その3 「バイク一台入店でーす!」
和気あいあいとしながらショッピングモールに入った俺と、お姉さんと、駐輪場にとめるべきであった俺のバイク。
ショッピングモール内にバイクを持ち込むという場違いな光景に、あるグループはぎょっとして、またあるグループは少しこちらを見るとすぐさまウィンドウショッピングに戻って、ある家族連れの子供は指さして、通り過ぎてゆく。
「もうどうしよ! バイクを駐輪場に入れ忘れちゃった!」
「忘れますかね、そんなこと。」
相も変わらずにクスクス笑いつつ、またツッコんでくれたお姉さん。
「ごめんセンス姉さん! ちょっと駐輪場に寄ってもいい?」
「センス姉さん? 私のこと?」
「うん。バイク駐輪でもセンス貸してほしい! この通り!」
「ちょっ、バイク駐輪にセンスも何もないでしょ! あと、そんなお辞儀しないで頭あげなよ。」
なんていう掛け合いがあった後、俺とお姉さんは一旦ショッピングモールを出て、波音立つデッキを再び通りながら駐輪場へ向かった。
先程はうっかりしたところを見せてしまったが、とにかく切り替えるべく、背筋を伸ばし、胸を張るようにして歩く。
変な光景をお見せしてしまった後に、自分の話をするのはこの状況だと悪印象な気がするので、お姉さん自身について聞いてみようか。とはいえ、お姉さんが通う専門学校の詳細など、より深い個人情報を聞き出すのもよくないし、ふわっとしすぎていてもつまらない。
こういう時は、お姉さんから感じた印象を言い、話を聞くのが一番だ。先ほど自分が感じた第一印象というのは、「観光客っぽい」。一呼吸置くと、話を切り出した。
「そういえばお姉さん、もしかして横須賀には観光で?」
「はい。元々ここに来たかったので。」
「そっかあ。来たかったのはやっぱ、そのスカジャンがかっこいいから?」
「それもあるんですけど、リフレッシュっていうのもあって。」
横須賀に来たのはそういうことだったのか。
「へえ。まあでも、横須賀は都会の中に、この海のにおいとか、さざ波の音とかの自然もあるしなぁ。芸術系なお姉さんにとっては創作するうえで確かにいいリフレッシュ場所だと思うよ。」
「海のにおいに、さざ波の音かあ。確かに言われてみれば。せっかく横須賀に来たのに、何処の建物に行きたいのかばかり考えちゃって。今までそれらには気づきませんでした。」
「マジ? 横須賀の象徴ともいえるこの海を!? 見逃すなんてもったいねえよお姉さん!」
やがて駐輪場に着き、備え付けのチェーンを俺のバイクに括り付けた。
「どうかなお姉さん? このチェーンのたゆみ具合とかさ? 良いデザインかな?」
「たゆみ具合にデザイン求めるんですか? あ、でもちょっと」
「お! アドバイス?!」
「チェーンがこう掛かっていたら、ホイールだけじゃなくて車体の方まで擦れるじゃないですか。」
「んー現実的ッ!」
あの大ボケをかましてから、今度は俺がツッコんでいるような気がするものの、バイクに掛かった黒リュックサックを背負うと、お姉さんと共に改めてショッピングモールに戻る。
「ねえお姉さん。ここのショッピングモールって、横須賀の海軍カレーとかの横須賀グルメに、ペットショップや猫カフェがあるって。あと、横須賀の軍港を観光できるクルージングの当日券もここで買えて、実際に船に乗れるってよ。」
「そうなんですか。ってその紙のノートって何?」
「え? ああ、事前に調査したことをまとめたノートだよ。一緒に見る?」
俺が黒のリュックサックから取り出し、開いていたそのノートは、できるだけ少ない文字に円や図などで、このショッピングモールの情報をまとめていた。おまけにノート上部にはパステル調の付箋が、それもすべて同じ長さで向きを揃えてはみ出していた。
「へえ、見やすい。最初チャラ男っぽいうえに、天然かなって思ったけど、意外と下調べしてるし、付箋もきれいに貼っているしで、几帳面なところもあるんですね。」
「だって、スマホ使ってあたふたして、不安な思いなんてさせたくないから。」
「そっかぁ……ありがとう。」
その言葉に、心がドキッとし、耳が熱くなってきた。
お姉さんの方も、何か熱い。気になって見てみると、頬が先程より赤らんでいた。青い服装との対比で、余計に強調されている。 そんな頬に挟まれた口からは、微笑みをこぼしていた。
冷静な印象の切れ長の目、スカジャンにジーンズという厳つい身なりに対してこの様子なのは、 ギャップがありすぎた。
何というか、魅力的だ。
なぜだろうか、耳のみならず、今度は額も熱くなってきた。
お互いに赤くなっているこの状態を「照れ」というのなら、今、着実に「ただの人助け」から「恋人」になっていると言える。
このショッピングモールで、「恋人」としてお姉さんと楽しい時間を共に過ごせそうだ。
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