第11話 ビデオのアイデア



 俺は、自室で机に向かっていた。


 浅黄の熱意に負けて、プロモーションビデオを撮ることになってしまった。


 必死になった浅黄に頼まれたことだが、自分がS級冒険者に仕事として関わることになるなんて未だに信じられない。


 映像を作る人間として、仕事には真剣に取り組むつもりだ。だから、伯父に連絡してスタジオでいつもは使わないような道具の使用許可を取った。


 最初こそ伯父は俺の言葉を信じてくれなかったが、多智と浅黄の名刺を見せてようやく信用してくれた。


 大人が持つ名刺が今まで何の役に立つのかと思っていたが、こういう時に役にたつらしい。


 高校の卒業してからも撮影のバイトをしていたら、自分の個人用の名刺も作ろう。そうした方が、少しは信頼されそうだ。


「さてと……」


 俺は、机に向かいながらプロモーションビデオの内容を考える。依頼されたプロモーションビデオは「ダンジョンの危険性の周知するため」のものだ。


 ダンジョンの危険性を訴えるという題材は珍しくはない。


 良くも悪くも何度も同じ題材で作られたプロモーションビデオだ。ポスターにしたって、それは変わらない。


 俺は、出来ればプロモーションビデオの一画面を取り出したようなポスターを作る気でいた。


 つまりは、プロモーションビデオとセットになっているような形でポスターを作りたかったのだ。


 これは、俺にポスターを創るノウハウがないからだ。新たに撮り直すよりも、こちらの方がプロモーションビデオとポスターに一体感もでるだろう。


「うーん。予想以上に『ダンジョンの注意事項のプロモーションビデオ』って作られていたんだな」


 動画投稿サイトにある冒険者ギルドの公式のチャンネルには、見たことあったような気がしないでもない過去のプロモーションビデオが山ほどあった。


 しかし、どの映像もポスターも、印象に残りにくい無難なものであった。これでは、浅黄が新風を吹き込みたいと思うのも無理はない。


 映像に関わるバイトをしている俺は、普通の人間よりは映像作品に注意を払っている思う。


 そんな俺でさえも記憶が朧気なのだから、プロモーションビデオの情報は普通ならば全く記憶に残らないだろう。あるいは、すぐに頭から抜けてしまうか。


 かなりの工夫をしなければ見る側は「いつもの注意事項か」と思って、注意事項の内容は頭から抜ける。


 ビデオやポスターが発している内容を見ている側の脳裏に焼き付けてやりたい。俺は、そのように考えるようになっていた。


 今までの行動を変えさせる。


 そういう映像が必要なのだ。


「それって、かなり難しいよな」


 安請け合いするような仕事ではなかったのだ。俺は、今更ながらに実感した。それと同時に、これほどセンスが問われるような仕事もないであろう。


「ダンジョンは危険……か」


 それでも、ダンジョンが潜るのが冒険者だ。


 彼らに対して、俺は--浅黄はどのような呼びかけをしたいのだろうか。


「泣きそうになっていたっけ」


 浅黄が見せてくれた虹色さんとの写真。


 浅黄は、たぶん虹色さんに生きていて欲しかったのだろう。兄のような人だったようだし、あの写真は二人の素を抜き取った良い写真だった。


「あの写真は、二人の思い出を切り取ったものだ。そして、誰かに浸食されてはいけないもの」


 俺は、呟く。


 瞼の裏には、おぼろげな光景が浮かんでいた。同時に、その映像を撮ってもいいものなのかという疑問にぶつかる。


 俺が撮ろうとしている映像と写真は、浅黄が懸命に隠す傷を大衆に見せつけるようなことだ。


「虹色……」


 浅黄にふさがらない傷を負わせた人。


 俺が推していた人。


「ああ、もう!やってみるか」


 俺は、ノートに自分の頭の中に浮かんだものを書きなぐる。これが正しいかどうかなんて、関係がなかった。所詮はアイデアの一つだと思って書くしかなかった。


 まずは、冒険者としてやってはいけないこと——を考える。


 自分の実力以上の階層を目指すこと。


 十分な準備をしないこと。


 油断をしないこと。


 の三つが主な注意点だろうか。


「誰が参加してくれるからは聞き忘れたから、多智さんを中心に撮影が出来るように考えるか」


 多智は、S級冒険者の広告塔だ。プロモーションビデオの中心人物にして迷惑だということはないだろう。


「違う……」


 俺の頭に浮かぶものは、多智では表現できないと思った。多智だって、誰かを失った経験はあるだろう。けれども、多智で駄目なのだ。


 俺が表現したいのは、大きな心の穴。


 誰かの死という悲劇でしか生まれない傷跡。


 それは、多智では表現はできない。あの人は、良くも悪くも人の死に慣れすぎている。


「浅黄……」


 俺の頭の中身を表現するには、浅黄という存在が必要だった。だから、無理かもしれないと思いつつ浅黄をプロモーションビデオの中心に添えた。


「あとは、何かがキャッチフレーズみたいなものを考えて。そっちの言葉もポスターに使って」


 俺は自分の考えを紙に書き出し、アイデアを足したり引いたりする。


 そして、ようやく自分で納得できるものが出来上がった。


 俺が作ったものが他の人の心を動かすかどうかは分からないけれども、これが今の俺では精一杯だった。力の限りの作品の案だった。


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