第15話以前のビデオ


「すっごい……。幸さんのカメラは、緊張しない。普通のライブ配信だと緊張することも多いのに。」


 浅黄は、目をキラキラさせていた。


 その言葉を聞いて、俺はきょとんとしてしまった。だって、俺は特別な事など何もしていないのだ。


 そんな俺に、浅黄は満面の笑顔を見せる。真夏のひまわりみたいな明るい笑顔に、俺はドキリとしてしまう。


『浅黄ちゃん、カワイイ!』

『守られたい。養いたい!!』

『幸さんって、カメラマンの名前だよな?浅黄の笑顔って、レアだからナイス』


 コメント覧も浅黄に籠絡されていた。


 どれも浅黄に好意的なコメントばかりだ。ここに集まっているのは、元からS級冒険者のファンだから当たり前なのかもしれないが。


「うわー、凄いことになっている」


 多智ほどの知名度はないとはいえ、浅黄だって何度かテレビ出演している。


 視聴者は、古株のファンだけではない。今の溌剌とした浅黄を見て、ファンになった人も多いようだった。浅黄には、やはり人を引きつけるだけの魅力があるのだ。


「撮影でも緊張しないのは、きっと幸さんのさっきのおまじないがきいたおかげだね」


 モンスターを倒した浅黄は、俺の方を振り返って笑った。俺はカメラを持っていたので、必然的に視聴者は浅黄の笑顔をアップで見ることになる。


 浅黄の言葉に、コメント覧が一瞬だけ静かになった。カメラが壊れたのかなと思ったが、一拍おいたらすごい数のコメントが押し寄せる。まるで、洪水のようだった。


『おまじないって、なに!?』

『浅黄ちゃんは十四歳でしょう!エロいこと禁止』

『俺たちの浅黄ちゃんを汚したカメラマンを許すな!!』

『浅黄、逃げろ。この大人はカメラマンは、おまじないと称してエロいことやってくるロリコン親父だ』


 おまじないは、おかしな方向に解釈されていた。緊張したら周囲の人間はジャガイモだと思えと言っただけなのに、ひどい勘違いだ。


「ちょっと頬っぺたを抓っただけだ」


 とりあえず、視聴者の誤解は解いていこう。セクハラ魔人のように扱われるのは、さすがに嫌だった。


『ノット、タッチ、ショタ』


 俺の言葉を誰も信じてくれない。俺は、ため息をついた。カメラの位置を変えて、自分の顔を撮影する。


「これが、カメラマン?」

「こっちも若いな。高校生ぐらいかな?」

「この人はダンジョン中心で撮影してるカメラマンだよ。依頼したことがある」


 視聴者の中に顧客がいたおかげで、俺の身元は変態でないのだと証明することができた。


 俺は浅黄にだって興味と尊敬を持ち始めていたが、それは絶対に性欲がともわないものだ。あと、俺はショタコンでもない。


「幸さん、疲れたの?チョコレートでも食べる」


 浅黄の言葉に、俺は首を横に振った。


 俺はひどく疲れたが、それも精神的なものだった。このまま浅黄に付いて行くことに問題はない。


「それにしても、前に撮ったり映像は格好良く撮れていたじゃないか。緊張してたって、浅黄は笑えるタイプだと思っていたのに」


 前任者の作ったプロモーションビデオは、浅黄が主人公の少年マンガを読んでいるようだった。目的からズレていたことさえ無視すれば、出来が良い映像ではあったのだ。


「……あのときは、多智さんとかいたから。それに撮影時間も長引いたから、色々なところを編集してもらったし」


 浅黄は、申し訳なさそうに呟いた。


 浅黄の態度で、俺は一つの可能性にたどり着いた。というか、これは映像に関わる者として最初に気がつくべきことだ。


「もしかして、表情とか合成だったのか?」


 浅黄は、小さく頷いた。


 多智たちと一緒にいて緊張がほぐれた顔を撮影して、それを戦っている浅黄にくっつけたらしい。それによって、格好良い映像は作られたのだ。


「あー……。なるほど、だからテレビとは表情が違ったのか」


 俺は、納得する。


 テレビで見せていた不貞腐れた様子が緊張の表れだとしたら、撮影はちょっと難しかったのかもしれない。


 あの映像作品は、浅黄の魅力を伝える為のものだった。なのに主役がブスッとしていたら、目もあてられない。


「あれでも、僕にしたら頑張った方なんだ!」


 むすっとしてしまった浅黄に、俺は苦笑いをした。さっきまで笑っていたのに、面白いぐらいに浅黄の表情は変わる。


 俺は一人っ子だが、弟がいたらこんな感じなのだろうか。


 

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