第13話 緊張
俺は、浅黄に連絡を取った。
プロモーションビデオを撮るにあたって、俺は浅黄の印象をもっと明確にしたかったのだ。
俺の目指す写真や映像は、浅黄の内面を強く映し出しものにしたかった。だから、浅黄のことをもっと知りたいと思ったのだ。
俺は無理を承知の上で「ダンジョンに付いていきたい」と浅黄に依頼をした。
俺としては自分の存在が迷惑にならないのか心配だったが、浅黄は意外なほどに軽く了承してくれた。
俺自身が撮影のために何度もダンジョンに入り込んでいたことが、浅黄のなかでは決め手になったらしい。初心者ではないのだから、余計な事も危ない事もしないと思われたようだ。
浅黄は何時でもいいと言ってくれたので、ダンジョンに潜る時間は俺の学校が終る時間に設定してもらった。
普通の学生は学校に通っている日であっても、浅黄はS級冒険者としての責務に追われているらしい。忙しそうな身の上だ。
俺が作るプロモーションビデオやポスターで、準備不足で死にかけるような人間が少しでも減ればいいのだが。そうしたら、浅黄だって学校に通える時間を捻出できるだろうに。
「幸さん、おはようございます」
約束したダンジョンの前で、浅黄は俺のことを待っていてくれた。
防御力の高い装備で身を包んだ浅黄は、いかにも冒険者らしい格好だ。ダンジョンに潜る基本をしっかりと押さえているが、自身のスピードを殺さないように軽量のブランドを使っている。
履いているブーツにおいても、軽量さを一番の大切にしているブランドだった。
「前にダンジョンに潜ったときも思ったけど、ちゃんと防具とかは着ているんだな。しかも、どれもブランドのしっかりした作りのものだし」
浅黄の速さならば、どんなモンスターの攻撃だって避けられるだろう。
こんなふうに、しっかりとしたブランドもので揃える必要はないように思われた。だからといって、浅黄がブランド志向の人間だとも考えられない。
「僕だって、モンスターの攻撃が当たることはあるよ。だから、防具が必要なんだ」
圧倒的な速さを誇る浅黄でさえ、変則的なモンスターの動きで攻撃を受けることもある。浅黄は、その時を考えて防具を選んでいるようだ
「僕はS級冒険者のなかでは体重が比較的ないし、一度でも攻撃があたると吹き飛んでしまうからね。だからといって、あんまり重いのも着てられないし。このブランドのものはちょうどいいんだ。今日のは、少し重いんだけど……。いつもよりも、少し防御に割り振っているんだ。同行者がいるのに、倒れたら元も子もないないしね」
俺は、感心してしまった。
S級冒険者であっても戦うモンスターによって装備は替えるのである。てっきり、いつも同じ格好をしているのかと思っていた。
同じ格好だと勘違いしてしまったのは、同じブランドの品物だったからだろう。ブランドの商品は、どの服も雰囲気が似るものだ。
「僕以外のS級冒険者は、装備はいつも同じって人が多いかな。僕は最速だけど、最弱のS級冒険者だから」
浅黄はスピードは早いが、相手に負わせる傷も浅い。だから、最弱のS級冒険者なんて言っている輩もいる。
俺から言わせれば、S級冒険者の戦闘スタイルは個々で大きく変わっているから優劣を付けられないものだ。浅黄が最弱なんて、S級冒険者をよく知らない人間の戯言である。
「謙遜するなよ。浅黄の素早さには、誰も敵わないだろ。俺は今のS級冒険者には、特技はあっても優劣はないって思っている」
俺の言葉に、浅黄は目を丸くしていた。
少し顔が赤いのは、不意打ちで褒められたからだろう。その顔は年齢に見合っていて、とても可愛らしいものだった。
「そう言われると照れるけど……。幸さんって、もしかしてS級冒険者のファンのなかでもコアなタイプとか?」
俺は、言葉に詰まった。
