第29話 ダンジョンの変化


 ダンジョンに入った俺たちは、いつもより内部よりも静かなことを不気味がった。


 俺たち以外に冒険者がいないのだから、静かなのはよく考えたら当たり前だ。けれども、そこにはモンスターの気配すらもなかった。これは、明らかな異変である。


「第一階層は比較的モンスターが少ないけれども……。これはちょっと少なすぎるな」


 周囲を警戒する多智は、ぼそりと呟いた。浅黄も同意見らしく、刀にすでに手をかけている。


「モンスター同士も共食いが行われているのか?だから、モンスターの数も半分になっていたりとか……」


 多智の予想に、俺は恐怖を抱いた。


 モンスターの数が減った代わりに、一匹一匹が強いモンスターになっている可能性があるからだ。


 今更になって考えるとダンジョンの狩りの仕方は、道理にかなったものだったのかもしれない。


 入口に近い第一層に強いモンスターを置いていたら、今よりも警戒が強くなってダンジョンに入ってくる人間は減っていたかもしれない。


 入り口には、弱いモンスター。


 奥に進むほどに強いモンスターを置いて、ダンジョンは冒険者たちを食っていたわけである。恐ろしい話だ。


「多智さん。お先に失礼します」


 浅黄の声が響く。


 次の瞬間には、浅黄の姿は俺の前から消えていた。きん、と金属同士がぶつかる音が聞こえただけだ。


 見れば、遠くにかなり大柄のゴブリンがいた。


 第一層ではみたことのない大きさであり、こん棒を手に持っている。そのこん棒には血がついていて、俺は一瞬だけ悪い予感を過った。


 あのこん棒で、薬を飲んだ要救助者が殺されたという想像だ。


「防がれた……。身体が大きくなっただけではなくて、反射神経も上がっているみたいだ」


 浅黄は先手必勝とばかりに、ゴブリンを刀で攻撃したらしい。俺の目には見えなかったが、カメラは浅黄の残像を映していた。


 しかし、浅黄の素早い一撃をゴブリンはこん棒で防いだようだ。今までの敵に比べれば、圧倒的に動体視力がいい。


「浅黄の早さを見切るってことは、かなり強いモンスターになっているってことだな。よし、俺も力をかす」


 多智は、腰につけていた剣を抜く。


 浅黄が刀を使っているが、冒険者の多くは多智のように剣を使う。銀色に輝く刀身をひらめかせて、多智はゴブリンに向かった。


 ゴブリンは力強く身体も大きかったが、さすがにS級の冒険者二人が苦戦するような相手ではなかった。


 多智が真正面からゴブリンの気を引いている内に、浅黄が背後から切りつけたのである。深い傷を負わせたゴブリンは倒れて、多智と浅黄は互いの刃を収めた。


 その間にも、ばたばたと天井から何かが降ってくる。


 コウモリ型のモンスターであった。


 彼らも普段よりは大きくなっていたが、ゴブリンと違ってあまり強くはなっていないようだ。


 コウモリのモンスターは、俺が瞬きをしている間に浅黄によって全てが切り裂かれていた。あっという間の早業に、多智は苦笑いをする。


「いつやったんだか……」


 多智は、ぼそりと呟く。


 浅黄がコウモリのモンスターを切った様は、多智にも見えなかったらしい。恐るべき、浅黄の俊足である。


「速さには自信があるからね」


 浅黄は、どこか得意げであった。


 その顔が十四歳らしくて、同時に彼がまだ中学生であることを思い出させる。義務教育中の彼は、どのようにして学業と仕事を両立しているのだろうか。


「浅黄、今更だけど学校はどうしているんだ?」


 俺が尋ねれば、浅黄はきょとんとした顔で言った。今尋ねるような話ではないと後から思ったが、浅黄は素直に俺の質問に答えてくれる。


「授業の動画をタブレットで見ながらオンラインで勉強しているけど。行事とかは公欠扱いにしてもらっている。参加できる行事には、できる限りは参加しているけど」


 予想外の返答に、俺はびっくりした。


 学校の授業をタブレットを使って受けられるなんて、俺の世代からは考えられない。たった数年で教育環境というのは大きく変わったらしい。だが、これならば忙しい浅黄であっても教育は受けられる。


 多智が、苦笑いしながら俺に告げる。


 多智の正確な年齢は知らないが、二十代ぐらいならば俺よりも今の授業のスタイルに驚いているだろう。


「俺たち以上に、浅黄はデジタル世代なんだよ。凄いぞ。中学生が一人一台タブレットを持っているんだ。しかも、タブレットは学校からの支給なんだぞ」


 学校に通わなくとも勉強は出来る。


 そういう世代に生まれた浅黄は、さほど勉強には苦労していないようだった。何度も言うが、俺たちの世代からは考えられない。


「それに、授業よりも刀を振るっている方が好きだし」


 にこっと笑う浅黄は、今の生活に満足しているようである。その事が、俺達にとっては救いだった。


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