第24話 S級冒険者たちの方針
——別日。
俺は、ギルドの本部に初めて足を踏み入れた。
ギルド側にも共食いしたボスのことを知らせたいということで、多智に連れてこられたのである。
カメラマンを生業にしている俺は、冒険者ではないというのが持論だ。そのため、ギルドが行っている階級テストも受けていなかった。
そうなってくるとギルド自体に縁がなくなり、自然に足を向けることはなくなる。本部に入るのだって、本当に久しぶりであった。
「ここが本部かぁ」
受付の人の多さと磨き上げられた白い床に、俺は大病院を思い出した。病院と違って本部にいる年齢層は十代から五十代ぐらいで、ほとんどの人間がダンジョンで利用する武器を持っている。それが、とてもギルドらしいと思えた。
「会議室を使う。こっちの二人は連れだ」
多智は受付嬢にカードを見せて、ギルドの奥に入れてもらっていた。そこからしばらく歩いて、とある一室に案内される。
そこは、会議室というイメージを覆すような部屋だった。ゲーミングチェアのような高価なイスが用意されており、中央にはプロジェクターやスクリーンが置かれている。
コーヒーマシーンや冷蔵庫まで完備され、会議室というよりは高級な待合室といった方がしっくりくる。ギルドの会議室という感じではない。
「自分で招集をかけた割には、遅かったですね」
すでにイスに座ってコーヒーを飲んでいる女性は、たしかアリサというS級冒険者だ。
俺たちに冷蔵庫から出したばかりのスポーツドリンクを渡してくれたのは、同じくS級冒険者三つ葉である。
「おい、俺もガキと一緒のスポドリかよ」
多智は冷えたスポドリに文句を言っていたが、三つ葉は優しく笑った。
「だったら、自分でコーヒーでも入れなさい」
ぴしゃりとアリサに言われてしまった多智は、むっとしながらコーヒーを自分で入れた。コーヒーの香ばしい香りに、この場は一気に大人が集る会議室に相応しくなったと思った。
浅黄
多智
アリサ
三つ葉
日本のS級冒険者が一堂に還している光景は、とても贅沢だ。警察から逃げ出した高橋がいたら、驚きのあまり失禁していたかもしれない。それぐらいには、豪華な顔ぶれだった。
警察から逃げ出した高橋は、いよいよ退学になるだろう。それよりも先に逮捕されるだろうから、もう二度と会うこともないはずだ。可愛そうだが、身から出た錆である。
「そっちは、浅黄の配信を見たか?」
多智の言葉に、女性陣は頷いた。
アリサは、スクリーンに俺が映していたカメラの映像を映す。ボスがボスを食べるという衝撃的な映像だ。
咄嗟に、俺はスマホで確認してみた。
俺が動画サイトに上げた映像は、ものすごい勢いで回覧数が伸びていた。そして、切り取り動画も多くが作られている。
無断転載は止めて欲しいが、それは注目度が高い証拠でもあった。
ネットの世界では、様々な憶測が飛び交い議論の場になっている。けれども、どれも役に立ちような意見はなかった。
素人が頭を突き合わせてみても優良な考えにはいたらないようだった。
「昔の記録も漁ったわ。ボスの共食いなんて、該当する記憶はゼロだったけどね」
大変だったんだから、三つ葉は言った。
つまり、俺たちはダンジョンの新たな不思議を発見したことになる。
ダンジョンが不思議な場所だとは知っていたが、その一つを自分たちが始めて目の当たりにしたと思うと少し興奮した。
だが、浅黄たちは俺とは近う複雑な表情をしていた。他のS級冒険者も同じような顔をしている。
「ボスを倒したのに、二匹目のボスが発生するだなんて聞いたこともないわ。しかも、ボス同士で共食いしているだなんて」
三つ葉は、首を傾げる。そして、指先でテーブルをとんとんと叩く。イライラしていのかと思ったが、三つ葉は涼しい顔をしている。考え事をするときの彼女の癖なのかもしれない。
「ダンジョンに、そもそも食物連鎖があるかどうかも謎でしたし」
アリサの言うとおりだ。
ダンジョンにいるモンスターは、食べたり飲んだりはしない。互いに共食いしている証拠もどこにもない。
