第10話 S級冒険者の会議
「おう、カメラマンは口説けたか?」
一足先にギルド本部にやってきていた多智は、浅黄に声をかけた。浅黄は、困ったように眉尻を下げながら笑った。その儚げで残念そうな雰囲気に、多智はため息をついた。
「引き受けてもらえなかったか?」
多智の言葉に、浅黄は首を横に振った。
「引き受けてもらったよ。けど……あれは、同情されたのかな?」
それでもいいさ、と多智は言う。
けれども、虹色のことを話しに引っ張り出して説得をしたのは、ズルいように浅黄は考えてしまっていたのだ。
誰にでも別れがあるのだ。その別れを——傷跡を見せてしまったから、優しい幸はプロモーションビデオの件を了承してくれたのだろう。
やはり、これは同情だ。
「二人とも、そろそろ私語を謹んでもらってもいいですか?」
ゲーミングチェアのような高価な椅子に腰かけていた女性は、須藤アリサである。S級冒険者の一人で、浅黄の次に若い。二十歳ぐらいだったと浅黄は記憶している。
ポニーテルで動きやすく髪をまとめており、鋭い眼光を丸い眼鏡でなんとか和らげようとしていた。
しかし、いつもきっちりとしたスーツ姿のせいなのか眼鏡作戦はいまいち功を制していない。彼女の雰囲気は、いつでも刺々しいものである。
浅黄は初見でアリサのことをとても厳しいだと人物だと思って、彼女のいるところでは常に背筋を伸ばしていた。
しかし、彼女はS級冒険者のまとめ役をしているというだけで厳しすぎる人柄ということはなかった。真面目過ぎるきらいはあったが、根は優しいのだ。
彼らが集まっているのは、冒険者ギルド本部にある小規模な会議室のような部屋である。
冒険者ギルドは冒険者にランクを付けている組織でもあり、同時に冒険者たちの活動をサポートしている組織である。
冒険者だけが入れる保険や初心者に対するダンジョン攻略の指導。さらには、ダンジョンで回収できるアイテムの売買も担っている。
「ダンジョンで困ったら、冒険者ギルドに行け」
これは、冒険者になる人間が一番最初に教わる事であった。
その本部の一室が、S級冒険者たちだけが使える会議室である。
何に使うかという厳密なルールはない。昼食などを持ち込んで食べていることもあれば、真面目な話し合いをしている場合もある。つまり、S級冒険者たちが使える特別室に過ぎないのだ。
「どんなふうに撮るのかを考えるとは言ってくれたよ。しばらくしたら、また会う予定」
浅黄は、少し楽しそうな顔になる。
その顔を見て、多智は少しばかり安心する。虹色が亡くなってからの浅黄のふさぎ込みようは、見ていられなかったからだ。
ダンジョンという場所は、危険が付き物だ。いくら万全な装備で挑もうとも死ぬときには死ぬ。ダンジョンを舐めていれば、余計に死の確率は上がる。
浅黄は、理不尽な死に対して免疫が極端になかった。S級冒険者ともなれば、何度も死地を通った猛者ばかりだ。他人の死には、それなりに免疫が付くものである。
しかし、浅黄は卓越した刀の才能ゆえに、冒険者を初めて二年でS級冒険者まで上り詰めてしまった。その間に他人を助けたり助けられたりはしたが、人が死ぬのは見たことがなかったという。
懐いていたが虹色が、浅黄にとっては最初の死だった。そのせいもあって、まだ浅黄は虹色の死から立ち直る事が出来ていない。
けれども、立ち直る兆候は見え始めている。
プロモーションビデオを撮るという仕事には前向きに参加しているし、素人ではあったがカメラマン候補も自分で選んだ。順調に、浅黄は虹色の死から立ち直りつつあるのだ。
「プロモーションビデオが順調に進んでいるなら、次はこちらの議題に取り掛かりましょう。こっちの問題もギルドにもせっつかれています」
アリサの言葉に、それぞれ多智と浅黄は指定席に座った。これも厳密に決まったものではなく、なんとなくで決まったものだ。
「議題は、S級冒険者の少なさです。現在のS級冒険者は私たちの四人のみ。虹色さんが亡くなってから、すでに三か月を過ぎています。そろそろ新たな人間を選ばなければ、あまりの仕事量で私たちがパンクしてしまいます」
アリサの言うとおりだ。
S級冒険者の最大の問題は、人手不足であった。
本来ならば幼すぎるといって、浅黄はS級冒険者に選ばれなかっただろう。しかし、人手不足がたたって実力のみでS級冒険者に選ばれたのである。
