第31話 同じ言葉
「ついに第五階層か……」
要救助者は見つからずに、そこに俺たちはたどり着いてしまった。俺はカメラの最終チェックをして、最後に撮影用のドローンを飛ばす
今まで遭遇したモンスターたちは、全て強化されていた。第五階層にいるボスも確実に強くなっているに間違いない。俺だけが、その事実に少しだけ恐怖していた。
一方で、S級冒険者である二人には恐怖の様子も 疲れた様子もない。S級冒険者は、本当に人間なのだろうか。
「浅黄、チョコレートはまだ持っているか?」
「……大切な予備のチョコですけど。特別にあげる」
第五階層に続く扉を前に、浅黄と多智はオヤツを食べるほどの余裕があった。決戦の前の栄養補給なのかもしれない。
「幸さんも食べるよね」
浅黄は俺が答える前に、チョコレートを握らせた。無論、自分の分はしっかりと確保してからだ。
「ボスがパワーアップしてるかもしれないって言うのに、なんか気楽だな」
これが、S級冒険者の余裕なのだろうか。そんなことを俺が考えていれば、「違うよ」と浅黄は返事を返す。
「緊張感もしているし、怖いとも思うよ。でも、それだけになってしまえば身体が強張って何時もの力が出せない」
浅黄は、にっこりと笑ってみせた。
刀や剣。
それ以外の武器だって、人が身体を使って操るものだ。少しでも身体が調子を崩せば、いつもの動きはできない。
「だから、チョコレートが必要なんだよ。緊張感をほぐすのは、好物が一番でしょう」
浅黄のチョコレートには、それなりの意味があるものらしい。
我を忘れずに、己のままでいるためのお守り。それこそが、浅黄のチョコレートなのだ。食べすぎて健康をそこねそうなお守りではあったが。
「さてと……じゃあ、開けるよ」
浅黄は、第五階層に続く扉を開ける。
俺は何度か体験した瞬間だが、第五階層独特のヒヤリとした空気には慣れない。ダンジョンの本性を知った今となっては、さらに恐ろしく思えるような場所になってしまった。
「冗談だろう……」
先を歩いていた多智はつぶやく。
俺たちの前には、巨大な竜がいた。
竜型のボスなど今まで発見された記録がない。ボス同士が共食いをしたせいなのだろうか。ボスは、まったく新しい姿を手に入れたのだ。
「多智さん、あそこ!」
浅黄の指差す方向に、誰かが倒れている。俺は、それに驚いた。倒れていたのは、高橋だったからだ。
「あいつは……どこまでバカなんだ」
俺は、頭を抱えた。
ギルド職員の話が確かならば、高橋は禁止されている薬に手を出している。そこまでして、ダンジョンのボスに挑んだのである。
そこまでして、高橋は何が欲しかったのだろうか。何を手に入れたというのだろうか。
俺には、分からない。
「浅黄は、囮になってくれ。俺は、倒れている要救助者を回収する」
多智の作戦に、浅黄は頷いた。
俺は、はっとする。
「この戦いを放送させてくれ。今のダンジョンが危険な状態だって世間に報せられる」
浅黄は、多智に判断を任せた。
この場で大人なのは多智だけなので、彼が責任者だと考えたのだろう。多智は少し悩んでから、答えを出す。
「……そうだな。頼む」
俺はカメラの設定を変えて、ライブ配信が出来るようにする。S級冒険者の公式チャンネルでのライブ配信だけに、視聴者はすぐにやってきた。
『なになに、何があったの?』
『軒並みダンジョンが封鎖されているって話しだぞ』
『S級冒険者だけダンジョンに入れているの?』
『それって、ヤバそう!』
次々と増えていく視聴者に向かって、俺は語りかける。
「現在、日本のダンジョンは今まで以上に危険です。モンスターが強化されているからです」
俺の語りが終わらない内に、浅黄は飛び出す。
小柄な浅黄は、巨大な竜の前では虫の等しい。けれども、竜は浅黄を見逃さなかった。浅黄を倒すためにーーいいや、殺すために。
「ギルド職員が、ダンジョンからの避難を呼びかけています。その指示に従ってください」
爪や牙を使って、竜は浅黄を攻撃しようとしていた。浅黄は、それを避ける。
ただ避けるのではない。
倒れている高橋から、少しでも遠ざけようとしているのだ。俺の目では残像すら捕らえられないが、竜は浅黄のことが見えているようだった。
「S級冒険者は、危険なダンジョンに入ってしまった人を助けようとしています。彼らは自分の命をかけて戦っています」
俺の言葉に対して
『ダンジョンで逃げ遅れるって自業自得だよな』
『そんなバカなんてほっとけよ』
『自分からダンジョンに入ったんじゃん』
という意見が飛び交う。
浅黄は、いつの間にか刀を抜いていた。
それで、自分を狙ってくる竜の爪を防ごうとしたのだ。だが、竜に力負けして、浅黄の体は壁まで吹き飛ばされる。
装備のおかげで、ある程度の怪我は防げたであろう。それでも、壁にのめり込むほどの力で吹き飛ばされたのだ。無事なわけがない。
「浅黄!」
高橋を保護し、俺の隣に寝かせた多智も剣を抜く。倒れた浅黄が体勢を戻せるように、多智は竜の気を引いていた。
多智は竜の意識を自分に向けさせて、できる限り浅黄から離れる。
「それでも戦うのが……S級冒険者です」
俺は、ナレーションを止めた。浅黄の側に走るためであった。
多智は竜の興味を引くために、太い尻尾に切りつける。だが、固い鱗に覆われた尻尾は固すぎた。多智の剣を前にして、かすり傷もできていない。
『浅黄ちゃんが動かないけど……』
『ヤバイよ。浅黄は死んだのか?』
『胸が動いているから呼吸はしている。気絶しているんじゃないのか』
『馬鹿だよな。他人を助けようとして大怪我しているなんて。しかも、勝手に入り込んだヤツなんだろ』
気がつけば、俺は虹色と同じ言葉を言っていた。
「誰を助けるかは問題ではありません。どうやって助けるかが問題なんです」
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