第14話 S級冒険者の魅力



 これでは、あまりよくない。


「浅黄……」


 俺は、浅黄の頬を掴んで揉んでみた。


 すべすべの肌は素晴らしい触り心地であった。餅でも触っているかのように、もちもちしている。それこそ、食べられそうだ。


「ちょっと、何するの!」


 俺にほっぺたを抓られた浅黄は、驚いて飛びのいた。目をまん丸にした浅黄に、俺は「その顔!」と叫んだ。


「無理して笑わなくて良いんだ。自然体な浅黄でいてくれ。お前は格好が良いから、無理して笑わなくていい。それでもダメだったら、俺も、カメラの向こう側にいる視聴者も、ジャガイモだと思うんだぞ」


 浅黄は自分の頬をつねって、百面相をしていた。格好良いかな、と小さく呟いている。


 圧倒的なスピードに目を奪われるが、浅黄は灰汁のない顔立ちをしている。中学生という年齢のせいでまだ幼い雰囲気だが、そのおかげで普段の顔は可愛く見える。それに、戦っている真剣な顔は格好良くも見えていた。


 浅黄が学校に通っていたら、顔の良さだけで女子に告白されても可笑しくないほどだ。浅黄に自覚がないのは、学校に通っていないせいで多数の人間に揉まれる経験をしてこなかったからだろう。


 浅黄は、とても魅力的な人間だ。


 それは、カメラマンの俺が保証する。


 百面相をしている浅黄の姿は、全世界に配信されいた。ぶすっとしている顔よりは、百万倍も良い表情だ。とても素顔に近い。


 俺は、二体のドローンを飛ばす。


 最近になって購入したもので、色々な角度から被写体を写してくれる俺の相棒だ。そして、俺は自分用のカメラも構えた。


『こんにちは、はじめまして。今から無季浅黄のダンジョン攻略を中継したいと思います。今日は軽い肩慣らしということで、四階層まで』


 俺が配信の要点を説明している間に、視聴者がぞくぞくと増えていく。しばらく更新をサボっていたとはいえ、さすがはS級冒険者の公式チャンネルだ。注目度が違う。


『浅黄ちゃーん。久しぶり!』

『今日は最速ボス討伐はやんないの?』

『さっきの声って、だれ?新しくS級になった人かな……』


 カメラ付けられた部品が、コメントを人工的な声で読み上げていく。不意に視聴者数を見たら、三百人を超えていた。


 しかも、それは増え続けている。


 あと数分もしたら、千人ぐらいになりそうなハイペースな視聴者の増え方だ。しかも、外国の人間もいるらしくて、日本語以外の言語のコメントもきていた。


『おっ、モンスターはっけ……』


 俺の実況が終わる前に浅黄が突然走り出し、犬によく似たモンスターの首を刀で刈り取った。そして、さらに高く飛び上がる。


 浅黄は、ダンジョンの天井に住まうコウモリ型のモンスターを見つけたのである。俺たちの隙をうかがっていたコウモリたちは、次々と浅黄の刀のサビにされていく。


『相変わらず早すぎるって!』

『これで、まだ十四才なんだよな。モエー』


 コウモリのモンスターを全て切ってしまった浅黄だが、息はまったく乱していない。第一階層のモンスターは、浅黄にとっては準備運動にもならなかったようだ。


「ふぅ。こんなもんかな?」


 浅黄は、首を傾げる


 俺に向かっての撮れ高の確認だったようだが、映像の向こう側の視聴者たちは湧いた。


『やっぱり、S級は違うよ!』

『ザコモンスターなんかは一捻りだろ!』

『新しいS級冒険者を選ぶ話も出ているんだろ。あれって、どうなっているんだ?浅黄ぐらいの小さい子が来たりするのかな』

『四人体制になって、随分たったしな。入る可能性は高いけど、さすがに浅黄以下の子は入らないだろうな』

『アメリカなんかは、S級冒険者が30人はいるぞ。あっちの基準を真似した方がいいんじゃないのか?』

『あっちは、母数が違うっての!』


 浅黄がモンスターを倒すごとに、視聴者は増えていく。なかには投げ銭をしてくれる人もいて、その人たちはそろって『お小遣いにしていいからねぇ』という一言が添えてあった。


 孫や子供にお小遣いをあげる感覚で、浅黄に投げ銭しているようだ。


 公式のチャンネルの配信なので投げ銭は浅黄の手元には届かないかもしれないが、それでも浅黄にお小遣いをあげたくなる気持ちは分かる。


 ダンジョンで敵を倒す浅黄の姿は、ひたむきで甘やかしたい気持ちになってしまうのだ。元より最年少S級冒険者として、注目されている浅黄だ。


 テレビのぶすっとした浅黄を見て好感を持てなかった人間だって、ダンジョンを縦横無尽に走り回る浅黄を見たらファンになってしまうかもしれない。


 俺は、少なくともファンになりかけている。


 先程は意地を張ってしまったが、浅黄は魅力的な冒険者だ。今後の活躍も期待してしまうし、彼の戦い方は舞っているようで美しかった


 速くて、強くて、それでいて中身はごく普通の中学生。


 俺は、そんな浅黄に魅入られ始めていた。



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