これが良かったのか悪かったのかは分からないが、浅黄の活躍もあるからこそ今のS級の体裁が保っていられる節もあった。
ダンジョンでのS級冒険者の仕事の一つには、救助活動も含まれている。そして、冒険者のなかで最速の浅黄によって救われた冒険者は多い。
「でも、今のA級冒険者にS級冒険者になれるような候補がいないのよ。虹色さんの穴を埋めたいのは分かるけど、実力不足の若い子を無意味に死地に送りたくはないわ」
はぁ、と大石三つ葉は溜め息をついた。
短い髪に少しだけ時代遅れの口紅の色を塗った三つ葉は、S級冒険者の最年長にして二児の母である。
母親がパートの代わりでダンジョンに潜る例はあったりするが、極めて珍しい例である。そこからS級冒険者にまで上り詰めることは、さらに珍しかった。
経験豊富な三つ葉は、いつだって若い冒険者のことを心配している。浅黄のことだって、最初は心配してS級冒険者にすることを大反対していたぐらいだ。
「日本は、他の国に比べて冒険者の数が少ないからね。母数が少なければ、S級までに上がってこられる人も少なくなるよ」
浅黄の言葉は、もっともである。
ダンジョンに潜りお宝を見つければ一攫千金の夢はあるが、日本の国民性とダンジョンドリームは相性が悪かった。命をかけた夢よりも堅実に働く方が性に合う、という人間が多いのだ。
「まぁ、今のS級冒険者のレベルが高いっていうのもあるんだろうが……。ぎりぎりで何とかはなっちゃっているんだよな。それに、虹色レベルの人間は欲しいと思うし」
多智は、ぼそりとこぼした。
その言葉に、浅黄は目を伏せる。
虹色は亡くなってしまったが、彼が弱かったということは決してない。
虹色はダンジョン内で刺殺されたが、相手は要救助者に扮した相手だった。刺された後だって、自分の命を優先すれば虹色は助かる可能性が十分にあったのである。
しかし、虹色は居合わせた初心者の冒険者もモンスターから守ったのだ。そして、己を刺した冒険者の命すらも守った。
虹色の行いは立派だった。
けれども、そのせいで死んでしまった。
浅黄は、未だに虹色に対する気持ちに整理がつかなかった。
立派な行いを褒めたたえるべきなのか。
死んでしまったことを感情のままに罵るべきなのかを。
「しかし、時間を下手に引き延ばせばギルドが勝手にA級冒険者の中からS級冒険者になる人間を選んでしまうでしょう。そういう人間は……短命です」
アリサの言葉は正しい。
新たにS級冒険者が選ばれるときは、過半数のS級冒険者の推薦とギルドの承認が必要だ。
しかし、ギルドが無理をしてでも新たなS級を選ぶと言うのならば、アリサたちの意見は通らない可能性は高かった。
S級冒険者とギルドの力関係は、圧倒的にギルドの方に傾いているのである。
ギルドは、虹色が抜けた穴をいち早く埋めたい。出来るのならば、S級冒険者自体の数を増やしたいのだ。
虹色がいた頃でさえ、S級冒険者の数を増やせとギルドにはせっつかれていた。
ギルド上層部は、S級冒険者を増やせば増やすほど彼らの背負っている仕事をさばけると考えている。しかし、実際のところ無為にS級冒険者を増やしてもダンジョン内で死んでしまうであろう。
「椅子に座っているだけのお偉いさんは、現場を知らないからな。まぁ、人数不足はいなめないけど」
多智が考えるに、上の人間は新規のダンジョンを開拓に力を入れたいと思っているのだろう。
ダンジョンは最初にS級冒険者が様子を探り、どのような地形で、どのようなモンスターが出るかを調査しなければならない。これは国際的に決まっているルールであり、覆すことの出来ない決まりだ。
しかし、今のS級冒険者の人数では、ダンジョンの新規開拓まで手がまわっていなかった。
これは今のS級冒険者たちが冒険者の生存率を少しでも上げるために、現状のダンジョンの見回りに力を入れているせいもある。おかげで、日本のダンジョンの死亡率は他の国よりも低い傾向があった。
だが、それに反して新規のダンジョンの開拓は進んでいない。すでに開拓されつくしているダンジョンよりも、未開拓のダンジョンの方が発見されるアイテムが多いとギルドは考えているのである。
「それに加えて、若い冒険者の間に麻薬のような薬が出回っていると報告もあるの。一時的に、薬で身体能力を高くしているらしいわ。心臓に負担がかかる危険な薬にも関わらずにね」
