第34話 S級冒険者の集合



「固いのなら、壊してしまうだけよ」


 聞き覚えのある女性の声と共に、巨大な手甲を着けた三つ葉が現れる。三つ葉は竜の足元に近づき、強靭な鱗を殴った。


 その威力は、多智の剣の威力を超えていた。なにせ、竜の鱗を砕いたのだから。


「S級冒険者が総掛かりで、ボス戦に挑むことになるとは……。久しぶりすぎて、楽しいですね」


 遠くからクロスボウの矢が飛んできた。それはアリサが撃ったもので、龍の鼻面に命中する。


『すげえ……。S級冒険者がそろってる』

『こんなことって、普通はないぞ』

『アリサちゃん。モエ〜』


 視聴者の言うとおりだ。


 一人一人が強い冒険者が、そろって一体のボスに挑む。こんな光景は、どこのチャンネルだって見たことはない。


 あまりにも贅沢な光景だ。


 それと同時に、手に汗を握る光景である。


 S級冒険者が一同に介して戦っているというのは、それだけ敵が強いということだ。S級冒険者の一人一人が強いと分かっているからボスの強さも分かってしまう。


「助かった。僕と多智さんとでは、苦戦する相手だった」


 浅黄が安堵している間にも、三つ葉とアリサの猛攻は続いた。女二人の攻撃は、それぞれに大きな特徴がある。


「この世で一番恐ろしい拳。母の拳で、砕けないものなんてないわ!」


 三つ葉さんの拳は、竜の鱗を次々と砕いていく。そんな三つ葉をサポートするのは、アリサだった。正確無比なクロスボウの矢は、竜の顔面を狙う。


「後方支援を甘く見ているのは悪手ですよ。もっとも……」


 竜が、アリサがいる方向に向かう。その鋭い歯で、アリサに齧りつこうとしていた。


「私は、接近戦もイケる口ですが」


 アリサが抜いたのは、細すぎる刀身のレイピアである。そのレイピアは、クロスボウに似た精密さを持って竜の目を貫いた。


『女性軍団の攻撃がえげつねぇ〜』

『「力の三つ葉」と「精密のアリサ」だぞ!』

『S級冒険者。ここに集合って、感じの絵面だな!』


 視聴者たちは、どんどんと興奮しだした。


 俺はというと


「時間がもったいない!降ろすことは出来ないのでしっかりと掴まっていて!!」


 浅黄に、しっかりお姫様抱っこされていた。


 撮影はドローンもやってくれているから問題はないが、走り回る浅黄スピードに俺は目を回していた。しかも、浅黄は片手のみで俺を支えているのだ。


 俺は乙女のように、浅黄にしがみついていた。


 振り落とされたりしたら、絶対に怪我をする。なにせ、俺がいるのは天井のすれすれの高さ。それぐらいの高さを浅黄は跳び回っているのだ。今さらの話になるが、S級冒険者の運動能力は化け物じみている。


「浅黄、今だ!!」


 多智が、大声で浅黄に向かって叫ぶ。


 浅黄は、刀を握り直した。


 俺は、思わず息を吐く。とんでもないことが起ることが分かったのである。恐ろしいと同時に興奮で身体が熱くなる。


『やっちまえ!!』

『いっけー!』

『止めをさせ!!』


 浅黄の足が止まる。


 竜に向かって落ちていく浅黄は、俺を抱えながら刀を構えた。


 自分の腕力では、竜の鱗は砕けない。そのように判断した浅黄は、重力を味方につけた。小さな浅黄であっても、これで普段の何十倍もの力を得ることができる。


「いっけー!」


 浅黄の刃が、竜の首の鱗に触れる。


 そこで、刀は止まらずに竜の肉に到達した。


 竜の叫び声が聞こえた。俺は目をつぶってしまっていたから、何が起こっているのか分からない。気がついた時には浅黄は地面に着地していて、竜の首は見事に首を落とされてしまった。


 地面に着地した浅黄に影を落としたのは、動かなくなった竜の体だ。このままでは潰されるのに、浅黄は動かなかった。いいや、疲労により動けなかったのだ。


「うわぁぁぁ!!」


 火事場の馬鹿力を発揮した俺は、その場から浅黄を引きずって逃げた。どぉん、と地響きをたてて竜の巨体は倒れる。


 浅黄を抱きしめながら、俺は震える手でカメラを握っていた。


 勝ったのだ。


 ボスに勝ったのだ。


『すげぇ!すげぇもんを見た!!』

『ボスが強すぎだろ。S級冒険者を四人集めてやっと討伐できたんだぞ』

『これはダンジョンが封鎖されるわけだわ』

『ダンジョンに挑むの俺は辞めるわ。あんなの討伐できるかよ。A級冒険者をいくら集めても無理だ』


 視聴者が盛り上がるなかで、浅黄は俺の腕のなかでくたっとしていた。疲れきって、自分で歩くもできないらしい。


「幸さん……勝てたんだよね」


 頭がまわっていないらしい浅黄は、ぼんやりとしながらも俺に尋ねてきた。


「勝ったさ。大金星だ!」


 俺の言葉に、浅黄は儚い気配をまとわせて笑う。それは、勝利の笑みとは程遠いものであった。


「虹色さんは……他人を助けて死んだ。でも、僕は他人も自分も守れる冒険者になりたい」


 俺は、無意識にカメラを向けていた。この言葉こそ、浅黄が全冒険者に伝えたい言葉なのだろう。


「だから、誰も死なないで……」 



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