第21話 ボスとの戦い
第五階層に続く岩の扉には、モンスター思われる生き物の彫刻が彫られていた。
その彫刻が、重々しい雰囲気を醸し出している。この場所に間違って訪れたとしても、この扉は軽々しい気持ちでは開けようとは思わないだろう。
浅黄は何度もボス戦を繰り返しているから、慣れているのかもしれない。浅黄の顔には、必要以上の緊張の表情はない。
ただし、集中していないわけでもない。
そこには、触れたら斬られそうな圧巻の気迫があったのだ。
「あっ………。キレイだ」
俺は、声を漏らした。
今からボス戦に挑むのに、浅黄の唇は弧を描いていた。やっと手ごたえのあるものと戦えると言う剣士の笑みだ。
「浅黄」
俺は、浅黄に呼びかけた。
「怪我とかするなよ」
これが、S級冒険者だ。
恐れではなく、自分のためでもなく、他人の為に戦える冒険者の最高峰。俺が撮っているのは、そういうものなのだ。
『いや、この顔って怖いだろ』
『人間一人ぐらい殺してきた顔だし』
『カメラの人の美的感覚は壊滅的に壊れてる……』
人工音声の声で視聴者が色々と言ってきたが、それらの意見は無視をした。撮影者たるもの自分の美的感覚は大切にしたいものだ。
「それじゃあ、行くよ」
浅黄は、第五階層のドアを開ける。
第五階層は今までの迷路のような階層ではなく、一つの巨大な部屋があるのみだ。そして、その中央の鎮座しているのがボスである。
「……すっごい」
俺は、思わず呟いていた。
ボスとの戦いともなれば、配信されている映像はぐっと減る。ボスに挑む人間たちは配信が目的ではなくて、出現するアイテムが目的のことが多いからだ。無論、自分たちの腕試しが目的の人もいる。
だが、数少ない配信をみれば、ボスの強さは他の階層のモンスターより頭一つ分が飛び抜けていることが分かる。冒険者は危ない仕事であるが、最も多くの命を奪ってきたのは第五階層であろう。
第五階層を目指せる人間は、それと戦える自信があるほど実力者たちである。そして、パーティを組まずとも一人でボスを倒せるような人間がS級冒険者だ。
「そういえば、虹色もボス戦を配信していたな……」
大剣を携えてボスに挑んでいった虹色の姿に、俺は魂を抜かれた。あの戦いを観たことによって、俺にとって虹色は推しになったのだ。
『カメラマンの人って、虹色派だったのか?』
『あの人って、男気があるから男性ファンも多いよな』
『自分が刺されても、刺してきた相手をモンスターから庇った超人格者だもんな』
コメントは、しばし虹色についての思い出話が続いた。すでに亡くなった俺の推しだが、人様の会話に虹色が出てくることは嬉しい。
それと同時に、不必要に張り詰めていた自分の緊張感がすこし和らいだような気がした。
「いた……」
浅黄の声が響く。
第五階層のフロアの真ん中には、とぐろを巻いた大蛇が眠っていた。
二階建ての家ほどの大きさの大蛇に、俺と高橋が呆気にとられていた。体の太さなどは、俺の身長ほどはあるのではないだろうか。
巨体という言葉が似合う蛇である。俺の足は、いつの間にか震え始めていた。
「すごい……」
こんなにも大きなモンスターなど、俺は生身で見たことがなかったのだ。大きさの分だけ強さの証明のような気がして、俺は唾を飲み込んでいた。
それと同時に不安もよぎる。小さくて幼い浅黄は、この巨大な蛇と戦うことが出来るのだろうか。
『これが、ボスか……』
『でっかい蛇って、めっちゃ怖いんですけど』
『あっ……無理。蛇って時点で、生理的に無理だわ』
視聴者のコメントは、どれもモンスターを恐れるものばかりだった。高橋の方を確認してみれば、彼は内股になって震えている。もう一回ぐらいは漏らしてしまいそうな雰囲気だ。
「蛇が駄目なのか?」
