その4 「恥ずかしい青スカジャンと緑革ジャン」
俺が紙ノートにキレイにまとめた、このショッピングモールの観光スポットをお姉さんと読んでからというものの、ショッピングモールの入り口でお互い紅く固まってしまった。
この感じなら、恋愛対象ではなくただの良い人で終わってしまう「ただの人助け」ではなく、恋愛対象の「恋人」として見られること間違いなさそうだ。と言っても「照れ」とみられる感情のせいで熱すぎる。心臓もドックンドックン鼓動を唸らせる。
「……お姉さん、そういえば、熱くない?」
「うん、ちょっと熱い、かも。」
「熱冷ましに、クルージングの、チケットを、一緒に、その、買いに、行かない?」
「そう、ですね。一旦、船に乗りましょう。」
お互い片言な会話になってしまったうえに、目を合わせようにも体から出る熱に耐えきれず、顔を見れなくなってしまった。
それでも何とか一緒にエレベーターを使い、二階にあるクルージングのチケットを販売する窓口に着いた。
壁の上の方に備え付けられた画面には、当日券の空き具合が表示されていた。まだ券は買えるようだ。
赤い革張りで、高級感あふれる白い光が足元から漏れるチケットカウンター。床には、木目調のこげ茶色のフローリングが敷かれ、船の甲板を思わせる。
シックな雰囲気のこの窓口にて、互いの静かな熱気だけが一層籠っていった。
もじもじしながら二人で、半袖ワイシャツを着たカウンタースタッフの前へ向かう。
「何名様ですか」
「「ふたりです」」
もう一人の声の出どころを振り向くと、ピッタリに目と目が合う。よし、 二人の様子にほっこりしているスタッフさんが見るのもあり、見られることに耐えられなくなってきた。
「ご乗船になるのは……?」
「「16:00のです。」」
一度ならず、二度まで。スタッフさんが何か吹き出しそうな口をしていた。
つまるところ、ちゃんとした「恋人」になるとは「照れ」と共に「恥ずかしさ」も感じることになるのだろうか。
結局、16:00に出港するチケットを二人で買った。
ところで、カウンターの隣にはお土産コーナーがあった。先にお土産を選び、気分を落ち着かせるのもありだろう。
提案してみるべく、お姉さんの横顔を見るが……。先ほどから続く紅潮した顔が、青スカジャンとジーンズのファッション、クールな切れ長の目によってギャップを生んでおり、心を奪われそうになってしまう。
それでもしっかりしなくては。自分から提案して、楽しい時間を共に過ごしてこそのナンパであることをもう少しで忘れるところだった。
「じゃあ、チケットも買ったし、お土産コーナーに行かない?」
「実は、お土産は昨日、買ったので。」
「え?」
お姉さんはそう言うものの、この階でほかに横須賀を楽しめるお店は、とある飲食店とスカジャンをメインで売る店ぐらい。お姉さんはもうスカジャンを着ているうえ、まだ食事には早すぎる時間帯なので、こう返す。
「でも、ここだけにしかないお土産もありそうだし、見るだけ見てみない?」
「それも確かに。」
ということで、お土産コーナーの入り口に入ろうとしたその時。
「うぇぇぇん!」
泣き叫ぶ声が聞こえてきた。子供が発しているのだろうか。階の廊下中を甲高く響かせる。
「なんだろう。ちょっと様子見に行こ?」
「え?」
「困ってる人がいると、ほっとけないタチだからさ。」
お姉さんと楽しい時間を過ごしたいのに、その周りに泣きわめく人や、悲しい人、怒った人がいるのは空気が悪くて嫌なのだ。泣いたり怒ったりしているくらいなら、喜ばせてあげたいと思ってしまうのが、抗えないタチというものだ。
お姉さんが申し訳ないが、半ば強引にお土産コーナーから廊下に出る。
うずくまって喚く、迷子の少年がそこに居た。
そんな様子を見るとなおさら、ほっとけなかった。
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