自分がコアなファンか聞かれると微妙なところだったからだ。
一番の推しは故人の虹色だったが、それぞれの得意な戦闘スタイルだって把握していたりする。無論、S級冒険者の動画チャンネルだって登録済みだ。メンバーシップにもしっかり入っている。
しかし、これぐらいならば普通の範疇のような気がするのも確かだ。ダンジョンにかかわっていれば、多かれ少なかれS級冒険者の活躍は耳に入ってくる。
メンバーシップだって、ちょっとした推しがいれば入っていてもおかしくはないだろう。
推しの特別な姿が見られるメンバーシップのなかで、虹色は美味しい卵焼きの作り方と言いつつもダークマターを精製していたが。
それに本物ファンは推しの誕生日やバレンタインなどの際には、ギルドにプレゼント手紙と共に贈ったりするらしい。
俺は、そんなことはしていない。
だから、ファンといってもライトな部類に入るだろう。メンバーシップにアップされていた画像も推しの虹色ぐらいのしか見ていないし。
「まぁ、それなりには……」
言葉を濁せば、何故か浅黄にくすくすと笑われた。俺の態度が、面白かったらしい。
どこが現役中学生のツボにはまったのかは、まったく分からなかったが。
「そういう人は多いけど。やっぱり、多智さん押し?あの人は、テレビとかいっぱい出ているし」
浅黄の言葉に、俺は首を振った。
認知度が高いのは多智だが、ファンをやれるほど彼の内心を俺は知らない。
かつての推しの虹色の内面を知っていたのか言われたら違うと言わざる得ないが、彼には圧倒的なカリスマ性があった。例え、ファンサービスで黒焦げの卵焼きを作ったとしてもだ。
「俺の推しなんて、誰でもいいだろう」
俺は、ため息をついた。
一方で、この話に浅黄は目を輝かせている。この顔は、恋愛話に目を輝かせる女子に似ていた。
「もしかして、僕が推しとか?」
浅黄は、少し嬉しそうだ。
身近な人間が、自分がファンだというのは嬉しいものなのだろうか。凡人の俺には想像つかない。
「浅黄のことは、これからファンになるかもな」
俺のお世辞は分かりやすかったが、浅黄は嬉しそうだった。喜ぶ顔は可愛いと思ってしまう。弟でも出来た気分だ。
「……確認だけど、今日の仕事は撮影してライブ配信しても良いんだよな」
確認をとれば、浅黄が頷く。
ここらへんはすでに話し合い済みだったが、再確認は大切だ。
「うん。このチャンネルで配信して欲しいんだ。多智さんが、S級冒険者の仕事を周知させるためにマメに投稿しろって言うんだよ」
浅黄がスマホで提示してきたのは、S級冒険者たちの活躍を宣伝している公式チャンネルだ。
ただし、虹色が亡くなってからはあまり更新されていない。それぐらいに、虹色という存在は浅黄たちのなかで大きな人物だったのだろう。
俺はチャンネルのパスワードを教えてもらって、配信の準備をする。
「これで配信が出来るけど……その大丈夫か?」
実は、俺には一つの心配事があった。
それは、浅黄のカメラ移りの悪さだ。
今までの俺が見てきた浅黄は、どんな媒体でもぶすっとしていた。それが癖になっているならば、浅黄をプロモーションビデオやポスターには使えない。
「テレビとかと違って、他の人がいないから大丈夫。ほら、ここには有名人もいないし」
そう言いつつも浅黄の表情は、少しばかり固い。ダンジョンの踏破は何度もやっているのに、こんなにも緊張してしまうのはカメラを意識してしまっているからだ。
「ナレーターとして俺が声を当てたりするから、浅黄はいつもの通りにやってくれ。ほら、笑って」
俺はカメラを構えて、浅黄の撮影を始めた。気楽にしてくれというが、浅黄の顔は引きつったままだ。
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