ナンパ☆ライダー ~チャラ男バイク乗りの恋愛は一期一会~
チャカノリ
第一話 横須賀のナンパ
その1 「ただの人助け?」
寒さかじかむ中、海をバックにして俺が寄っかかるこれは相棒のバイク。
ボディは、前かがみに腰を曲げて乗るタイプで、スポーティー。
車体の曲線に合わせて黒の上からライムグリーンがまとわりつき、アクセントに白い直線が入っている。
ヘッドライトは、鋭く見開いて前を見つめていた。
イカしたこいつは、バイクメーカーのKawasakiが2013年に発売した「Ninja 250 Special Edition」。ところが、難点が一つある。
それはこいつのサイドミラーがあるまじきことに、後ろを見ることができないこと。どう調整しても、ハンドル握る手首と、それに巻き付いたCASIOを映してしまうのだ。今も、01を差した短針が映る。
空一杯に広がる秋晴れは、このデッキから見える海を凛々しく煌かせていた。今日はライムグリーンが混ざった自らの金髪と、羽織ったライムグリーンのジャケットが映えるだろう。
デッキの道が続いてゆく先のショッピングモールは、透き通ったガラスや真っ白な壁などで現代的にできており、こちらも朝日で輝いていた。
子連れに、老夫婦、アツいカップルなど、道を通ってそこへ向かってゆく人たちは碧いそよ風に吹かれつつ、皆嬉しそうだ。誰も彼も、二人組やグループである。
しかし人だかりの中、切れ長な目つきに、真っ黒なポニーテールが目を引く彼女だけ様子が違った。
独りぼっちなのはもちろんのこと、全体的に寒色系なファッションで、厳ついのだ。特に青スカジャン。背中に細かく龍が描かれている。ダメージジーンズともマッチしており、ワイルドな雰囲気である。声を掛けようか、辞めようかとうじうじしていたものの、やっぱり声をかけるべく、バイクのハンドルを握り、彼女の傍へ押してゆく。バイクのハンドルを握る手がいつの間にか震えはじめ、小刻みに右へ左へ、俺もバイクもぐらついてしまう。
それでも、どこかで躓かないように一歩、また一歩と、丁寧に踏みしめる。
なんとか左隣に着き、彼女の体格を実感した。175cmである自分の、ビスで装飾した肩にギリギリ届かないくらいの高さ。おおよそ一般的な背丈だ。
さあ声をかけようとしたその時、顔が冷えたのか、それとも力んでしまっているのか、口が思うように開かない。それに伴い、心臓がうるさく鳴り始める。肩も力が入り、狭まりながら上がってきた。声をかけても無視されたり、変に引かれたりするのがそんなに怖いのか、俺。
それでも何とか、首を右に回す。 俺と視線を合わせないようにしているのか、彼女は真っすぐ前を向き、すっきりとした口元が強張っていた。
彼女からすると、自分以上に目立ったナリである俺が近づいてしまったら、こんな反応になるのも無理はないのだろう。怖がっているのは俺だけじゃないのだ。
左手の広大な海原より、そよ風が吹いてくる。自分の体温が冷えすぎていたからか、妙に温かく感じた。流れてきたそれをめいっぱい鼻で吸い、彼女に当たらないよう風上の方へ向いて息を吐くと、顔の体温がだんだん戻るのが分かる。心臓も静かになり、力が入った肩もストンと降りた。しっかり彼女の様子を言葉にできるくらいには落ち着いてきたのだ。
彼女は今、怖がっているのにつられ、一緒に楽しい時間を共有したいのに、俺まで怖っては仕方ないじゃないか。
もう一度目を合わせるべく右を向き、言葉を詰まらせつつも口をこじ開けて話しかけた。
「や、やあお姉さん! その、ジーンズと、スカジャン、めっちゃイカしてるね! すっげえ強そうだよ!」
「そう、ですか。」
「ほんとよ! 背中のドラゴンが、マジ神ッ! って感じだし、ダメージの仕方も、シブいし! ガチかっこいい!」
とてもガチガチな話し方になってしまった。事前に調べたところ、ナンパでは冗談っぽく会話するのが大事であるのに。
「そう思いますか。」
「うん!……めっちゃ、良いセンス! していると思うよ!」
「めっちゃ、良いセンス……。」
ゆっくり言葉を繰り返した彼女、もといお姉さん。一瞬だけだが、彼女の口元が緩んだ、気がした。「センス」という言葉がよかったのだろうか。センスが大切なものと言うと、あれだろう。
「もしかしてお姉さん、芸術系、だったり?」
「は、はい。そういう専門学校に通っていまして。……って、その、興味ないですよね。」
「いやいや、芸術とか、めっちゃ気になるね。高校は美術部だったし? 現に、ほら。相棒のバイクと自分の革ジャンの色揃えてるし? 色の統一感っていうのに気を使ってるし! って、こんなにライムグリーンなバイク乗りじゃ『世界を緑に染め上げる、ライムライダーッ!』っぽいかな?」
自分自身が最後に言った「ライムライダー」の何を怖がったのか、だんだんと、再び上がり始めてしまう俺の肩。
と、その時。お姉さんはクスッとしてくれた。ささやかな声につられて緊張が抜け、たまらず一緒にクスクスしてしまう。どうやら楽しい雰囲気を醸し出せているみたいだ。緊張でぎこちなくても大丈夫なのだ。
すると、今度はお姉さんが話しかけてきた。
「あの、ショッピングモールに行くにはこの道で合っているのでしょうか?」
「え、あ、そう、っすけど。」
なるほど。先程怖がっていたのは、こんなファッションの自分に対してではなく、迷子になってしまうことに対して、だったのか。
ホッとした半面、このような形で頼られてしまったことで、とあるリスクが浮上してきた。
そのリスクとは「ただの人助け」で終わってしまうということ。
もし「ただの人助け」で終わってしまうと、ただの良い人とみなされ、恋愛対象にしてもらえない危険性があるのだ。
果たしてこの横須賀で今日は、「ただの人助け」ではなく、「恋愛」としてお姉さんと楽しい時間を共に過ごせるだろうか。
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