第28話 救出へ
俺たちは、多智の運転する車でダンジョンをめぐっていた。
ギルドの職員なかにはB級からA級の人もおり、彼らが速やかにダンジョンのなかに入っていた冒険者を避難させていた。
ぱりん、と車内にチョコレートが砕ける心地良い音が響く。助手席に座っていた浅黄は、板チョコに噛み付いていたのである。
「こんなときに、チョコレートか……。うまそうだから一口くれ」
多智の軽口に、浅黄はイヤイヤと首を振る。
前には俺にも分けてくれたのに、今日は一人で板チョコを食べきりたい気分らしい。
「ダンジョンの中がどうなっているか分からないからね。糖分の補給は念入りにだよ」
浅黄の言っていることは、いまいち意味が分からなかった。まぁ、仕事の前の腹ごしらえは大切ということだろう。浅黄は食べ盛りだし。
「……それに少し怖いんだ。いつも潜っているダンジョンだけど、ダンジョンそのもが生きているなんて気持ち悪くて」
浅黄は身震いをする。
その言葉に、多智は苦笑いしていた。浅黄の意見は、多智も同じらしい。さっきから、少しだけ顔色が悪い。
たしかに、ダンジョンが生きているという話は気持ちが悪い。
今まで何も思わずにダンジョンに入っていたが、詳細が分かれば蟻地獄に踏み込む気分になってしまう。誰も良い気はしないであろう。
「ダンジョンは、元々が分からない事だらけなんだ。俺たちの世代はダンジョンがあることが当たり前だったが、そもそもダンジョンは異物だ」
多智が、独り言のように言う。
あまりに当たり前のあるために、俺たちはダンジョンがあることが普通になってしまった。
けれども、本当は違うのだ。
元々は、この世界にダンジョンはない。五十年前ーー祖父や祖母の時代に、突如としてダンジョンは現れた。
この世界において、ダンジョンやモンスターは異物なのだ。今回のことで、それ俺達は思い知らされた。
「多智さん、お願いがあるんだ……」
浅黄は、震える声で言った。
その声には、普段は見られない恐れがあった。
「虹色さんみたいには、死なないで」
多智は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「悪いが、できない相談だ。俺たちは、どうなっているのかも分からないダンジョンに潜っている。いつ死んだって、おかしくはない」
浅黄の顔色が悪くなる。不安に揺れる瞳は、いつもの浅黄らしくもなかった。
けれども、と多智は続けた。
「無駄死にだけはしないさ」
その言葉は、多智のプライドのように聞こえた。
冒険者のなかの最高峰にいる多智の譲れない一点は、頼りがいのあるものではない。
けれども、浅黄は少しだけ笑っていた。
S級冒険者にしか分からないジョークみたいなものなのだろうか。
「さて、ついたぞ」
多智は、車を止める。
ダンジョンの前には、人だかりが出来ていた。
大半がダンジョンに潜っていた冒険者たちだが、騒ぎを聞きつけた野次馬らしき人々もいるようだ。武装している人混みのなかで、野次馬の私服姿の格好はひどく目立った
多智は、この場の責任者を探して挨拶をしにいった。俺たちは、それについてく。浅黄も仕事の話をするために、責任者に話をする必要があった。
俺だけ居場所がなくて、カメラ整備を改めて行う。正常にカメラが動くことを確認して、俺は少し安心する。いざというときに、カメラが壊れていたというのでは笑えない。
「ふぅ……。やっぱり、居心地は良くないな」
浅黄たちを手伝うようにアリサに言われているのに、気を抜けばあっというまに野次馬に馴染みそうになってしまう。今日の俺は、S級冒険者手伝いをする身だというのに。
「ご苦労さま。思った以上に速やかに避難できたみたいだな」
にこやかな多智と違って、責任者の表情は暗かった。何かがあったようだ。
「すみません。高校生ぐらいの少年が制止を振り切ってダンジョン内に入ってしまいました。相手は薬物を使用している可能性があります。警察にはすでに連絡をしていますが……」
ギルド職員の言葉に、多智は目を見開いた。浅黄も顔をしかめている。
「こんなときに薬中かよ……」
多智は、ため息をついた。
冒険者の間で流行っている薬については、俺も聞いたことがあった。一定時間だが、身体能力が上がる薬だ。それに、高橋が所有もしていた。
日本では禁止されているが、外国では合法の国もあるために比較的だが手に入れやすい薬だったはずだ。
一部の冒険者の間では流行っているが、常用すれば心臓に負担がかかる。依存性もあるので、とても危険な薬なのだ。
「警察でもA級冒険者レベルのは何人か連れてくるだろうけど……今はどうなっているかもわからないからな」
多智は、しかめっ面で大声を出す。
「しかたがない!俺たちで、その薬中の高校生を保護するぞ。浅黄と幸も気合を入れろよ。薬中は興奮状態で痛みを感じないこともあるからな」
モンスターより始末が悪いかもしれない、と多智は言った。
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