第18話 S級冒険者の戦い方
結論から言おう。
浅黄の戦闘スタイルは、撮影に向いていない。
今までの動きは、ウォーミングアップのつもりだったのかもしれない。今の浅黄は、第三階層のときよりもずっと速い。
今までもピンボケだったが、突然に止まる息継ぎのような瞬間があった。おかげで何とか配信に耐えうる画像になっていたのだが、今の浅黄は止まることを知らない
「うわっ。どのカメラもピンボケ……」
第三階層までは浅黄も体力の温存をし、カメラ写りも多少は意識してくれていたのだろう。
だが、第四階層では余裕がないようだ。
第四階層のモンスターが出現した瞬間から、浅黄の動きは格段に速くなった。何をやっているのかは、全くわからない。
『おー、名物の残像剣』
『早すぎて残像しか撮影できなくなる技だな』
『モンスターを次々と切っていく爽快感より、何やっているか分からないって言う感情になるよな』
コメントのとおりだ。
次々と強そうなモンスターは出てくるのに、それに向かっていく浅黄は残像しか映せない。これほどカメラマン泣かせの冒険者はいないだろう。
難しい撮影は腕の見せつけ所と言うが、ここまでカメラに映らない人間では腕うんぬんは関係ないだろう。
試しにスローで浅黄を写していたが、そこでもピンボケていた。浅黄が早すぎて、カメラに照準が合わないのだ。
なお、ドローンのカメラも似た状態だ。心霊映像が大量に出来上がっている。
目に見えるモンスターを退治した浅黄は、カメラが読み上げる視聴者のコメントに首を傾げていた。
「えっと……。僕って、カメラは映っていなかったの?」
小首を傾げる浅黄は可愛いが、今まで実感がなかったのは驚きだ。聞けば浅黄は第三階層かでしか、ダンジョン配信に関わったことがないらしい。
俺は後悔した。
浅黄のことを少しでも考えていれば、カメラに映らないことは想像できたのに。浅黄のスピードについていけるようなカメラなどないだろうが、少しぐらいは工夫できたのかも知れないのに。
「残像だけだな。本人は撮れてない」
俺が使っているカメラで撮れないとなれば、他のカメラでも無意味だろう。なにせ、カメラは買い替えたばかりの最新のものだ。
「あっ、ちゃんと映ってる」
一部の残像しか映っていないが、浅黄としては満足であるらしい。
浅黄は、本職の配信者ではない。
だから、カメラで絵になるような撮られ方など気にしていないらしい。残像だけでもあっても撮られていればいいという考えのようだ。
「ちょっと速く動くだけで、カメラの人があきらめちゃうのはよくあることなんだよ。でも、幸さんは最後まで撮ってくれる。うれしいよ。何時もより、速く走れそうな気がする!」
浅黄はニコニコしているが、それはもはや人身を超えているような気がする。俺は今更になって、S級冒険者が恐ろしくなった。
『他のS級冒険者も化け物だとは言わないよな』
俺と同じ意見の人が、コメントを書き込む。
「僕も仲間も普通の人だよ。岩を切ったり、拳でボスと戦ったりしただけで」
それは、普通の人ではない。
人によってはS級冒険者は人間ではないと言うこともあるが、それは正解だったのだ。
S級冒険者は、化け物ばかりである。
いいや、兵器と言ったほうが正しいのかもしれない。同じ人間というか同じ生物だとも思えない。
「S級冒険者が増えないわけが分かったぞ。化け物になれるような素質を持つA級冒険者自体がいないんだ」
俺は 苦笑いをした。
トップの方のA級冒険者であっても、今のS級冒険者の実力には届かないであろう。A級冒険者とて強さ保証された猛者だが、S級冒険者は怪物であるのだから。
『俺はA級冒険者だけど、S級冒険者になる自信がないわ。なんで、こんなに化け物ぞろいなの?』
『そりゃ、S級冒険者になる試験のハードルが高いからだろ。身辺調査と現S級冒険者の一人との一騎打ち。それで十分な強さと適性があるかって判断されないとS級冒険者にはなれんのよ』
『アメリカでは、S級冒険者になるのはゆるいらしいぞ。S級冒険者になりたかったら、アメリカに行け』
『アメリカは、冒険者の母数が多いからだろ。あんなに大きな国でも三十人しかいないんだから、どの国でもS級冒険者になる試験突破は厳しいぞ』
『中国はS級冒険者の数を発表していないんだっけ?』
『発表したところで、あの国は盛った数しか言わないだろう』
コメントは、いつの間にか簡単な国政の話に移っている。S級冒険者の扱いは、国によって大きく違う。噂によれば、S級冒険者を本当に兵器として扱おうとしている国もあるらしい。
「おー、皆が色々と難しい話をしている」
浅黄は、自分の視聴者たちに話の脱線に感心している。中学生の浅黄では、他の国のS級冒険者の扱いまでは知らなかったかもしれない。
とりあえず、浅黄が日本生まれでよかった。日本にいる限りは、浅黄が兵器として扱われることはないだろう。
「それにしても、こんなんでいいのか。というぐらいにのんびりしているよな……」
手練れのモンスターが出現する第四階層に来ているとは思えないほどに、ほのぼのとしている。これもS級冒険者の浅黄がいる安心感からきているのだろうか。
「休むときは、しっかり休む。大切なことだよ」
浅黄はこう言うが、第四階層で休めるような状況になることがおかしいのだ。
「助けてくれ!」
突然、男の悲鳴が聞こえた。
ダンジョンで悲鳴が聞こえるということは、モンスターに襲われている可能性が高い。
浅黄は、すぐに悲鳴が聞こえた方向に走り出す。俺とはと言えば、声に聞き覚えがあり驚いていた。
「今のは高橋……!」
何度か声を聞いたから、間違いはない。なんでこんな所にいるのかと思ったが、俺が答えを出すより速く浅黄は走っている。
「幸さん、声がした方に移動するよ!」
浅黄は、かなりスピードを落として走っていた。俺のことを第四階層では一人には出来ないと考えているのだろう。
だが、悲鳴の様子から高橋の方は緊急事態のようだ。浅黄の足手まといになるわけにはいかない。
「先に行っていてくれ。俺は機材があるから、これ以上は早く走れない」
俺の言葉に浅黄は心配そうな顔をしたが、すぐに判断を下す。助けを求めている高橋の方が、のっぴきならない状況であると考えたのだ。浅黄は撮影時よりも早く走り出し、俺の前から姿を消した。
「もしかして、今までのでも手加減していたのか……」
まったくもって、S級冒険者は恐ろしい。彼らの強さには底がないかのようだ。本当に同じ人類なのだろうか。
『浅黄ちゃんに置いていかれたみたいだけど、カメラマンは一人は大丈夫なのか?第四階層って、滅茶苦茶に強いモンスターばっかりが出るって聞いているけど』
『近くのモンスターは浅黄が狩り尽くしたみたいだから、そこそこ安全じゃないのか?そうでもなければ、いくら浅黄だって置いていったりはしないだろう』
カメラが、俺を心配するコメントを読み上げる。
たしかに、その通りだ。
俺たちを獲物と認識するモンスターは、浅黄が全て倒してくれていた。安全は確実ではないが、悲鳴を上げている高橋よりはずっとマシであろう。
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