モンスターは、ダンジョンに侵入する人間のみを攻撃するのである。そして、殺した人間を食べている様子はなもなかった。
ダンジョン内のモンスターは、地球上のあらゆる動物とは違って『食べる』という行為から解放されているのである。
モンスターが、なにを原動力にして活動をしているのか。これは、未だに解明していないダンジョンの不思議の一つであった。
「ダンジョンが現れてから、たかだか五十年……。観測できていないことは多いと思っていましたが、ここまで根底をひっくり還すような事が起ききたことがありませんでした」
アリサの視線が、浅黄に向けられる。このなかでボスの共食いを直接見たからであろう。
「浅黄は、戦っていて不自然は感じなかったか?」
多智の問いかけに、浅黄は答える。
「特には感じなかったかな……。ボスに会うまでもいつも通りだったし。ちょっと強いモンスターはいたけど、通常の範囲外だと思うし」
考えながらも浅黄は、俺の方を見た。
どうやら、意見を求めているらしい。
見れば、S級冒険者全員が俺を見ている。外部の斬新の意見を求められているのかもしれないが、残念ながら俺は慧眼の持ち主とはいかない。
「俺もカメラマンとしてダンジョンにはマメに入っていますけど、変なところとかはなかったと思います」
リアルタイムで配信もしていたので、なにか異変があれば視聴者も気がついていたと思うのだ。しかし、あのときは驚きのコメントしかなくて、有益なものはならない。
「いやね。ダンジョン内の調査も必要だから、S級ばかりの仕事が増えていく。下も育ち切っていないっていうのに……」
三つ葉は、大きなため息をついた。
「あの!」
俺は、三つ葉に向かって声をかけた。
「S級冒険者の数が足りていないならば、A級冒険者にも手伝いをしてもらうことは出来ないんですか?ほら、A級冒険者ならば数も多いし」
A級冒険者は、S級冒険者と比べると非常に数が多い。俺は正しく把握していないが、A級冒険者は数百人単位でいるはずだ。もっとも、その実力はA級冒険者のなかでも差があるとも聞いているが。
俺の言葉に、浅黄は首を振る。
「それは、駄目。A級冒険者の数が多いのは、S級冒険者に出来るような頭一つ飛び抜けた人材がいないからだよ。何人かと一緒に戦えばボスと戦えるかもしれないけど、階級制度はあくまで個人のもの。一人でボスを倒せるぐらいの実力がないと危なくてS級冒険者には出来ないよ」
浅黄に対して、俺は「いや……でも」と反論しようとする。
しかし、A級冒険者では足手まといだとS級冒険者に言われてしまえば反論はできない。
S級冒険者は、強敵と戦ってきた猛者だ。A級冒険者の全てが、S級冒険者のレベルに達していないと言われたら反論はできない。
「A級冒険者のなかでも強そうな人の訓練はする予定いだよ。それでも、どれだけの人がS級冒険者になれるかどうか……」
S級冒険者も何もしていないというわけではない、とばかりに浅黄は言葉を付け足した。しかし、S級冒険者を増やそうという話は、現役の者の負担にもなってしまうだろう。
「今日の浅黄は随分と辛らつですね。この間は、弟子を取ってA級冒険者を育てる意見を出していたのに」
アリサの言葉に「そうだったんだ」と俺は思った。俺より年下で小さいのに、浅黄はS級冒険者として後進のこともしっかり考えているようだ。
「こんな短期間で、危なそうな問題が出てくるとは思わなかったんだよ。足腰を鍛えて、バランス感覚も鍛えて、一緒にダンジョンとか潜って、ボス戦も経験して……。そうやって、ちょっとずつ強くなってもらうつもりだったのに」
浅黄は指折り数えて、後進に教えたいことを口にしていく。その内容は、主に筋トレだった。S級冒険者になるのは、なによりも筋肉が大事であるらしい。
「そういうふうに、ゆっくりS級冒険者を目指してくれたらって思っていたんだ」
今すぐにS級冒険者を増やすことは考えていなかった、と浅黄は言った。ゆっくりと後進を育て、その中から才能ある者S級冒険者にしていくつもりだったようだ。
