第35話 配信の終わり


 いつの間にか、ボスの姿は消えていた。ダンジョンに吸収されて、やがては次のボスになるのだろう。


 俺たちの体は淡く光って、ボスの部屋から自動的に追い出された。瞬き一つすれば、そこはダンジョンの裏口だ。


「大丈夫ですか!」


 S級冒険者たちの戦いを配信で見ていたのだろうギルド職員が、俺たちを出迎える。ついでに、救急隊と警官にも出迎えられた。


「また……お前らか」


 俺たちを出迎えてくれた警察の一人は、俺から薬のことなんかを個室で聞いてきた警察官だった。俺は、小さく手を振って「お疲れ様です……」と笑っていた。


 その態度が子供らしくなかったからか。警官は鼻を鳴らして、俺から視線を外した。お巡りさんは何時だって忙しいらしい。


 警官に付き添われて、救急車に運ばれて行ったのは倒れていた高橋だった。高橋には、身体能力の上げる違法な薬物を大量に飲んだ疑いがかけられているらしい。 


 それを警察がなぜ知ったのかと言うと、高橋に薬を売った売人が捕まったからだ。売人は高橋に薬を売ったことを告白し、高橋は治療後に逮捕されることになったということだ。


 後で聞いたことになるとは話だが、高橋はやはり薬を多量摂取したそうだ。


 死んでいてもおかしくはない量らしいが、高橋は自殺するような人間ではない。薬で身体能力を上げて、ボスと戦うつもりだったのだろう。だから、規定量より多くの薬を飲んだに違いない。


 虐めやカツアゲ。


 そういった罪以上に重い罪状なので、治療後の高橋は少年院に送られる事になる。いつまで入っているかは分からないが、俺が高校を卒業するよりは長くなるだろう。できれば、ああいう手合いとは二度と会いたくない。


 けれども、ダンジョンに関わる限りは、いつかは高橋のような人間には出会うのだろう。ダンジョンという場所は、危険と欲望が渦巻く場所であるからだ。


 今回の事件で、俺は高橋を可哀想だとは思わない。高橋にだって色々な理由があって、追い詰められてしまった理由もあるとは思う。


 S級冒険者というものを側で見て、彼らの輝きに目が眩んでしまったことも大いにあるだろう。

 

 それでも、普段のカツアゲや暴力と言ったことがあったのも事実である。というか、俺に至っては腹を蹴られたりしていた。


 俺に出来るのは、高橋が更生できるように祈ることぐらいである。


 S級冒険者たちから警察に引き渡す際に、浅黄は高橋に喋りかけた。


 薬を大量に摂取して意識が朦朧としている高橋には、浅黄の言葉は理解できないかもしれない。そのように救急隊に言われたが、浅黄は止めることはなかった。


「高橋さんって、言ったよね。君が危険な場所に行ったから、僕と多智さんたちは駆けつけた。今回のボスは本当に強くて、もしかしたら全滅するかもしれなかった。皆が死んでしまってもおかしくはなかった……」


 浅黄は、大きく息を吸った。


「僕たちS級冒険者たちは、君たちの救出のために命をかけるよ。でも、本当は仲間に命なんてかけてほしくはない。こんなの矛盾しているとは思うけれども……」


 人を助けたいという思いと仲間に危険なことをしてもらいたくないという思い。二つの矛盾を解決するには、至極簡単な方法がある。


「君は、君と僕たちのためにも命と身体を大事にして欲しい。それと同時に、君がいなくなったら悲しむ人のことを考えて」


 浅黄の言葉が、高橋に響いたのかは分からない。けれども、響けばいいなと思った。


 俺とS級冒険者たちには、大きな怪我はなかった。


 疲れ切った浅黄がふらふらしていたので、俺が背負うことになった。浅黄は見かけによらず重くって、全身が筋肉だという事実に再び俺はおののいてしまった。


 とっさに浅黄を引きずって倒れた竜から逃げた俺は、実はけっこうすごい事をやったのではないかと思った。


 なにせ、浅黄をおぶって十五分で足が震えだしたのだ。あのときは火事場の馬鹿力だったとはいえ、自分を讃えたい気分だった。


 あそこで、浅黄を避難させていなかったら大怪我を負っていたことであろ。


「さてーー。ここからは、大事なお知らせです」


 俺は、カメラの向こう側にいる視聴者に話しかける。俺に背負われていた浅黄が、S級冒険者として大事なことを視聴者に伝えた。


「ご覧になった通り、今のダンジョンは非常に危険です。今後は、どのような扱いにダンジョンがなるのかは分かりません。もしも、以前と同じように挑戦が許されるようになったら、十分な装備と冷静な判断力を持って潜ってください」


 これで、今日の配信は終わった。


 全てのカメラをオフにして、俺と浅黄はそろって息をついた。今日一の仕事は終わったというばかりに、俺は浅黄に呟いた。


「お疲れ様」



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