第30話 浅黄の保護者
確実に強くなっているモンスターたちを倒しながら、俺たちは第五階層を目指した。要救助者の姿がどこにもなくて、奥に進むしかなかったのである
「……浅黄の爺さんは、大昔からダンジョンに潜っていた手練れでな。孫にも色々と教え込んだんだよ」
浅黄には聞こえないような音量で、多智は俺に囁いた。
「でもな……。浅黄には才能がありすぎたんだ。おかげで、最年少でS級なんてものになった」
本人の才能と正しい指導。
そして、力を示せる場所。
それらが組み合わさって、今の浅黄は出来上がったらしい。
俊足のS級冒険者。
浅黄には、世界が欠伸をしていそうなほどにゆっくりと見えているのだろうか。
「本人は満足そうだが、俺と虹色は可哀そうでならなかったよ。中学生なんて子供の内から、生きるか死ぬかの世界にいるなんておかしいだろ」
子供でいて良い歳なのに、浅黄は周囲から冒険者と評価されていた。大人の世界の評価さらされる子供が、多智には可哀想に思えたらしい。
「でも、本人は今の生活に大変満足しているし……。人数が足りないのは明確な中で、俺たちは浅黄にS級冒険者を辞めろなんて言い出せなかったしな」
多智は、どこか遠い目をしていた。
虹色が在りし日のことを思い出しているようだ。
「虹色は、浅黄に中学生らしいことを経験させてやるのが自分の務めだって思ってた」
多智の言葉に「そういえば」と俺は呟く。浅黄が虹色との話をしたときに、印象的なエピソードがあった。
「浅黄が、虹色さんにアユを食べさせてもらったって言っていました」
アユと言えば、水のきれいな所でしか食べられない魚だ。
しかし、同時に山深い場所ならば観光客用にこしらえられた塩焼きを簡単に食べることが出来る。
それでも修行に明け暮れて家族との思い出が少ない浅黄には、そういうちょっとした記憶や経験が少ないだろう。
だからこそ、虹色はアユを山まで食べさせに行ったのだ。浅黄のささやかな記憶を増やす為に。
「その話には、傑作のオチがあってな。浅黄には『チョコレートの方が美味しい』と言われたらしい」
子供の遠慮のない言葉に、俺は思わず噴き出した。
チョコと魚を比べるものではないし、普通ならば比べようとも思わない。けれども、あえて比べてしまうところが浅黄らしいのかもしれない。
「……お前が、虹色の役割を引き継いでくれないか?」
多智は、静かに言った。
いつかは言われるようになるだろう、と思っていた言葉であった。
浅黄は、俺に懐いている。
虹色が亡くなったという傷を掘り返しても、浅黄は俺を許してくれた。いつのまにか浅黄にとって俺は『信頼の置ける人』なっていたのだ。
「高校生のお前に頼むには、荷が重いことは分かっている。けれども、放って置いたら浅黄の人生はダンジョンだけで終わるだろう」
ダンジョン以外に目を向けずに進むのは、たしかにある種の幸せではある。けれども、何も知らずに成長していくのとは少し違う。
S級冒険者という現在は、数ある未来の中から選び取ったものではない。流されるように漂流した先が、S級冒険者だったのだ。
多智は、それではいけないと思っている。
浅黄が選び取った未来がS級冒険者なら、多智だって浅黄を歓迎できる。けれども、流されるように選んだ未来ならばーーこの世には他にも生き方があると教えたいのだ。
「……まぁ、乗りかかった船ですし。泣かせた負い目もあるから」
何も知らない、最速の剣士。
俺は、そんな浅黄に外を教えてやる役割をたまわった。
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