第23話 警察所
高橋を警察まで引っ張ることについて、多智は同席してくれた。思い返せば、俺たちは全員が未成年だ。
成人しているのは、多智しかいない。
証拠の映像や俺たちの証言あったとしても、大人が一人いるかどうかで警察の信憑性はかなり違うであろう。
「それで、高橋って子が薬を飲もうとしていたんだね」
警官は、終始穏やかに俺の話を聞いてくれた。
証拠として、俺のカメラの映像は提出している。改めて俺の意見など確認する必要などないだろうと思っていたが、高橋と一緒にいた俺の証言は必要らしい。
俺一人で個別の部屋に入れられているせいもあって、取り調べを受けているようにも感じる。相手も壮年の警察官なので、妄想は膨らむばかりだ。
こういうときに頼むのは、カツ丼であっただろうか。そして、警察官はノリに付いてきてくれるのだろうか。ちょっと実験してみたい。
ちなみに、浅黄も別室で話を聞いているらしい。浅黄もトンカツを頼むような茶目っ気を発揮しているだろうか。
「薬を持っていたのは、本当に高橋っていう子だけなのかい?」
警官の言葉に、俺は戸惑った。
驚きのあまり喋れないでいれば、警官はまくし立てるように喋る。
「S級冒険者の浅黄って言う子も薬を使っていたんじゃないのかい?あんなにも人間離れした動きは、薬を使っているから可能ではないかと私は常々思っていてね。S級冒険者なんて持ち上げられているが、人間なんて裏の顔はいくらでもある」
俺は、震えていた。
浅黄は薬物なんて使っていない。
努力と才能だけで、人間の限界に足を踏み入れた超人なのである。
「浅黄は薬なんて使っていません!俺の撮った映像で、それは証明できるがずです!!」
俺が興奮していたせいだろう。警官がお茶を進めてきた。こういう取り調べには何も出されないものだと思っていたが、俺が未成年だということもあって温かなお茶を用意されていたのである。
「そんなに強く言わなくてもいい。友達を守りたい気持ちは分かるから」
警官は、俺と浅黄のことを友人と思っているようだ。だが、残念ながら俺たちの関係は友人ではない。
「浅黄は……客です。俺はS級冒険者たちからプロモーションビデオを撮るように依頼されいるんです。多智さんに聞いてもらえれば分かります」
カメラマンとしてダンジョン内でバイトしていることを告げて、叔父の電話番号が書かれた名刺も渡した。
ダンジョンでの仕事は俺が一手に引き受けているが、法律的には俺は叔父の店でバイトしていることになっている。
「俺が浅黄を庇うような理由はありません。それに、薬で身体能力を上げている人間には……ボスを倒すことはできません。アレが、そんなに甘いものではありませんから」
俺は、きっぱりと宣言した。
ボスを直接の見たからこそ分かるのだ。ボスと戦うには、付け焼き刃の強さだけではダメだ。
身につけた本物の強さでなければ、ボスの見まえることすら出来ないだろう。その点、浅黄の強さは完璧だった。誰も追いつけないスピードを生かして、ボスの蛇を討伐したのだ。
あの領域にが、薬を飲んだとのろでたどり着けるものではないであろう。
薬を摂取したらしい高橋だって、第四階層で死にかけていたのだ。薬で強くなれるといっても、たかが知れている。薬を摂取した程度では、ボスには勝てない。
「というか、俺たちを疑うなら採血でも尿検査でも何でもすればいいじゃないですか。高橋は、これから受けるんでしょう?」
疑われるのは気分が悪かったので、少し苛立ってしまった。警官は、大きなため息をつく。
「こっちも法的にやれないことが沢山あるんだよ。ヤク中の高校生を警察につれてきた少年と子供がいくら怪しくても、個人情報うんぬんで必要以上に調べられないんだ」
警察としたら、俺がうけたのは事情聴取とは言えないぐらいに甘いものらしい。
俺としては、しっかりと取り調べを受けた気分だ。警官も大変そうだが、俺は同情する気にはなれなかった。
「浅黄と多智さんにも同じことやっているのかよ」
俺は、警官を睨みつける。
浅黄のファンになってしまった俺は、特に浅黄のことに関して心配をしていた。俺のように嫌な思いをしていなければいいのだが。
「あいつらは、あいつらで別のしがらみがあって調べにくいんだ」
冒険者ギルドと警察は、仲良しというわけではないらしい。
そういえば、ダンジョンで警察が来るのはいつも事件が起こってからだ。いわゆる、パトロールというものをしている記憶がない。ダンジョンの警邏などはS級冒険者に任されている。
「助けて!」
浅黄の悲鳴が聞こえてきた。
その危機迫った声に、俺と警官は立ち上がる。そして、声の方に向かって走った。
そこで、俺たちが見たものは−−多智にチョコレートを没収されて泣きじゃくる浅黄の姿だった。
「ひどい!チョコなかったら、モチベーションが下がるのに!!」
「お前の場合は、モチベーションよりも体の心配をしろ!一日に何個も板チョコを食べて……。証拠は、しっかり配信されているんだからな」
多智の言葉に、俺は苦笑いした。
今日の浅黄はご褒美だと言って、チョコを何枚も食べていたのだ。あの配信は、浅黄が一人の時に食べているチョコの量をしっかり記録していた。
「糖尿病になるだろうが!」
多智の心配は虫歯を通りこして、糖尿病になるかどうかになっていた。たしかに、浅黄の糖分摂取量は多すぎるであろう。
「一日に三枚。三枚で我慢するからー……」
多智の米神に青筋がたった。
「それは我慢だとは言わないだろうが!一週間に、チョコは一枚」
多智の言葉に、浅黄は涙した。
戦っている時には、決して見られない顔だ。こんな表情であっても可愛いと思ってしまうのは、ファンになってしまったからであろうか。
「そんなぁ……。チョコレートがなくなったら、なにを楽しみにダンジョンに潜ればいいの!」
うわーん、と浅黄は泣き始めてしまった。
駄々っ子といしか言いようがない浅黄の様子に、多智は頭を痛めている。
「……たく。これだから、S級冒険者は嫌いだ。話が通じやしない」
警官の言葉に、俺は苦笑いをした。
「うわぁ!」
男性の叫び声が聞こえてきた。警察所で聞こえてくる声ではないので、俺たちはぎょっとする。考える前に身体が動いたのは警官だけではなく、多智と浅黄もだった。
「なにが、あったんだ!」
男子トイレから聞こえた悲鳴の正体は、倒れた警官のものだった。高橋は、まだ薬が抜けていなかったのだろう。強化された剛腕で、見張りの警察官を殴り倒してしまったのである。
「おい、大丈夫か!」
俺を尋問していた警官が、仲間に声を掛ける。
「高橋ってやつが逃げたんだ!遠くには行ってないだろうから、近場だけでいいから探すぞ!!」
多智の言葉に頷いた浅黄は、真剣な顔をして頷いた。多智と浅黄は、すぐに警察所から出ていった。しかし、S級冒険者を二人を要しても高橋は見つからなかった。
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