その2 「お姉さんはツッコミ」
海を望むことができ、ショッピングモールへ続くデッキの歩道にて。
横須賀と書かれた紺シャツと青スカジャン、ジーンズで厳つく身を包む、切れ長な目のお姉さんに話しかけることができた俺。
しかし「ショッピングモールへの道がこれで合っているのか聞かれる」という形でお姉さんに頼られてしまったことで、ナンパではなく、人助けで終わってしまうリスクが出てきた。非常にまずい。
とはいえ、返事しないのも良くないので、聞いてきたお姉さんに対し、言葉を返してしまう。
「え、あ、そう、っすけど。」
押しているバイクと共にひざが左右に揺れていたのもあり、ナヨナヨした声になってしまった。これでは全く格好がつかない。
そうだ、そういえばお姉さんは先程、芸術系の専門学校に通っていることを言っていた。片言になりながらも、その筋で話を聞いてみることにする。
「ところで、お姉さん。さっき、芸術系の専門学校に行っているって、聞いたけど?」
「あ、はい。そうです。」
「どうっすかね。今押しているこのバイクの、黒とライムグリーンに、俺が着ているライムグリーン革ジャンとの、色合いみたいなのは。」
言った後で気づいてしまった。これは反応しにくい質問なのであることに。
「どうって言われても……。そうですね、良いセンスしてると思いますよ。黒とライムグリーンの、色の統一感みたいなのが合って。」
よかった。しっかり返してくれた。さすがセンスがありそうなお姉さんだ。
ナンパにおいて、大事なのは相手を褒めること。いま、お姉さんを褒めるなら……
「おっ!? センス、めっちゃ良い先生に、お褒めの言葉頂きました! ありがとうございます、センス先生!」
「いやセンス先生て。」
そよそよした声色で、なんとツッコんでくれた。ならばこの勢いで、今日という楽しい時間を共にし、恋人っぽくなるため、続けてお姉さんを褒めることにした。
「いやいや、センス先生。もといお姉さん。芸術系の専門学校に通えるだなんて、芸術の才能があるってことじゃないですか! 高校時代、美術部だった身としてはマジ羨ましいっすよ。」
「あらそんな、とんでもない。」
今のこの調子を続ければ、大丈夫そうだった。
「ちなみにそういう専門学校って、やっぱり油絵をひたすら描いたりとかするんですか?」
「いえ、絵を描くんじゃなくて、どちらかというとデザイン系です。」
「デザインかぁ。面白そう! じゃあ俺が今押してるような、このバイクの模様とかも、デザインしたり?」
しまった。自分の趣味を押し付けすぎてしまったかもしれないが、果たして。
「卒業後の就職先によっては、デザインするかもしれませんね。」
「ならいつか、このバイクのデザインを頼んでみたいなぁ。魔法陣や聖剣、あと悪魔の翼なんかも描いてもらってさ。」
「それだと中二病なバイクになるじゃないですか。」
彼女のクスクスしながらの優しいツッコミは、スベる恐怖を覚悟した心をふんわり包んでくれる。これが恋人同士の感情でいうところの「安心感」なのだろうか。
他愛のない冗談でクスクスできる仲になった俺たちは、会話に夢中になってしまい、いつの間にか自動ドアをくぐり抜けてショッピングモールに入っていた。透き通ったガラスで、建物の中は光り輝いている。
「ところで、その……」
いきなり俺を変な目で見始めたお姉さん。特に下半身の方を。 まさかズボンのチャックが空いているのか。
「その、とめないんですか?」
「ん? 何を?」
視線を社会のチャックに向けているのか、とてもモジモジしている。 絶対チャックのことだ。とはいえお姉さんと会う前にトイレ行った時は、ちゃんと閉めたはずだ。これはもしや、社会のチャックじゃないのか。
「いや、ショッピングモールの中に入っちゃってるのに、どこか、とめないのかなって」
「えぇ? だから何をとめるのさ?」
「その、今押してる……」
「今押してる?」
「……バイクを。」
「え? あぁ! そうじゃんやっべ!」
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