお姉さん。もしかして子供は慣れてなかったりしてた?」


「うん。あんまり慣れてないです。」


「そっかぁ。マジごめん。」


 見た目通りのライムグリーン革ジャンを羽織ったチャラ男として、軽く謝る。


「そんな謝るほどじゃないんですけど。」


 気が抜けて疲れつつ、無理に笑顔を作っている感じ。お姉さんにとって、子供と触れ合うのは本当に難しいことだったようだ。


「あの……ほっとけば他の人が助けるだろうとはわかってたけど、どうしてもほっとけないタチなんだよ。でも、疲れさせちゃったのなら、ごめん。」


「だからそんな……お母さんも、男の子も、嬉しそうなところ見れたから、いいです。迷子センターに連れてったら、あの光景は見れなかっただろうし。」



 ぐるるる……



 お姉さんのお腹が鳴ってしまった。確かにあんな苦労があれば、食欲が沸いたり疲れたりしてしまうのも無理はないだろう


「お姉さん。ちょっと早いけど、お昼にしない? 実は俺も、そろそろ食べたかったからさ。」


「じゃあ、お昼にしましょう。」


 そこで、今いる階のフードコートのような場所へ向かった。チケットを買った場所の反対側に位置しており、かなり遠かったものの遂に着いた。


 ここが、かの海軍カレーに横須賀のネイビーバーガーなどを、しかも海を眺めながら食べることができる場所である。


「どうよ。デザイナー目指してて、横須賀の海を見逃してたお姉さんにとって、海が見えるここは最高のリフレッシュになると思ったんだけどさ。」


「たしかに。綺麗に一望できますね。」


 お互いの二席分にハンカチを置いたところで、ジュワジュワおいしそうな音がする注文カウンターへ行く。


 お姉さんは厳つい服装にピッタリな海上自衛隊カレーを、俺は欲張って横須賀三大グルメを載せたプレートを注文し、料理を受け取った。

 出来立てほやほやな二つのお皿をカウンター席に置いたところで、


「「いただきます。」」


 お姉さんのカレーの食べっぷりは快活で、とても元気がもらえた。俺も、プレートのカレーを一口。


 人助けとはいえ、良いことした後の食事はやっぱり美味しい。

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