「三つ葉さんだって、育ち切っていないA級冒険者を危ない場所には連れて行けないと思うでしょう」
水を向けられた三つ葉は、曖昧に微笑んだ。
二人の子供の母である三つ葉は、誰よりも死に敏感なのだろう。誰であろうと冒険者たちには死んでほしくはないと思っているはずだ。
「たしかに、そうは思うわよ。……でも、浅黄ちゃんが考えているよりも自体は悪くなっているかも知れないわ」
三つ葉は、俺のカメラに視線をやった。
「ダンジョンに何かしらの変化が起きていることは、すでに世界中に配信されたの。この秘密を解き明かしたいという人たちが、多かれ少なかれダンジョンに潜るはずよ」
俺たちは知らない世代の話だが、突如としてダンジョンが現れたとき我先にと人々はダンジョンに向かったらしい。
未知のものを開拓するという意気込みだけで、彼らはダンジョンの秘密をちょっとずつ解き明かしていったのだ。
今の時代も同じことが起こらないとも限らない。
「自分が最初に謎を解き明かすなんて意気込んで、無理をしてでもダンジョンに潜る冒険者もいるはずよ。それを私たちは助けることは出来ても、止めることは出来ない」
ダンジョンに潜るか潜らないかは、個人の自由である。その選択を誰も止めることはできない。S級冒険者としては、パトロールを強化して助けられる命をすくい上げるしかできないのだ。
「なにか制限を設けるとかは出来ないのか?」
俺の問いかけに、多智が頭をかきながら答える。
「昔は、やっていたみたいなんだけどな。危険だと注意は出来ても、無理に中止させるは出来ないんだよ。法律上の問題らしい。」
その話は、初めて聞いた。
しかし、今だって見合わない装備でダンジョンに潜るという輩はいるのだ。ダンジョンに無理に入ってはいけないという決まりがあれば、今頃は大量の未熟者の冒険者が取り締まられていたであろう。
「無理に中止させれば、個人の権利なんかを侵害するからな。熊が出る山にいくなって注意はできるけれど、危険を押してでも山菜というお宝を取り行くかどうかは各々の自己判断に委ねなければならないのとかと同じだ」
さらに、そこに土地の権利なども重なってしまうと事態はもっと複雑になるようだ。
ダンジョンそのものを封鎖するという案もあったが、ギルドなどのダンジョンに依存して商売をしている者からの反対の意見が出るのは目に見えている。
冒険者をサポートするギルド、冒険者の武器を整備する人間、ダンジョンから持ち帰られた物を買い取る人々。ダンジョンに関わって商売をしている人間は、これだけではない。
ダンジョンを封鎖すれば、俺が想像しているよりも多くの人の商売が駄目になる。
ダンジョンの封鎖とは時間をかけて議論し、経済のダメージを最小限にする必要があるのだ。
「……だったら、今から無暗にダンジョンを入らないようにプロモーションビデオを作らせてください」
俺の言葉に、その場にいる全員がぎょっとした。
今まで真剣な話をしていたのに、そんなことを俺が言うとは思わなかったのだろう。だが、元々は俺はプロモーションビデオを撮るために連れてこられていたのだ。
事態は、俺が連れられてきた初期から大きく変わっていた。けれども、今だから俺は訴えることが必要だと考えている。
「『ダンジョンは危険で、命を失う可能性がある場所』それを伝えるためのビデオが作りたいんです。なんだったら、写真も撮ってポスターにもしたい」
俺は、真っ直ぐに浅黄を見た。
浅黄は、きょとんとした顔をしている。しばらく考えて、ようやく俺と共にダンジョンに潜った理由を思い出したようだった。
「俺は、それを浅黄ならば撮れると思った」
俺は、真っ直ぐに浅黄を見た。浅黄はちょっとばかり伸びすぎた前髪をクルクルと指に巻きつけて、
「別に……良いけど」
と了承してくれた。
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