自分の体は一つしかないから大事にして欲しいのに、と三つ葉は悲痛な声をもらす。
二児の母である三つ葉は、若い冒険者たちの自分を顧みない行動が人一倍悲しいのだ。
「薬に対しては、警察に任せるしかありません。私たちには、相手が薬物を持っていても逮捕権がありませんから」
アリサは、S級冒険者が全ての問題解決の責任を持っているわけではないと言った。
S級冒険者には特典も責任もついて回るが、別組織を頼らなければやれないことも多い。
S級冒険者たちは、所詮は強いだけの烏合の衆だ。逮捕権もなにも持っていない。
さらに、S級冒険者は今となっては四人しかいない。この人数で薬物取り締まりにまで手を出すのは、無理があることだった。
「A級冒険者を強くは出来ないのかな」
三つ葉の言葉に、浅黄は「んー」と考える。そして、自分の思いつきを話しだした。
「A級の中から見込みのある人を選んで、個別に指導をしていくっていうのはどうかな。なかには、S級冒険者になれる人もいるかもしれない」
浅黄の意見が、現状では一番現実的であろう。
ギルドを黙らせられるほどの案だとは言えないが、自分たちの技術や知識を伝えられずに人材を死地に送り出すということは防げるであろう。
自分たちが教えることで、なかには才能を開花させる者もいるかもしれない。
「今までは強い子をスカウトしていただけですから。後進の育成は、やってみる価値があると思います」
アリサは、そろっているS級冒険者の顔を見た。彼らは自力で才能を開花させた天才たちでもある。それぞれに教えを請うた人間はいたが、それは必ずしも師弟の関係性ではなかった。
同じパーティの人間から武器の扱いを学んだり、友人や先輩から基礎を学んだ人間もいる。つまり、基礎だけは他人に教わったが、後は我流で道を極めた者が多かった。
祖父が剣の師であるという浅黄は、剣士としては王道の道を歩んできたと言えるであろう。少しばかり先に進むスピードが早かったせいで、最年少S級冒険者などになってしまった訳だが。
「浅黄以外の人間は、A級冒険者の中から弟子を取ることにしましょうか」
アリサは会議室の巨大なプロジェクターで、A級冒険者の名前が書かれた資料を映し出す。
名前の隣に映されたのは、年齢とダンジョンボス討伐回数と何人で討伐にかかったかの人数である。
現在のS級冒険者は、それぞれ単騎でボスの討伐可能である。しかし、A級の冒険者たちパーティを組んでの討伐しかできていない。
アリサたちは、そこがS級冒険者とA級冒険者を分ける境目だ思っている。
パーティを組むことは悪くはない。パーティ組まないS級冒険者の方が異質なのだ。
それでも、データとなればS級冒険者とA級冒険者の実力の差がありありと出ている。
「やっぱり、上位の人間から選ぶのが良いかしら?でも、三十代とかは伸びしろがないかもしれないわ。働き盛りなんていうけど、三十代になると身体能力がガタって落ちる人もいるのよね」
三つ葉の言葉には、実感がともっていた。
三つ葉以外は三十歳を超えていないために、体力のうんぬんは分からない。
しかし、リストの上位の人間を選べばいいと言うわけにもいかないという事は分かった。A級冒険者が、S級冒険者になるには大きな壁があるのだ。
その壁を超えるには、成長が必要不可欠だ。体力がどんどんと低下している年齢の人間に、新たな成長を望むのは難しいであろう。
「あのさ……。なんで、僕だけ弟子を取らないことになっているの?」
仲間はずれにされた浅黄は、少し不貞腐れていた。大きすぎる椅子の上で足をぶらぶらさせながら不満をあらわにする。
浅黄にだって、自分が一番師弟関係というものを理解しているという自負があるのだ。誰を選んでも自分よりも年嵩の弟子になるだろうが、自分も祖父のように人を鍛えられると信じていた。
「浅黄。こればっかりはしょうがないことなんだ」
多智は、今までにないような真剣な表情で答えた。
浅黄が弟子を取れないのには、真っ当な理由がある。多智が代表して、その原因を浅黄に伝えた。
「浅黄には、大事な仕事がある。それは義務教育だ」
十四才の浅黄は、多智に鉛筆とノートを握らされた。
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