俺が高橋に聞いてみれば、ぎろりと睨んできた。だが、怖くはなかった。今の高橋の怒りは、自分の弱さを隠すためのものだったからだ。
「あれはボスだぞ。恐れるのは当然だろ!!」
高橋の大声のせいではないだろうが、大蛇の瞼が開いた。ギョロリとした爬虫類特有の目が、俺と高橋を睨んだ。
「ひぃ!!」
高橋は悲鳴を上げて、同時にジョロジョロと水音が聞こえた。高橋は漏らしていたようだ。大蛇が、よっぽど怖かったらしい。
高橋の気持ちは、よく分かる。だって、こんなにも巨大な蛇など怖くてたまらない。
高橋の匂いが勘に触ったのか。はたまた大声のせいなのか。大蛇の尻尾が、俺たち振り下ろされた。
『こんなの死ぬって!』
俺たちの心情を視聴者が代弁する。逃げようとしたが、それよりも蛇は素早かった。
俺たちの頭上に、蛇の尾の影が落とされる。
潰されると思った瞬間に、浅黄が俺たちの前に立っていた。刀を引き抜き、尻尾からの攻撃を受け止めていたのである。
小さの身体に、どれだけの力が眠っていたというのか。第四階層で浅黄は本気を出している俺は思ったが、それは違うのだ。浅黄の力は、まだまだ底が見えない。
『ちっこい体なのに、どうして受け止められるんだよ』
『S級冒険者っていうのは、化け物だらけだからな』
視聴者は、ボス以上に浅黄の身体能力に驚いていたいるようだ。無理もないだろう。俺だって、目の前の現実を信じられない。
「思った以上に、固い鱗だなぁ」
そう言った浅黄は、大蛇の尻尾を受け流す。力技で振り払うことをしなかったということは、そこまでの力はさすがにないということなのだろう。
「よっと」
大蛇の身体に飛びついた。そして、浅黄は蛇の体の上を走る。足音もなく駆け上がる浅黄だったが、大蛇の方も大人しくしたままではない。
身体を壁に打ち付けて、浅黄が身体を登るのを防ごうとする。荒々しく暴れまわる大蛇であったが、そこから浅黄は振り落とされる事はなかった。
靴が大蛇の体に吸い付いているのではないか。そんな事を考えてしまうような光景である。しかも、
「やっぱり、速い……」
俺は、思わず呟いていた。
最速のS級冒険者の名前は、伊達ではない。浅黄のアクロバットな動きに、大蛇も翻弄されているようだった。
大蛇の身体を登るなんてことをやっているのに、浅黄の動きはカメラではとらえきれない。
浅黄のスピードが、まったく落ちていないのだ。それぐらいに、浅黄の運動神経は優れているのである。
これが、浅黄の本気なのだろうか。
だとしたら、浅黄には誰も追いつけない。
大蛇が仰け反るようにして、首を大きく振った。その度に、大蛇の血が床や壁に降り注ぐ。
その光景に、俺は啞然とする。
浅黄は目にも止まらない速さで走りながらも、大蛇に向かって刀を振るって攻撃していたのだ。
それに、俺はまったく気がつけていなかった。浅黄の姿が見えないのと同じように、彼の斬撃も見えなかったのである。
「浅黄は、どこだ!」
浅黄が素早すぎるせいで、俺は彼を見失ってしまっていた。それは、高橋も同じようである。
「いたぞ!」
高橋が声を上げる。
高橋が指差す方向には、牙を剥く大蛇の攻撃を避ける浅黄がいた。
大蛇の牙の攻撃を食らわぬようにしているらしく、今までと違って攻撃に転じるチャンスが少ないようだ。それでも、一つ一つ動きは丁寧で、蛇よりも抜け目なく逆転の隙を探していた。
「駄目だ。絶対にボスに殺される!」
高橋は、そのように叫んだ。俺には、そうは思えなかった。たしかに、浅黄の劣勢に見えるかも知れない。けれども、俺は違うと思った。
巨大な蛇は、小さな浅黄の動きを捉えきれていないよう見えたのだ。今は攻防戦だが、そのうちに浅黄に勝機がくると信じていたのだ。
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