第17話 休憩のチョコレート
浅黄は疲れも見せずに、第三階層までたどり着く。今まで浅黄が倒したモンスターの数は、多すぎて分からないほどだ。
そのモンスターの死体は、どれもいつの間にか消えていく。何人もの研究者がダンジョンとモンスターの関係性を調査しようとしたが、未だに謎である。
人間の死体だって同じだ。ダンジョンの内部では、人間の死体は長く持たない。モンスターと同じように消えてしまうのだ。
そのせいもあって、ダンジョンの側には石碑が建てられていることが多い。ダンジョンに吸収された故人を悼むための場所であり、線香と花束が絶えず置かれている。死んだ冒険者をともらっているのだ。
「これなんだろう……。えっと金属の塊っぽいのを見つけたよ。これは売ったら良い値段になるやつだね。武器の材料にもなるらしいよ」
浅黄は、だいぶ撮影に慣れていた。
宝箱を開けて中身を取り出しては、何が入っていたのかを教えてくれる。最初はカメラを意識できていなかったが、今はタレントのようなトークをしてくいた。
そもそも浅黄は人懐っこい性格なのだ。緊張さえしていなければ、色々な表情を見せてくれる。
そして、色々な表情を見せるほどに浅黄の顔の造形よさが際立つ。ここまで喋れるならば、本職がタレントでも通じるのではないだろうか。
順風満帆だった浅黄の進む道に、大きな扉が現れた。今までも一階と二階の間。さらには第二回層 と第三階層にもあった扉である。
つまり、この先が第四階層なのである。
何度か他人の配信でも見たことはあったが、実物を見た回数は片手で数えられるほどの回数だ。
それだって、数人のA級冒険者のパーティに撮影を頼まれたときぐらいだ。
あのときは、第四階層まで行ったが第五階層でボスとは戦わなかった。第四階層のモンスターが強すぎて、それ以上であるボスと戦うには戦力がたりないのだと判断したのだ。つまり、戦略的撤退をしたのである。
あのときのパーティが弱いとは思えないが、そういう場所なのである。第四階層と第五階層は、真の実力者しか入れない。
ここは間違っても、二人だけで来るような場所ではない。
「ここが第四層の入口……」
俺は、無意識に呟いていた。
配信で第四階層に潜っている人間こそいるが、彼らはパーティにA級冒険者を最低二人は入れることを暗黙の了解としている。
俺が撮影を頼まれた冒険者の全てのパーティが、メンバーに多数のA級冒険者を抱えていた。それぐらいに、第四階層からはレベルが違う。
配信目的ではなく、実直にダンジョンの制覇目指す冒険者は四階層からが本番だと言う人もいる。それぐらいに、恐ろしい場所だ。
「幸さん、これをどうぞ」
浅黄が俺に手渡したのは、チョコレートである。しかも、板チョコ一枚分。量が多い。こんなに甘いものを食べたら、喉が渇いてしまう。
「糖分の補給だよ。無自覚に脳はつかれているし、小腹も空いちゃうし」
浅黄は、一枚のチョコレートをペロリと食べきってしまう。あっという間だった。そう言えば、好物がチョコレートだとコメントに返していた。
『食べ盛りだから、お腹すいたちゃったんだな』
『気持ちは分かるが、ダンジョン内でオヤツを食べる人間はS級冒険者ぐらいだよな』
『チョコレートのCMに出てほしい』
最後のコメントには、俺も同感だ。
アザミは、チョコレートをとても美味しそうに食べる。
俺は甘いものがさほど得意ではないが、それでも少し食べてみようかと思うほどだ。口の端に付いていたチョコの汚れまで舐めて、浅黄は満足そうな顔で言った。
「それじゃあ、行くよ」
浅黄は、第四階層に続く扉を開けた。
扉は、ぎぎぃと音を立てて開く。ここから先は地獄だ、と言われているようであった。
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