第16話浅黄の人生
次々と出現するモンスターの命は、浅黄が全て刈り取った。モンスターの死体は、その場に置いていく。こうしておくとモンスターの死体は、いつの間にか消え去ってしまうのだ。
アイテムに関しても、一人が回収したとしても一定時間が経てばまた補充されるという具合である。
理由は不明だ。ダンジョンにはまだ謎が多く、そのまま不思議なことを受け入れるしかない事が多い。
『浅黄君に質問していいかな?』
モンスターとの戦闘が一区切りつくと、コメントは浅黄に対する質問が多くなってきた。
浅黄の邪魔にならないか確認してから、ささやかな質問タイムを設ける事にする。
殺伐としがちなダンジョン踏破の配信では、ちょっとしたブレイクタイムを設けることは珍しくない。
『浅黄の好きなものはなんですか?』
『学校にちゃんと通っているの?』
『学校にはカワイイ女の子いる?』
様々な質問が飛んでくるがほとんどがS級冒険者に送るものではなく、浅黄本人の対する質問だった。しかも、親戚の伯父さんがするような質問内容である。浅黄は、ファンに可愛がられているようだ。
「えっと、好きなものはチョコレート。嫌いなものはアユ」
「学校には所属しているだけで行けてないかな。でも、タブレットで授業を聞いているよ。テストとかのときには、さすがに学校にいくけど」
「テストぐらいでしか学校には行けないから、誰がカワイイとかは分からない」
浅黄は、くだらない質問でも答えてくれた。
というより、くだらない話しかコメントに流れてこないのだ。それでも、浅黄の普段の生活は少し垣間見える。S級冒険者の仕事のせいで、学校生活はおざなりなっている事とか。
『なんで冒険者なんかやっているの?』
その質問に対してだけは、浅黄は答えることに困っていた。ありふれた質問内容だが答えにくいようならば、俺はナレーションとして別の質問に移ろうかと考える。
しかし、俺が声を上げる前に、浅黄は質問に答える。
「えっと……元冒険者のお爺さんに鍛えられたんだ。そこで免許皆伝までいったから、ダンジョンに潜りはじめたの」
浅黄は己の経歴を話した事ないらしく、コメント欄がどよめいていた。浅黄の祖父ならば、ダンジョンが発生した頃が青春時代という所だろうか。
撮影や実況なんてなかった頃である。冒険者たちは少ない情報をかき集めて、必死にダンジョンのなかにあるアイテムを探していた時代の冒険者だ。
今よりも冒険者の実力が求められた時代の冒険者。ーー浅黄の祖父は、そういう時代の冒険者だったのだ。
そんな祖父に鍛えられたというのならば、ダンジョンに入る前から浅黄は冒険者として平均以上の実力を持っていた可能性がある。それぐらいの実力がなければ、ダンジョン過度期を生き抜いた祖父は孫の独り立ちを許さないであろう。
免許皆伝と言われたのは、浅黄の力が祖父を上回ったからだ。
その頃の浅黄は、何を思っていたのだろうか。ダンジョンならば、より強い相手と戦えると意気込んでいたのだろうか。なんであれ、浅黄にとってのダンジョンは腕試しの場に過ぎなかったのだ
浅黄は、特に目的もなくダンジョンにもぐっていたようでった。普通の冒険者のように金儲けや名声が目当てではなく。欲も何もなく、戦えるから戦っていたのである。
「それで、戦っていたらS級冒険者になっていた」
俺の顔は、引きつっていた。
最年少S級冒険者である時点で、浅黄に戦いの才能があるのは間違いないと思っていた。そうでなければ、十四才でダンジョン入ろうとも思わないでだろう。
しかし、浅黄の行動にはあまりにも目的がなさすぎた。流されるがままにS級冒険者になってしまったなんて、普通だったら考えられないことだ。
いくら道場で手練れと言われても、ダンジョンのなかで戦うことは難しい。
格闘技での敵は、あくまで人間だ。
しかし、ダンジョンでの敵はモンスターである。モンスターは、人間とは全く違う姿をしている者も多い。彼らを倒すには、人間以外のものを切る経験が必要なのだ。
普通の道場で、四つ足で歩くモンスターの倒し方は教えてくれない。そのため、モンスターの倒し方は冒険者の先輩などにモンスター退治の仕方を学ぶのだ。
それほどまでに、人間とモンスターとの戦いは違うのである。
この違いは大きく、格闘技を極めた達人であってもモンスターに手こずるという話はよく聞くものであった。
「最初は、S級冒険者って何をすればいいのかも分からなかったけど……。今はダンジョンで命を落とす人を少なくできればと思っているよ」
最後の一言だけは、やけに明るかった。
俺は、目的なくダンジョンに潜っていた浅黄のことは知らない。誰に師事して、モンスターを倒す方法を教わったのかも知らないのだ。
けれども、きっと今の方が浅黄は楽しく過ごせているのだろう。明るい笑顔は、その証明に思えた。
祖父に望まれたままに剣の道を極めていた浅黄だったが、仲間と共に明確な目標を得たS級冒険者として今は戦っている。そのことを誇らしく思っている。
「それはね……」
浅黄は、言葉を切った。
そして、一蹴だけ憂いを帯びた顔をする。影のある浅黄の表情など、今までは撮れなかった。
俺は浅黄の悲しみの根源を見てしまったのだと思った。ダンジョンを駆けまわる浅黄の傷は、まだ塞がりきってはいない。
「S級冒険者の先輩が、教えてくれたことなんだ」
けれども、次の瞬間には浅黄は笑っていた。
傷などございません、というかのように。
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